第8章 定まらぬ形
第27話 解き放つ
澪と私を待ち構えているのは久遠永遠。自らが待つ部屋にやってきた彼女は私たちを舐めるように見てくる。
「あんときはよくもやってくれたね、ガキども」
「久遠永遠、令状が出ています。あなたを逮捕する。応じない場合は……その命を保証できません」
私が述べる口上が言い終わるのを待ってから久遠はするりと一歩前に出た。
「さあ、やろう。命のやり取りを」
「ゆらは下がってろ。俺一人でやる」
「わかった」
澪がこれまでと違う声色で放った光は白く、ただ白く神々しく輝いた。
澪は神域に至った。その光色は、広い広い海のような水色から空に浮かび漂う雲のような真白色へと変化していた。だが、その輝気は変わっていない。澪は澪だというように。
ただ生み出される水は以前よりも透き通り、澪自身の心のようにスッキリと澄んでいる。
私が瞬きをしたまさにその一瞬に、久遠の右腕が地面へと転がった。
「──ッ!?」
「お前は以前までの俺を想定していたみたいだが、侮るなよ。俺はもう、お前と同じ領域には立っていない」
腕が斬り落とされた久遠の身体から血は流れ出ない。久遠はもう生物というくくりからも解放されている。普通に殺しても死なない。寿命もない。魂も身体から解放され独立している。それは弥生から聞いていたことだ。もはや人間ではない彼女に澪はたった一人で挑もうとしている。それを察した私は自分の役割を思い描く。
──私が!
澪の「ひとりでやる」という言葉はブラフ。久遠を元の人間へと再生する!
「澪!」
輝気を放って久遠を再生し声を上げた。だが、なにか違和感がある。──何かおかしい。
間髪入れず澪が放つ一撃!
「【花水輝】」
その水の玉は以前のように久遠の心臓部を貫いていた。それなのに──。
久遠を貫いた澪の腕が久遠の右腕に掴まれた。澪が斬り落としたはずの右腕で……。
再生が効いてない!?
「なんで! もう一度!」
しかし、かかったときにはかかったと分かる手応えのようなものがあるはずなのに、一回目も二回目もそれがない。
「浅はかだね」
久遠が一瞥しただけで空気が爆発したような衝撃を浴びて私は後方へと吹き飛ばされる。澪はそれを受け止めようと動こうとするも久遠に掴まれているせいで動けない。
久遠に接触し続けるのはまずい。体内の水分やら血やらを解放され木端微塵に弾け飛ばされるかもしれない。
澪は自分自身の身体を水に変えて久遠の腕から抜け出した。そのシーンを最後に、私は頭を壁に打ち付けて気を失ってしまった。結局、私は──。
◇ ◇ ◇ ◇
脱出し距離をとった俺はその瞬間的なやり取りの中で見抜いていた。久遠のことを。
「お前、自分を輝気から解放したな?」
「……よくわかったね。実際は八重日からもらったアイデアなんだけど。お姉さんが褒めてあげる」
「いらねえよ、ババア。お前、寿命からも解放されてるんだろ? 年齢なんて信じられっかよ」
「ッ……前も言ったがアタシはまだ二九だ!」
怒気とともに放たれた無色の光から距離を取る。目の前の化け物を殺す方法を考えなくてはならない。〝輝気からの解放〟とは、つまり久遠を対象とした輝気が効かないということだ。ゆらの『人間への再生』は無効化され再生能力の解放で腕を元に戻し、その腕で俺を掴んだ。証拠に斬り落とした腕は今もそこに落ちている。
久遠は元々その光に触れるというより射程に入ること自体危険。この世から解放されてしまっていてはどうすることもできない上に輝気が効かないとなると話が変わってくる。
これは全て八重による入れ知恵。その強力さはこれまで戦ってきた誰よりも上。
輝気から解放されているのに腕は水の斬撃で落とせたし、花水輝でも貫けた。
突撃を敢行。それは無策に突っ込んでいるような自暴自棄のものではなく、久遠を打ち破る手立てを瞬時に見出しての突撃。策があることは相対する久遠にもその信念の光に満ちた瞳と足取りから見抜かれている。それは問題ではない。
久遠はゆらを吹き飛ばしたのと同じように一瞥で吹き飛ばそうとする。空気の解放による突風の発生と現在地からの解放。しかし飛ばされない。それどころか川の激流を登る鮎のように風に逆らって進んでいく。
「【
あえて口に出したのは相手の思考を促すため。考えなしに闇雲に解放をぶっ放されれば現在の俺とて無傷では済まない。とうに久遠にはなにかあると気づかれている。思いついた作戦を実行できるのは今この瞬間限り。逃すわけにはいかない。
見つけたのは【解放】の弱点。その一点を突破する。
その弱点とはもちろん物理干渉。久遠の腕を斬り落とした初撃と花水輝は輝気は効かないはずの久遠に確かに効いた。それは輝気を久遠自身に作用させたのではなく、俺が自ら生み出した水に作用させ操ったもの。久遠は自分を対象にした輝気からは解放され効かない。だが輝気で生み出した水を操ってならばダメージを与えられた。だから水という物質からの干渉は避けれなかったのだと断定した。俺が
おそらく、久遠が裏切る可能性を考慮した八重が倒せるようにと弱点として残しておいたのだろう。あいつも物質生成・操作の能力だからな。ありがたく使わせてもらうぞ! 心の中で唱えながら敵の目の前に水のように流れ出る。
久遠の本体は生命エネルギーである光自体。それは決して無尽蔵ではない。ならば、それを使い果たさせれば勝てる。
神域に至った俺は星域に至った時のように光量が増加している。それも星域の時とは比べものにならないほど。底は自分でも把握しきれない。敵の久遠は星域。俺の光量より遥かに劣る。自分と相手が技を使う時の光の湧き出す感覚。その違いからも差が歴然ということはここまでのやりとりの中で気付いている。
「消えなッ!」
ここで久遠が取った選択肢は俺の【生命からの解放】。それは俺の【
その一撃を回避する手段。それは俺自身が無生物である水になること。神域に至った俺は自分自身を水にできるようになった。先程、久遠に掴まれた状態から抜け出したように。
久遠の必殺の光が放たれるタイミングに合わせ、自身の全てを命なき水へと変化させる。水になっている間は意識もなくす。意識を保ったままの水化も可能だが、その場合は生命として解放されてしまう可能性がある。
──技を発動。時間制限の自動解除で水となった俺。イチかバチかだ。即座に対応され水を弾き飛ばされれば元に戻ったときはバラバラ死体。久遠が使う技が少しでも性質の違う技なら水ごと解放される可能性もあった。だが、読めた。その技を使うと、分かった。まるで三度の読空のように。
久遠からはそれら全てのリスクを乗り切り、その僅かな偶然を全て掴まれたように見えるだろう。だが、これは必然。なにせ、
自動で水から身体へと戻ろうとする直前、意識が戻る。瞬間、確信。
──勝った!
しかし、そこから時間が進むことはなかった。
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