第20話 追わないで

 世界政府〝楽園〟とは源光大戦においてたった数人で世界を敵に回し世界のために戦った組織。それがそのまま世界最高国家となったものである。そのリーダーとしてこの世界の王になった光王ホープは既に亡くなったが、王の座はその信念を継いだ者が受け継いでいる。

 そんな楽園は世界大戦が起きないよう各国の軍事力を調整し、楽園自体の戦力増強も兼ねて優秀な光主を召集する。その楽園に羽場が認められ日本から引き抜かれた。

「そして今回、俺が日本へ戻ってきた理由は一言で言えば勧誘だったわけだ」

 ラーメンを啜りながら羽場が豪快に笑う。想像していた日本最強とは違ったがこの明るさが最強と呼ばれるに至った由縁なのかもしれない。

「星域に入れる人間はだいたい一国に一人いれば十分。単独で星域の光主がいない国を壊滅させられる星域到達者が今の日本には多すぎる。お前ら二人に弥生。裏切ったやつに百々香や久遠だってそうだ。世界の軍事バランスが狂っちまうレベル。だから日本から優秀な者を引き抜いてこいと言われてた。本当なら弥生を連れて行くつもりだったが、俺はお前らを気に入った」

 豚骨醤油がガツンとくるラーメンを啜ってから答える。

「ムリです」

「そんなあっけなく断るか?」

「今はそんな星域に入ってる八重や百々香、久遠が悪として野放しにされてます。そんな状況で俺たちがいなくなったら弥生さん一人に……逆もまた然りです」

「ハハッ! なにもそんな急な話じゃねえよ! 作戦は聞いてるだろ? 奴らを討つ。悪を滅したその先に楽園はあるってな」

「今はソイツらのことで手一杯です。それが終わってから考えさせてください」

 三度は話を終わらせてラーメンを啜った。こうやって先輩に連れられてラーメンを食う日が来るとは思ってなかった。けれど、なんていうか、しっくりくる。

「それにしても光の色が変わるなんて珍しいもの見れてラッキーだったな」

「……光の色って変わるものなんですね」

 色変した当の本人の三度が不安そうに聞くと、もぐもぐと麺を噛みながら羽場は答える。

「ん……ああ。言った通り珍しいけどな。俺も見るのは初めてだ。有名人で言うと光王ホープとか逆徒ロキがいるな。光王は白に、ロキは黒になって源光大戦の最終決戦を戦ったのが語り草になっている。最近は楽園にも見たことあるやつとかそういう報告は入ってねえな」

「すげーじゃん。三度も歴史上の人物になるってか?」

「やめてよ。そんな器じゃないのは自分がよくわかってるさ」

 三度が首をすくめて自虐するのを笑って否定してから三人はスープを一気に飲み干した。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺と三度の戦いの三日後、弥生が退院し、班室に全員が集められた。

 いつものメンバーに生守と羽場が加わっている。だが、そこに八重の姿がないことに俺も三度も弥生もゆらも違和感を完全に拭えてはいなかった。入院していた弥生にかわり班長業務を行っていたゆらが話し出す。

「作戦の決行は明後日の朝七時。アコニトムのアジトを奇襲する。場所は輝臨山(きりんざん)『輝臨きりん神社』」

「輝臨神社!?」

 その神社は源光大戦ののち、戦いの影響で崩壊した東京の中心に建てられた神社。それは戦禍の哀しみや苦しみの象徴、同時に真っ暗闇からの再建・復興の象徴。そして、戦いで亡くなった全ての魂が安らかに眠るようにという祈りを込められた鎮魂の神を祀る神社。

 神社と言っても参拝や祭事は行わず、ただひっそりと建っているだけのはずである神社。

「その内部が大規模な施設になっていたことが判明しています。本殿が建てられている山頂からその麓まで山の内部が基地のような建物になっていた」

「どうしてこんな大規模なものがあるのにこれまで放置され、まして悪の手に落ちたのか……」

 ゆらの説明に弥生がひとりごちる。

「ですが今回、そんな憂慮は関係ありません。我々の目的は対象を八重日、久遠永遠としたコード404。それが終わったあとに私の再生でどうとでも知れます」

「作戦の立案、指揮はこのままゆらが取ってくれ。私は、元々指揮官なんて向いてなかった。戦闘要員がお似合いさ。頼むよ、ゆら!」

「──っ、了解!」

 改めて指揮を預かったゆらから作戦を聞くことになる。

「LOSは二人を討ち裏社会を完全に消し去ることを決めました。敵の対象は幹部であるあかr……八重、久遠、朽名の三人。そして裏にいると思われる漆黒。この四人を逮捕もしくは……誅することが最重要達成事項となります。対象を無力化した場合、指導者を失ったアコニトム並びに支影は崩壊するのは目に見えています。支影ならまだしもアコニトムは組織としての犯罪行為を一切行っていない。強いて言うなら朽名の警察学校への不法侵入のみ。だからこそ、指導者である彼らを討ちます」

 冷たさを装うゆらは明らかに『殺害』の意味を含むその言葉を言い淀んだ。続けて俺とゆらが久遠を、弥生と三度が八重を、寛が朽名を、羽場が漆黒を相手取る作戦が組まれた。他のアコニトムの下っ端たちはこちらに害意を示さない限り無視という人員が足りていない作戦を伝えられ、最後にLOSに八重以外のスパイがいる可能性も示唆された。

 次に漆黒の説明となった。

「ハッキリ言おう。俺たちが得られた情報がない、というのが情報だ」

 生守が言い切った。

「半年以上、俺と空染で調査をしてきたがやつに関する情報は何一つ得られていない」

 その言葉にみな声が出せない。

「わかっていることは『輝気が効かない』『アコニトムを手引きした』『手に負えない強さ』という三つだ。仁科と九条が転送されたというビルも九条の再生を交えてくまなくチェックしたがやつがいたという痕跡は一切なかった。これはやつによる輝気的な情報統制が働いているなど色々考えることはできるが、正直ほんとうに何も分からない。仮に作戦を決行してコイツがいたらアウトだ。たぶん全員死ぬ」

「仮にソイツがいたら俺が請け負います。お前らは作戦を実行しろ。それだけの時間は稼いでやる」

 最強の羽場をもってして時間稼ぎしかできないかもと言っているようなものだ。その言葉を全員が重く受け止めて、作戦会議はそこで終了となった。

「三度、お前ホントにやばい調査してたんだな」

「ああ。だからこそ、ここまで誰にも言えなかったんだよ。今思えば探っていることは向こうも気付いていたはずだけど、情報を掴めないことも分かっていただろうから僕らは放っておかれたのかもね」

「星域に入って純度の増した今の三度の読空なら読めるんじゃないか?」。

「仮に読めたとしても黒に遭遇している時点でアウトだよ。今は黒のことは考えない方がいい。奴がいないという想定で動くべきだ。アコニトムはこっちの動向を掴んでいるだろうし、万全で迎撃されるっていう仮定で敵三人を抹殺しなくちゃいけない。それに百々香まで噛んできたら……。問題は山積み。こんな作戦を実行しなければいけないなんてね」

「待っていても奴らはこっちを攻撃してくる。それが物理的になのか何的になのかどういう手段なのか分からない。だからその前にこっちから仕掛ける。それがこの作戦ってわけか」

「そういうこと。僕たちは今、追い詰められている。だからこそ打開しなくちゃ」

 三度はそう言うと立ち上がり荷物をまとめる。

「ちょっと確かめたいこともあるし、まだ情報の見落としがあるかもしれない。僕は直前まで生守さんと黒の情報を探してみるよ。さっきは考えるなって言ったけど、不安要素は消せるに越したことはないし、今はこれしかやることがないしね。じゃ、また」

「また明日」

 三度は班室を出ていく生守について出ていった。その後ろ姿になぜか不安を抱きつつ、俺は身体を休めるべく帰路についた。

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