第8話 悪手

 翌朝、朝礼。──敵かもしれない、と出ていった澪と九条を見送ってから、何も起こらず普段通りに時間は進んだ。そろそろ澪たちも戻ってくるかな、と油断していた矢先、現れた。

 整列し点呼を完了した新人警官たちの前に、その女が立った。朝礼台に上るはずの教官が道を開け、彼女を通したのを見逃さない。

 内通者は既に警察内部にいた。いや、操られている。と読む。僕が動こうとすると両隣にいた教官が腕を掴んでガードしてくる。その様子を不審がる者はいない。まさか、教官全員が操られていたなんて。

「動くな。動けば、目の前の警官の卵たちを殺す。騒いでも殺す。光を発しても殺す」

 そんな言葉が嘘なのはすぐにわかった。なぜならアコニトムはここまで一切犯罪行為というものをしてきていないからだ。しかし本当だったらという僅かな懸念に身動きを取れなくさせられる。それにここに侵入した時点でそれも遂に破られた。ただ拘束されたまま見つめるしかできない。なんてザマだ。

 台に上がった朽名くちな絵花えはなに一同がざわつく。それを気にも留めず、彼女は朝礼を開始する。

「みなさんはじめまして。アコニトムの朽名絵花です。今日はこの場を借りてお話させていただきます。以前の我々の放送は見ていただいたでしょうか? そこで述べたとおり、我々の目的は自由選択のできる社会を創ることです。自由選択とは自分の意志で選び決定するということです。それを踏まえた上でひとつお聞きします。

 ──あなた方はなぜ警察官になったのですか?

 その答えは全員、適性が出たからに違いないでしょう。それは自分の意志で決めたことでしょうか? 違うでしょう。あなた方は適性にただ従っただけです。そこに自らの意志なるものは存在しません。納得できない方もいると思います。それではもうひとつお聞きします。

 ──正義とはなんでしょうか?

 警察とは秩序を維持し、正義を執行する職業です。

 今の社会は適性で選ばれたものだけが正義を振るっている。それが本当に正義と言えるでしょうか? どうですか? あなた方は正義のためにここに集まった。そう言えますか?

 言えない。それなのに正義を執行する警察官になる、と。矛盾しているのです。

 我々アコニトムはそういった矛盾を解消し、本来の正義を取り戻す! そのためにあなた方の力を貸していただきたい!」

 力強く言い切った朽名に対し、それを聞いた新人たちに動揺の波紋が広がっていく。

「では証拠をお見せしましょう。いえ、既にこの状況がその証明なのです。私はここに不法侵入している。そう犯罪者です。それなのにあなた方は一歩も動かず私の話を聞いた。正義を執行するなら、ここで私を捕らえようと動くべきなのに。それをあなた方はしなかった。それが証拠です。この社会のシステムに少しでも疑問を抱いたのなら力をお貸しください。我々にはあなた方が必要なのです。共に新たな社会を創りましょう!」

 まるで宗教の勧誘だ。だが、朽名が指摘したことも真実。でも誰も動かない、誰も動けないのはその準備ができていなかったからだ。ここはその準備をするための場所。決して彼らに正義がないからとは思わない。それに、ここにいる全員が本当に動かないとは思ってない!

 たった一人──

「【這いつくばれ】! バカ!」

 語気を強めて命令しながら飛びかかったのは瑛だった。

 しかし、瑛の言霊は朽名に効かなかったのか、朽名は迎撃しようと瑛に向かって手をのばす。

「瑛!」

 咄嗟に声を上げる僕が拘束されているのに気付いた瑛は叫ぶ。

「【せんぱいを離せ】!!!」

 声を聞いた両脇の二人が僕の腕を離す。瞬時に空気を遮断させ酸欠を引き起こすことで二人を無力化。その場の教官全員を同様に落とすのに時間は一秒もいらない。

 瑛は朽名に言霊が通じなかった時点で勝ち目がないことを悟った。けれど、その中で聞こえた僕の声に反応し、託したんだ。誇っていいよ、瑛。きみには十分な資質がちゃんとある。

 朽名が瑛に向かって言葉とともに拳を振るう。

「言われて飛び出したんじゃ、遅すぎる」

「いや、遅くはない。十分だ」

 ただの打撃ではない。光を纏った拳にそう直感し、恐怖に瑛は目を閉じる。だが、瑛が殴打されることはなかった。僕は朽名の拳を受け止めた。その拳を払ってから瑛を抱えて朽名から距離を取る。まずいな、やつの力がここまでとは……。

「せん……ぱい……腕が……!」

 朽名の拳に触れた僕の左半身は肩口から足の指先までまるで老人のような細く皮だけしかないような見た目になっていた。まともに動かすことももうできそうにない。立っていることも厳しい。瑛が正面から食らっていればおそらく死んでいた。僕でよかった。

「大丈夫。九条さんに再生してもらえる。……これが【成長】の輝気か。物の時間を経過させる能力。まあ、なんとかなりそうだね」

 強がりだというのは瑛にも朽名にもバレバレだろう。でも負けるわけには行かない。こんなところで負けたら澪にもあかりにも一生追いつけやしない。

 朽名が僕が気絶させた教官たちの方へ腕をかざしている。動いたら彼らを腕のようにするぞという意思表示。やろうと思えば新人たちも巻き込めるだろう。そうはさせない!

 瑛は懺悔ざんげする。自分のせいで、自分が考えなく飛び出したせいで先輩が干からび、そして他のみんなも危険にさらしてしまった。なにか、なにか自分にできることは──と。

 朽名が一歩一歩距離を取っていく。その間、できることを遂行する。せめて、敵の記憶だけでもと、頭の中を読む──。そこで、瑛が叫んだ──。

「【治れ】!」

 僕の身体が瞬時に元に戻る。その言葉に反応した僕は敵めがけて風に乗って一息もなく突っ込んだ。虚を突かれつつも朽名が触れようとしてくる。二度は喰らわないよ。

「触れないと時間経過できないんだね」

 僕が呟くのに怯み、敵に隙が生まれる。右の手のひらに凝固された空気の球を渦巻かせながら、風を自分に当てて体勢を変え敵の手を避けて朽名の土手っ腹めがけて叩き込んだ。

「【穿空弾ゼラニウム】!」

 その風の球弾は敵を掻き斬りながら貫く! ──はずだった。

【成長】によって風の球の時間を経過させ、光へと還した。現象としては九条の光戻しと同じ要領で朽名は攻撃を受け切った。だが朽名の手は風に斬り刻まれ、無数の傷が。互いの能力を警戒し合い二人が距離を取ったとき、敷地全体に声が響いた。

『引け──』

 その声に朽名が反応し、こちらを一瞥すると高さもかなりあるはずの塀を乗り越えて去っていった。深追いはすべきではない。この場には今僕しかいない。それに──。

 いつの間にか僕の隣で腕を掴んでいた瑛が問うてくる。

「今の声、なに……」

「おそらく、アコニトムのボスだ」

 そう答えてから僕は絵花から読んだ記憶、そのボスの正体と聞こえてきた声を再生した。

 ──まさか……本当に。

「せんぱい、ごめんなさい。あたしのせいで……」

「いや、むしろ感謝しているよ。きみのおかげで奴を撤退まで追い込めた」

 照れくさそうに笑って誤魔化す彼女の頭をぽんと叩いて立ち上がった。


 戻ってきた澪と九条はその最中に二人に何か進展があったのだろうと察した。見る必要もないほどあからさまに態度に出ていたが聞けるような状況ではなく事後処理に追われた。

 その後、九条の再生によって教官・生徒全員の洗脳を解いたが、生徒には一人も洗脳がかかっていなかったという。つまり、朽名が言ったこともまた事実ということだ。

 こうして僕たちの一週間の警察学校への勤務は終了した。

「それじゃ、瑛、コジ。半年後、同じ班で共に戦えるのを待ってるよ」

 九条が肩を叩いて言うのに二人は「「はい!」」とハッキリ返事を返した。

 学校をあとにしようとすると「まって……」と瑛が僕の袖口をつまむ。

「どうしたの?」

「あの……その……連絡先……交換しよ……」

 耳まで真っ赤に染めた彼女の精一杯の言葉だった。

「いいよ」と答えると瑛はパァッと顔を明るくした。交換を終えると瑛の頭に手をぽんと乗せて言う。

「それじゃ、またね」

「うん、また!」 


 本部に戻った僕は早速、生守にボスの正体を告げる。生守も僕の言葉を全て信じられた訳ではない。どうするかと言えばどうすることもできないというのが本音だ。だからこそ。

「僕に……一度でいい、僕に、任せてもらえませんか」

 できることは全てやる。たとえそれが友を的に回すことだとしても……。


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