第6章 銀色と水

第18話 一触即発

 結果として先の戦いはLOSと支影の一対一と考えれば引き分けと言ったところだ。だが、そこにアコニトムが加われば話は別。作戦前に八重自身が口にしていた最悪の事態。その策略により支影を分断し首魁・久遠永遠を手中に収め、支影という組織ごと裏社会を乗っ取ったアコニトム、いや、八重日の一人勝ち。

 澪は僕の病室を訪れていた。

「なんで一人でやろうとした」

 問いとも非難とも取れる言葉を椅子に座った澪から投げつけられた僕は天井を見つめながら答える。

「八重が裏切るのは分かっていた。あの場でそれに対処できるのは僕だけだった」

「違う。作戦の前から分かっていたんだろ。なんでみんなに伝えなかったって聞いてるんだ」

「伝えたとして、何か変わったかい?」

 僕は淡々と続ける。

「作戦の前にその事実を知ったとして、きみや弥生さんは果たしていつもどおりに戦えたのか? 僕はそうできるとは到底思えなかった。弥生さんは作戦の要だった。そして澪、弥生さんは言わなかったけれど、きみも要の一つだった。弥生さんが失敗した時の保険。実際そうなっただろう。だからきみを補佐につけたんだ。そんなきみたちを作戦前に動揺させるようなことはあってはならない。そこに不安要素のひとしずくも落とすわけにはいかなかった」

「それでも俺は教えてほしかったよ。仲間じゃんか、俺ら……」

 沈黙が流れる病室は光が届かない海の底のように暗く、深く沈んでいくような空気だった。

 その沈黙を僕は破る。

「漆黒と話したんだってね。何を話した?」

「その話題は口出し厳禁のはずだ。なんでお前がそれを知ってる」

「生守さんに教えてもらった」

「だから、なんで生守さんがお前に教えるんだ!」

 そう睨む澪を凪いだ瞳で見つめ返す。

「僕は生守さんと二人で漆黒の正体を追っていたから」

 それは誰にも話していなかった事実。班長の弥生にすら伝えていなかった。

 聞いた澪が驚きに思わず立ち上がり、椅子が倒れる。

「なんでそんな危険なことを!」

「僕はね、ずっときみと対等な立場になりたかったんだ」

「なに言ってんだよ。俺たちはずっと対等だったろ」

 その言葉に覚悟を決める。そう、いままでもそうだった。これは僕の一方通行の想い。

「そんな上っ面な言葉はいらない」

「──」

「なんのために危険を承知で黒の調査をしたと思う? なんのために手負いのまま一人で八重に挑んだと思う? 全部、きみと対等になるためだ」

 自分を見つめる僕のその目に澪が惹かれる。その目は意味を持つ者の目。自分が追い求める生きる意味を持つ人間の光だ。

「澪、僕と戦え──」

 信念の眼差しでを見つめる僕に澪は怖気づいた。

「今は……そんなことをしている場合じゃないだろ」

「逃げるな、澪! 僕は百々香にも八重にも勝てなかった。そんな僕を倒せないようじゃ、この先、意味を見つけたきみが彼らと戦っても、死んで無意味になるだけになってしまうぞ!」

 その言葉は澪を奮い立たせる。意味が見つかった先。彼がそんなことはこれまでしっかり考えていなかったことはわかってる。だが、意味を見つけた先に戦うと約束した八重、殺すと言われた百々香。その二人に殺され意味という名の光を消されてしまっては、結局、いま意味を探すことも意味がなかったということになってしまう。

 ──意味を探すことが無意味。その考えを浮かべた瞬間、自分の真っ暗な伽藍堂がらんどうに僅かな光明が差した気がした。

「わかった。お前が退院したらやろう」

「勝つよ、僕が」

「俺が勝つ」

 澪が言い切った瞬間──タイミングよく病室の扉が勢いよく開けられた。

「大丈夫ですか、せんぱい!」

 入ってきたのは瑛だった。いつものように髪などを整えず、服も運動用のジャージなのを見るとどうやら僕の一報を聞いて飛んできたらしいのは明白だった。だが走ってきた様子なのに息は切れていない。

「あ、澪さん。え、えっと……おひさしぶりですー」

 手ぐしをかけながらごまかす姿に澪はふっと笑ってから言う。

「どうやらお邪魔みたいだから、そろそろ行くな。じゃ、三度。約束楽しみにしてるぜ」

「ああ。僕もだ」

 その会話を聞いて演技っぽくキョトンとした瑛は澪が出ていくのを見届けるとタッタと僕のところに駆け寄ってきた。


◇ ◇ ◇ ◇


 病室を出るとそのすぐに外にはゆらが立っていた。

「聞いてたのか? 的射も?」

「ごめんね。お見舞いに来たら話してたから」

 歩く俺の横をゆらはついていく。

「今回の事件、LOSの損害は弥生さんの負傷と八重日の裏切りだけだって」

「どっちも信用問題に関わる重大な過失だ」

「八重からの声明が報道関係に届いて早速公開されてたの見たよね。アコニトムのボスとして名乗りを上げる動画」

「いつも朽名がやってたことを八重がやっただけだ。裏切ったことや支影を支配下においたことみたいなマイナスイメージなことは言わないだろう。正攻法でLOSの信頼を転覆させてくるはずだ」

「澪は……あかりと戦える?」

 そう顔を覗き込んで聞いてくるゆらの不安そうな顔を一瞥して答える。

「アイツは敵だ。社会に害為す悪だ。いま俺たちが守るべきは今のこの社会秩序だ。それに反するかぎりアイツが悪であることに違いはない。そしてそれを排除することが俺たちに与えられた役割だ」

 そこまで聞いたゆらは一つため息まじりの息を吐いてから口調を厳格にして言う。

「仁科澪。次の我々の任務を伝えます。如月弥生、空染三度が回復し次第、第零班に諜報部・生守寛、楽園・羽場紡糸を加えたメンバーでアコニトム及び支影の幹部である八重日、朽名絵花、久遠永遠に対しコード404を発動。アコニトム並びに支影を殲滅せよ。以上」

『コード404』。その単語が出るということは名前の挙がった人物は抹殺対象と判断されたということだ。友を討たねばならない。

「あと生守さんからの伝言。全員回復したら黒の現在分かっている情報を開示する。ってさ」


◇ ◇ ◇ ◇


 三度の退院は弥生よりも早かった。

 約束の日、場所はLOS本部の体育館。そこへ行く前に俺は班室に寄る。部屋に入るとその班長席にどっかりと座っている人物がいた。

「羽場さん!」

「お前は……。そうか、お前が仁科澪か!」

 羽場は立ち上がり、俺の前まで歩み寄ってくる。

「来ると思ってたぜ、お前は。そういう光をしていた。強くはなれたか?」

「……わかりません。でも……これからハッキリさせてきます」

 俺のその言葉と発する光の刺々とげとげしい圧に何かを感じたのか、羽場はヒューと口笛を鳴らす。

 俺は自分の席、椅子の背もたれに掛けられた黒のジャケットに袖を通す。

「おい仁科、なんでLOSの制服が喪服みたいた漆黒のスーツなのか知ってるか」

 その問いに俺はさあ? と羽場へと答えを促すように振り向いた。漆黒という単語に嫌悪が差す。

「光を断つためだ。悪の光を吸収し、正義の光を内包する。何色にも染まらない。ただ正義を求める組織。そのための黒だ」

「じゃあ、漆黒はどうなんですか」

「漆黒? なんだそりゃ。……まあ、俺が言いたいのはそのスーツに袖を通すなら正義を貫けってことだ。これからお前がやろうとしている戦いに、正義はあるのか?」

「……正義はあるかわかりません。でもきっとこの先に、正義も、意味もあると俺は思います」

 ハッキリとそう答えて、自分を待つ男の下へと部屋を出た

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