第21話 差

 引っかかっていた。光の色が変わる話のときに挙がったその名前を。

「……ロキ・グラデルテイン」

 画面に映るその資料。現在、楽園の所属である羽場の権限をもって閲覧できたそのデータ。

「どうだったよ」

 声をかけながら羽場が覗き込んでくる。

「こいつは……」

「歴代でも光色が真黒と確認されているのは光主はロキ・グラデルテインだけ。黒い光なんて存在しない。これはこいつ自身が光を吸収しているということ。光を吸収、つまり輝気を吸収できる。このホープとの戦闘記録にも輝気を受け付けなかったと残っています」

「だが、ロキはホープに倒されたはずだ。しかも、生きているとしても一五〇歳は超えているぞ」

「ロキは王に倒されたと記され、僕たちもそう学ぶ。殺されたのではなく……倒された、と。それに黒とロキの共通点が多いことは確かです。この世の中、輝気で寿命を伸ばすことだってできる。信じられるものなんて何一つない闇の中で、僕たちは差し込む僅かな一閃を追い求めている。逆になんだって信じられますよ……!」

 僕の言葉を聞いた羽場は唸った。そんな僕らにに生守が指示を出す。

「本人じゃないにしても、子孫や関係者の可能性もある。ロキ・グラデルテインについての情報を集めろ」

「了解」

 その返事をした瞬間、僕の通信機がコールされる。相手は『Unknown』。

「漆黒……ですね」

 僕の一声に二人が殺気立つ。生守は逆探知をするもすぐに弾かれる。視線で許可を得てそれを取った。

『やあ、空染三度。久しぶりだね』

「久しぶり……か。港では僕のことなんて見てなかっただろ。なんの用だ」

『ふふ、どうやら今、キミたちはボクの正体を知ってしまったようだからね』

「──! お前は……ロキ・グラデルテインなのか?」

『答えは今から確かめてみるといい』

 黒が言い終えると同時、資料室にいたはずの僕たちは瞬間移動させられたのか、見知らぬ場所へと立っていた。室内にいたはずなのに視界が一瞬で野外へと切り替わったため目が慣れないまま警戒態勢を取る。

「いらっしゃい、空染三度。そしてはじめまして、羽場紡糸、生守寛」

 僕らから十分離れた位置、闇夜に完全に同化していた中から輪郭が浮かび黒いその姿が現れる。全身に鳥肌が立っている。──怖い。

 LOS本部にいる僕たちを直接外まで飛ばした。それは好きな相手をどこにいようと好きに攻撃できるということだ。そんな力にいったいどうやって立ち向かえばいい?

「ロキ・グラデルテイン……!」

「ふ、俗に言う『オマエたちは知りすぎた』ってやつだ。ここで死んでもらう」

 漆黒から放たれるその殺気という名の禍々しい黒い闇に三人の足がすくむ。

「後生だ。遺言くらいは聞いてあげよう」

「おいおい、たった一人で俺たち三人を殺せると本気で思ってるのか?」

「おや、この中で最も強いキミが実力差を分からないと言うのかい、羽場紡糸? 仕方ない。では、これを見てもらえば分かるかな?」

 そう言いながら、漆黒は手に持ったくの字に曲がった腕のようなものをこちらへ向けた。片側から液体がトクトクと流れ落ちている。それは『腕のようなもの』ではない。──腕だ。

「うがあああッ!」

 突如上がった悲鳴は生守のもの。見るとその左腕が肩から先がなくなっている。黒が持つその腕は生守のだ。──いつの間に。なぜ。どうやって。

 震えが止まらない。ここに飛ばされ、奴が話し出してからずっと生守は僕の前方に位置していて、視界に入っていた。その間、生守に不審な様子はなく、五体満足だった。それなのに、奴が『仕方ない』と言った瞬間に腕がなくなった。なくなったように見えた。わからない。

「先生の腕は元に戻せる! 空染、先生を頼む! 俺はコイツを足止め……え?」

 前に出ながら指示を出そうとした羽場が言葉の途中で地面に倒れた。その足を地面に立てたまま。足が切り落とされた、というより、両足のふとももから上が切り落とされた格好だ。ふとももから下の足は本体を落としたことに気付かぬまま地面に立っている。

「だから足止めなんて無理だって。ほら、逆にオマエの足、なくなっちゃっただろう?」

 いつの間にか漆黒は羽場の目の前にまで移動している。それは僕の目の前でもあるということ。黒が僕に視線を向けてくる。


 ──死ぬ。


 ここでこの三人は死ぬ。そう悟った。何が起こっているのか分からない。ただこの謎の闇によって自分たちが闇に葬り去られるという未来が視える。未来ではない。もう目の前の今だ。

 死ぬ。その事実を僕はなぜかすんなりと受け入れることができた。黒の調査の協力を申し出てから、いや、百々香が澪に生きる意味を探すよう諭したあの瞬間から、覚悟ができていたのかもしれない。本来、澪がいなければ僕は百々香に殺されていた。八重を断罪しようとして返り討ちにあったときも八重がその気なら殺されていた。自分は二度死んでいる。その命が再び散る時が来たのならば、三度目。三度、ならば最後まで足掻け、と。腹の奥底から湧き上がる衝動。


 その刹那、意識が飛ぶような間隔に襲われる。黒に殺されたと諦めかけた僕が次に見た光景は天国のような神々しい雲の上の世界だった。


 気付くと見知らぬ神々しい門の前に立っている。黒によって瞬間移動させられたのではなく、これは自分の脳内イメージだと理解する。金色に染まった空から差し込む天使の階段と呼ばれる光がその空間の神々しさを強めていた。その空を天使たちが飛んでいる。その大きな門は絵画に描かれた天使や神がいるような天界の楼門のようで扉は閉ざされていた。

 ──その門を開いてその先へ行かねばならない。ふと思ったその衝動に身体が動き出す。

 天使の一人が僕の前まで降りてきて言う。

『ねえ、審判を受けずに先に進むの?』

 その言葉を理解できず無視して門を押す。扉はその重厚な見た目と裏腹に軽々と開いた。

 一歩踏み出し、僕は踏み込む。その先の『神々の領域』へ。


 三度、僕の光色が変化する。一度目は元々の色から澪と出会い青みがかるまで。二度目は青みが消え輝かしい銀色へと。そして三度目。銀色からすべての色を含む色、白色へと変化した。

 さらにその光量は自分でも底がわからず溢れ出すほど満ち満ちていた。湧き上がる光をコントロールできない。でも──これなら!

 神々しく輝く。

「へえ……自力で神域に! 凄いね! でも不完全、数秒も保つまい」

「ああ……。だけど、それで構わない……!」

  ──【読空】!

 その輝技は黒い闇に通じた。僕は黒を読む。全てはムリ。だが、有益な情報を。

「お前は、いったい……!」

 自分が獲たその事実に驚愕する。

「知ったところで何もできやしない。さあ、時間切れだ。さようなら、空染三度」

 言葉を聞き終えた僕から光が──消える。

 黒は腕で僕の腹を貫き、体内に突っ込んだ手で腸を鷲掴わしづかみ、引き抜いた。

「空……染……」「空染!」

 腹に空いた穴からその内容物と夜闇に沈み赤黒とした血が止めどなく噴き出している。その最中、自分の名を叫ぶ二人に知り得た情報を伝えなくてはならない。それが、自分の人生の最後の仕事。それがこの瞬間に僕がまだ生きている意味だ!

 一時的に神域に達した僕の光はあっという間に底をついた。その残り滓を集め輝気を発動する。

 届け……【伝播でんぱ】しろ……

 死の間際、放ったのは空気を伝う『波』としての光。それは自分の持つ記憶・思考・知識などのデータを空気を媒介として相手へと送る輝技。

「……届けッ!」

 その声と同時に生守と羽場の脳内に黒のデータが流れ込む。

「!?!?!? これは空染が!?」

「この情報は……!?」

 その状況に黒が禍々しく口角を上げた。

「……まさか! やってくれたな、空染三度」

 驚いている風にも、笑っている風にも見える黒。それが羽場と生守が動く一瞬の隙になった。

 生守が黒に飛びかかり、羽場が糸を用いて飛ぶように逃げ出した。その光景を僕は倒れながら見守った。僕を貫いた腕が今度は生守を貫く。

 僕が伝えたのは敵の情報だけではない。目の前の敵からどう逃げ、どう情報を伝達するかの作戦もだ。

 黒が羽場を追おうとするのを生守が輝気【反射】でその身を投げルートを塞いで防ぐ。

「ハハハッ! 実に愉快だ! そして不愉快だ!」

 黒が初めて感情を乗せた声を上げる。

「まさか一瞬でも自力で神域に達せる人間がいるとは! 自らの命だけじゃない。その光も、希望も、未来も、意志も、全てを懸けても辿り着けないはずのその境地に!

 空染三度、キミは自分が獲た情報を伝え、逃がす算段まで立てて命を賭したというのか! あの刹那の時間でそこまで読んだと言うのか! アハハハハッ! 素晴らしい! ボクでも予想できなかったことだ。〝神〟のこのワタシでさえも!」

 闇は目の前の生守の首を、まるで夏飛んでいる煩い蚊を殺すように、潰した。そして意識しか残っていない僕に対し興奮気味で続ける。

「自らの命と引き換えに情報を奪い託した。神の想像をも上回るその慧眼に敬意を表し、羽場は追わないでおこう。そして、アナタが獲た情報はそのまま流すことを許そうじゃないか。

 空染三度、この勝負オマエの勝ちだ」

 空を仰いでから黒は振り返り僕を見下ろしながら言う。

「残念だよ。キミとここでお別れなのが……。さようなら、空染三度」

 そう言い残し黒は闇に紛れて消えていった。


 修羅場を終えた僕に反動がどっと押し寄せる。

 光は既に風前の灯火。身体ももはや再生されたところで無意味だろう。

 寸前まで感じていなかった痛みや死の恐怖。それらが光速で僕を蝕む。

 その瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 光が閉ざされた闇の中へ、深く深く落ちていく意識の中、最後の力で言葉を紡いだ。


「──澪、」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る