第10話 弟と姉

 本部に戻ると弥生は言う。

「デスクワークのストレス発散には足りなかったでしょ? 少し付き合ってよ」

 スーツのまま連れて来られたのはLOS本部の体育館。警察学校同様に輝気により強化されていて思いっきり光を放ってもたぶん大丈夫。

「あかりとはちゃんと手合わせしたことなかったなって思ってね。やろうよ、本気で」

「わかった。でも、弟でもあり、部下でもあるオレに負けて自信を失っても知らないぞ」

「言うじゃん!」

 オレと弥生とではオレに分がある。弥生が凍りつかせれば、その瞬間から凍らせたものはオレが操作できる。凍結がオレに到達する前に打ち消せる。

 弥生は本当にストレス発散でもするかのように凍結をぶっ放すばかり。何か策が?

 そう思慮した瞬間を見計らったかのように、動く。

「凍結とはかためるってことだ。私も概念系の技が使えない訳じゃない」

 当然だろう。言葉の意味を具現化する概念技が使えなければ、日本最強なんて呼ばれはしない。その瞬間、オレの身体が動かなくなる。動かそうとしても動けない。弥生がここで繰り出したのは、オレの足を物理的に凍結させる技ではなく、オレ自身の位置を固定する技。

「【凍結座標フィックスド・コーディネート】」

 そのままオレに向かって突っ込んでくる。ストレス発散と言ったときから物理攻撃を仕掛けてくるのは読んでいた。わかってたよ。光を出すだけでなく、実際に身体を動かさないと気が済まないだろ、お前は!

「その技、結局はオレの動きを凍結させているだけだろ」

「それはどうかな」

 回復担当のいないこの状況で、弟の顔面を本気で殴りにくる姉に対して、氷の弾丸で迎え撃つ、つもりが──技が出ない? なるほど。凍結させたのはオレの動きだけでなく、技の使用か。オレが氷を生み出せなくしたのだろう。

「【明光凍結ブラインド】……さ、終わりだ!」

「それはどうかな」

 言われたばかりの姉の言葉をそのまま返す。

「【小寒しょうかんの氷大寒だいかんに解く】」

 物事は必ず順を追って進むわけではないというたとえ。技としての性質は順序逆転、すなわち、過去改変。変えられるのは前後数秒くらいだが、それで十分。技の凍結を未来に起こる事象にする。先延ばしだ。

 氷の弾丸が生成され、放たれる。

 不意を突かれた弥生はそれを消し飛ばすことと技が解凍されたことに意識を向けすぎる。弥生はオレの身体も解凍され、動かれるから技をかけていても無意味と判断して【凍結座標】を解いてしまう。だが、それは誤りだ。逆転できるのは、ひとつだけ。それにこの技はあったことをなかったことにするわけじゃない。数秒先の未来にもう一度技は凍結されるし、今のオレは身体が動かないはずだった。弥生が技を解くまでは。

 技はあと一撃なら放てる余裕はあった。だがそうせず身体が動かせるようになったオレは一気に間合いを詰め近接戦に持ち込んだ。再び技は凍結される。弥生もそれを分かってか、お互い輝気なしの近接戦闘になり、ここはやはり経験の差か姉に組み伏せられて、そこで模擬戦は終了した。


「まだ、私の方が強かったね、あかり」

「あのまま輝気で戦ってたらストレス発散にならなくて文句言ってただろ、絶対。あのままやってたらオレが勝ってた」

「ふん、負け惜しみはやめろよー。男らしく認めなさい」

「チッ、負けました」

「舌打ちは気に食わないけど許そう」

 いったい何を許すと言うんだ。オレの拘束を解いて二人で立ち上がる。

「ふー、いい汗かいてお腹も減ったし何か食べに行きますか! お姉ちゃんが奢ってあげよう」

「奢ってはもらうが、今日の夜勤は変わらないぞ」

「ちっ、バレたか」

 そう。今日は夜勤なんてしていられない。明日の朝早くにはちょっとした用がある。

 明日の午後には仁科たちも帰ってくる。それに久遠の討伐が決まるのも時間の問題。その主戦力として久遠と対峙するのは弥生だ。こんなふうにバカな会話ができるのもあと少しだ。

 そんなふうに考えながら、オレたちは並んで体育館をあとにした。



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