第17話 ∅(ゼロ)

 現場の異変にゆらも俺もすぐに気付いた。

「あれは弥生さんの時の凍結トランセンド!」

 一向に解除されない時止めに中の様子を確認して指示を出してくる。

「再生で時を動かす。動き始めたら澪はすぐに弥生さんを救出して私の元に連れてきて」

「了解」

「いくよ! ──【再生】」

 焦りは伝わってきたが動揺してはいないようで、そのおかげで俺も冷静に動けた。時が動き出す。助走をつけ水の勢いも加えた俺は瞬時に弥生を抱えてゆらの下へ。

 その弥生をすぐさま再生する。

 弥生は時止めによる反動で死を覚悟しなければならないほどのダメージが襲ったが、それを片っ端から再生で消し、なんとか一命を取り留めている状態だ。ゆらは失った光までは戻すことができない。弥生の光はあとわずか、光欠乏で少しも身体を動かすことはできない。

 久遠は目の前から弥生が救出されるのを見送り、自分に一人で対峙する俺を睨んだ。

「アンタがアタシの相手を務めるには力不足だよ」

「それはやってみなきゃわかんないさ」

 二人が戦闘を開始すると弥生が息も絶え絶えにゆらに指示を出す。

「……澪の攻撃をヤツがあえて受けようとしたら再生するんだ」

「何を再生すれば」

「久遠を……人間に……だ」

 その言葉の意味をすべては理解できなかった。けれど、ゆらは信じている弥生の言葉を信じ頷いた。

 俺は怪物相手に善戦。敵の攻撃をすべて避けつつ、一撃を入れていくヒットアンドアウェイの戦法を取った。それは回復されてしまい意味がないものと分かっていたが、その化け物の弱点を探るにはそうするしかなかった。そして思い至る。これ以上戦う必要はない!

 目の前の女を殺せればこちらの勝ちだ。再生されたとしても胸を穿って相手を止め、確実に終輝を当てる。思考をすぐに実行に移す。

「【花水輝・穿セン】!」

 水をドリルのように回転させ貫通力を高めたその一撃を敵の心臓目掛けて放つ。

 久遠はそれを甘んじて受けようと動きを止める。

 ──今だ。ゆらは思いっきり光を放つ。

「【再生】!」

 ゆらが久遠を再生! 光が本体となっていた状態から、もとの人間へと久遠を再生する。

 久遠は自身に輝気がかけられたことを察知するが、もう遅い! その心臓を花水輝が貫いた。

 信じられないという顔で久遠が前のめりに倒れる。だが、まだだ!

「早くトドメを!」というゆらの声を聞くまでもなく、動いている俺は終輝を放つ。

「終輝【水に帰すフロース】!」

「終輝【氷の世界グラーセ】!」

 空から響いた聞き慣れた声。着地した見慣れた男の放つアイスブルーの光に阻まれ、俺の攻撃は久遠に届かなかった。その男は【水に帰すフロース】と【氷の世界グラーセ】をぶつけ打ち消すと、俺との間に氷の壁を張り、まるで正義と悪を分かつかのように区切った。そこから先に立ち入れぬように。透明な氷は向こう側が透けて見える。ソイツは──。

「おい……。何やってんだよ、八重……」

「見れば分かるだろう、久遠永遠を助けたんだ」

「なんで……」

「オレがアコニトムの先導者リーダーだから──」

 そのセリフに俺もゆらも、そして意識が薄らいでいた弥生さえも絶句する。

「三度はどうした?」

「空染ならどこかで寝ている。生きているかは分からないけどな」

 久遠の胸に空いた穴を氷で固めてそれを担ぎながら言う八重の瞳に俺はもう写っていない。

「お前ッ! どういうつもりだ! これまで一緒に戦ってきたのは全部ウソだったっていうのか!? なんで……なんで!」

「ああそうだ。言ったはずだ。『俺にはやらなければならないことがある』。オレはアコニトムの扇動者、ボスとして日本を変える! そして今、久遠を抑え、裏の頂点に立った。次は表だ。この社会を、オレが変えてやる!」

 氷壁をぶち破る。そのまま八重へと突っ込んだ。今あふれるありったけの感情を込める──。

「八重ェッ!」

「仁科ァッ!」

 花水輝ハナミズキ

 胡氷蕾オーキッド

 水と氷の花は互いに花びらを削り合い吹き飛ばし合う。

 俺は残っていた氷壁に打ち付けられ、八重は久遠を抱えたまま地面を転がった。すぐに立ち上がり睨み合う、その瞳は対照的だった。

 八重の瞳は決意に満ち、自らの氷を溶かしてしまうほどの覚悟の炎を灯して光っている。

 対して澪の瞳は、自らの水を吐き出したように大粒の涙を溜めて憂いに満ちている。

「次に会う時は殺す気でこい。でなければ、お前が死ぬことになるぞ。意味とやらを見つける前にな!」

 八重は久遠を連れ、去っていった。俺は動けなかった。追いかけられなかった。なんで──それだけが頭の中を回る。

 八重は去っていった。それは現場からというだけでない。

 澪たち第零班から、という意味で。

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