第16話 灰色の敗因

「きみがアコニトムのボスなんだろう?」

 その問いにあかりは目を丸くした。

「なぜそう思った?」

「思ったんじゃない。まあ、アコニトムの最初の演説からきみの思想に近いとは思っていたけど。今はそうだと知っている、確信している。それをきみに確かめているんだ」

 彼はかつてないほど冷たい眼で僕を見てくる。敵意ではなく、ただ氷のように冷たい悲しさを凝縮したような瞳で。

「どうやって知った?」

「漆黒の調査を生守さんがやることになっただろう? 半年前からそれを僕は手伝っていたんだ。その過程でアコニトムについても調べて、きみがボスという情報を手に入れた」

「だが、それだけでは確信はできないはずだ」

「僕が確信したのは一ヶ月前の警察学校の事件でだ。あのときに朽名絵花の記憶を読空で読んだ。そうしたら、きみとの記憶がわんさか出てくるじゃないか。そして、最後、きみは声を発した。少し声色をかえていたけど、そうだと思って聴けば間違いなくきみの声だった」

「それで、おまえはここでそれをオレに告げて何がしたい?」

「バカなことはやめろ。今なら僕の間違いだったで済ませられる」

「バカなこと、だと……」

 あかりの声は瞳と同様にかつてなく低く冷たさを帯びている。だが、それには怒りが孕まれている。わかってる。目的を否定されることはきみの地雷だろう?

「あえて煽って言っている。きみが悪ではなく、正義の……自分自身の正義のためにその社会を創ろうと考えたのは分かる。警察学校の頃に聞いたきみの思いからそうだって分かる。自由選択できる社会。僕も賛成だ。でもやり方がおかしい。

 何かをなすためであっても悪を演じてはいけない。

 他にやりようはいくらでもあったはずだ。今ならまだやり直せる。だから──」

「空染、オレはもうやり直せない」

 八重日は言い切った。

「オレがここまでやってきた道のりの半分もお前は知らない。確かに他のやり方もあった。だが、そのやり方では到底達成できない。言ったはずだ。オレは成し遂げなければならない。世界を変えるため悪になり身を賭す覚悟が、俺にはある。できている」

「……そうか。なら僕は正義を遂行するまでだ」

 そこまで聞き終えた僕はベンチから立ち上がる。

「今回の支影の内部分裂や抗争はアコニトムによる工作だな。裏を牛耳る支影を乗っ取るための!」

「そこまで分かっていたからこそ、このタイミングでオレに話したってわけか」

「きみは初めから、ここで裏切るつもりだったんだろ? 八重!」

 八重を睨む。この感情は悲しみだ。友と、仲間と、戦わなければいけない悲哀。

「読んだのか」

「読んでない。今のきみなら読んだ瞬間気付くだろ。僕がそっちの立場で今回の件を首謀したとしても裏切るさ。上手く行けば表と裏、両方を同時に手に入れられる可能性もあるんだから」

「さすがだな」

 八重が睨み返してくる。その眼には悲しみや怒りはなく、ただ、目の前の敵を倒す意志と覚悟だけが宿っている。僕も腹をくくる。

「僕はきみのことも友だちだと思ってた。仲間だと思ってた」

「──ああ、オレもだよ」

「だけど、今、この瞬間から、お前は敵だ! 八重アカリ!」

 僕は青みがかった灰色の光を放つ。

「友も他の肩書ももういらない。オレはアコニトムの八重日だ!」

 八重がアイスブルーの冷たい光を放つ。これまでに見たことがないほど眩く!

「最後の情だ。一つ教えておいてやる。オレは星域に踏み込んでいる。お前とは立ってる場所が違う! 次元が違う!」

「そんなのわかってる! それでも!」

 風の斬撃を放つが、八重はその攻撃を難なくかわす。自分でもわかる。鋭さが欠けている。

「キレがないな。だが不利な状況でこの場を作ったのはお前だ。その背中の傷を言い訳にはしないよな!」

「ああ。痛みなんて感じてない。感じない! きみをこの場で跪かせるまでは!」

 八重が氷の弾丸を無数に放つ。それを風で薙ぎ払う間に接近。胡氷蕾オーキッドを撃ってくる。それを三度は敵の腕に空気を叩きつけ地面にぶつけて咲かせる。

 同様に僕の手には風の玉【穿空弾ゼラニウム】。それを叩き込む寸前、地面に氷の花を咲かせた八重がそのまま身体を投げて頭突きを喰らわしてきて空気の球はあらぬ方へ飛んでいってしまう。

 八重は拳に氷を纏わせ振り抜く。それに反応して風を自分に当てて後ろに吹き飛ぶことで回避。自ら生み出した距離を今度は空気を操って身を翻し一気に詰める。

「終輝!」

 その掛け声に八重は身構える。けれど僕は技を放たなかった。終輝使用時は終輝と言う。その当たり前にやってきたことは八重の身体にも染み込んでいて、それは強力なブラフになった。

 がら空きの鳩尾みぞおちへ、拳に風を纏わせ貫通力を高めた拳を振り抜く。

 ガゴッ! という鈍い音。氷でその攻撃をガードされた音。しかし衝撃は吸収できずに吹き飛ばす。

 光が強まる。身体の内側からこれでもかと溢れてくるのを感じる。いつもより強く、明るく。それは星域。強者との戦いでその高みへ導かれた結果だ。

「星域上等だよ。アカリ。でもな、きみができるということは僕ができない理由にはならない!」

 八重は口元の血を拭いながら立ち上がる。

「時間が惜しいのを忘れていた。熱くなりすぎた」

「僕にもどうやら時間がないらしい」

 三度の背中の傷が開き、血がドボドボと溢れている。痛みは本当に感じない。それは本当にヤバいってことだ。

 お互い同時に発す。

「「終輝!」」

 今度はブラフではない。次の一撃で決めるという意志を込めて叫ぶ。

「【蒼穹を穿つ《アトモスレイ》】」

 それは空間そのものを刈り取る技。斬り裂いた空間にあったものを消滅させる技。

「【氷の世界グラーセ】」

 それは存在そのものを氷にする技。空間にあるすべての存在を氷に変化させる技。

 共に終輝を開発した日々を二人は思い出す。澪を含めた三人の終わらせる輝気は全てを無にする点で共通している。

 澪と八重の終輝は根底は同じ、水や氷を生み出す。なにもない場所でもなにもないがあるとして水にできる。その形が水か氷かという違いだ。対して三度の終輝はその分子をあとかたもなく消滅させる。

 ぶつかりあえば、事象を消滅させる事象と消滅するという事象すら氷へと変化させる事象が相殺し互角に消えるはずだった。もしくは概念爆発を起こすはず。だけど、そうはならなかった。

 それは僕が抱いたほんの少しの躊躇い。

 たった一年だが苦楽をともにしてきた友への躊躇い。

 口ではああ言っても、心の奥底ではいつまでも友であると……。

 しかし、八重は違った。たとえ友であっても、自らの道を塞ぐなら凍てつかせる。それが世界を変えるという覚悟の現れ。

 まだ友だと思っている。それでも彼は──。

 その想いが、この決着に結びついた。


 地面に倒れた僕はまだ息をしている。

 だけど八重はトドメを刺さなかった。

 これ以上は必要ないと。

 そんな八重は脇のホルスターから銃を抜いてぼやける視界の僕の眼前に置く。それが別れ。LOSから抜けるという意思表示。

「これからはオレが持っていて良いものではないからな……。それに、オレにはもう必要のないものだ」

 友だった男を一瞥して八重は次の戦場へと向かっていく。

 僕は心の中で謝ることしかできない。いったい、なにへの謝罪なのか自分でもわからなかった。それでも謝らずにはいられない。

 ──ごめん……。

 薄れゆく意識の中ひたすらに繰り返した。

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