第28話 概念爆発

 自分を水に変え、敵の終輝を無効化する作戦に出た澪。それが成功し、あと一手で久遠を倒せたはずのその道を阻んだのは皮肉にも仲間である私だった。

 気絶から覚めた私の目に飛び込んだのは人の形と水が重なったような澪の姿。それを澪が久遠に解放されたと誤認してしまった。

 ──嫌だ!

 自分が意識を失っている間に最愛の人をも失ってしまうことなんて耐えられない。そうなれば、久遠を再生することもできず何もできなかった自分はなんのために今生きているのか分からなくなってしまう。意味を見失ってしまう。

 その拒絶から無意識に輝気を放っていた。その光はそれまでより遥かに多く、遥かに強かった。それは──星域。

 

「戻れ──ッ!!!」


 窮地で星域に至った事実と無意識で輝気を放ったことが合わさり、これまでできなかった大技となって輝いた。

『時間を再生する巻き戻す』その輝気はゆらの光のほとんどを消費して十秒という時間を巻き戻した。十秒は短い。それでも密度の濃すぎる十秒が巻き戻される。再生は部屋内部という場に作用し、そこにいた人間の状態や位置などを十秒前に戻した。そもそも輝気が効かない久遠は記憶が保持されてしまうだろうが今の優先は澪の救出。

 十秒前、私が吹き飛ばされる前、澪が久遠に突っ込む寸前まで位置関係や体勢が戻る──。


 その恩恵を一番受けたのは間違いなく久遠だった。

 澪の作戦は水化による回避と奇襲のため一度しか使えない。その作戦を久遠は覚えている。私の輝気は澪の決定的な勝利を逸させてしまう。

 本来なら澪は十秒前の普通の人の姿に戻るはずだった。なのに十秒前の位置関係へ再生された澪の姿は水のまま。──なんで……。

 疑問を残したまま澪の水化自動解除がそのまま発動。記憶も意識も続いていた澪は久遠を仕留める技を放とうとした。しかし、意識が戻った先が意識を失う前と異なる状態だと気付くのに数瞬。目の前にいない久遠。彼女が射程から大きく離れているという謎の状態に襲われ硬直する。

 対する久遠は違う。時間が再生されたと理解している。場に作用した時間再生は久遠には効いていないが久遠の位置情報には効いていて、少しだけ移動している。そのため久遠が、それを『効かないはずの輝気をかけられた』という誤解を持つには十分。実行した私を〝危険〟と判断し、標的を私へと移した。

 私も意識がはっきりした状態で立っていた。時間再生に消費した光は時間再生により元の量に回復していた。それにより場に輝気をかけることで自分で自分を再生できることに気付いた。それまでできなかった自分の再生が星域に至ることでできるようになったのだ、と。

 同時、久遠がこちらに向かって突進してくる様と澪が何もないところへと技を放つ様が見える。その様子で自分が大きな過ちを犯したことにも気づいてしまう。

 あれは、久遠の攻撃をかわすために澪が水になる技だったんだ。勝てたはずだった……私が邪魔しなければ……。私のせいで。取り返さないと……!

 澪になんで私の輝気が効いていないのかという謎を気にする余裕もなくなった私は迫りくる久遠に対処する。

 目の前まで迫ってきた久遠が私をこの世の生から解放する。

 それに抗うため、私は自分自身をこの世の生へと再生する。

「なにこれ──!?」

「これは!」

 両者の真逆の概念。それらが打ち消し合い、引き起こしたのは『概念爆発がいねんばくはつ』。

 それは例えば、『火をつける』『火を消す』という事象を起こす輝気を同時に同じ対象へ発動した場合、対極にある概念同士がぶつかり合い、打ち消し合って膨大なエネルギーを生み出す事象。物質と反物質による対消滅のような事象。そのエネルギーにより大爆発を引き起こす。

 ここで打ち消される概念は

『久遠によるゆらの生からの解放』と

『ゆらによるゆらの生への再生』という光主も含めたもので二人とも概念爆発による打ち消し合いの消滅に巻き込まれる。

 消滅しかける二人は寸前で【再生】と【解放】によってギリギリで免れるが、発生した膨大なエネルギーまでは再生・解放することができなかった。

 ──爆発

 経験の差。咄嗟に解放により自身を吹き飛ばした久遠は爆発すらも回避した。けれど、私は反応しきれず、もろに喰らう。

「ああああ──ッ!!!」


◇ ◇ ◇ ◇


 凄絶な叫びが部屋にこだまする。爆煙の中、状況を飲み込めない俺が確認できたのは、なんとか人の原形が保たれたゆらだったもの。爆破を受けた身体正面すべての皮膚が焼け落ち、どろどろと溶けて無残な姿になっている。考えるより先に叫び、動いていた。

「ゆらァアアアッ!!!」

 俺の叫びが神社全体に響くように反射する。自分を再生しようともごもご動いているが、久遠に対して放った輝気で光のほとんどが持っていかれ、自分を再生するほどの光は残っていない。

 ──ごめんなさい、澪……。

 諦めが聞こえてくるようだ。死なせるか!


◇ ◇ ◇ ◇


 既にほとんどの感覚がなくなっている身体が、別の不思議な感覚に包まれた。いや、包まれたというより、まるで水になったような。再生で元に戻ろうにも光がない。

 私の名前を叫ぶとともに澪は輝気を放っていた。それは対象に意識を保たせたまま水にする輝気。私を水にして、身体的要因による即死を回避させるために。

 水となった私はひとつにまとまったまま宙に浮いている。そこに澪が駆け寄ってきた。

「意識はあるな、ゆら。手短に言う。お前を水にした。その状態でも光は回復するはずだ。光が戻ったら水化を解除する。ボロボロの身体に戻るから再生して元に戻れ。いいな? それと、気にするな。アイツを倒すのにかかる時間がちょっと長引いただけだ」

 その言葉に私は意識の中で生まれるものが涙なのか水なのか分からぬまま頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る