プロローグ
第-2話 暁光
現代の教育課程は初等、中等、高等教育の三つの義務教育に分けられ高等教育は一六から二〇歳まで。就職というものは、ほとんどの企業が一九歳になる年度の終わりに受ける輝気の適性から成される形となっていた。
幼少の頃から俺と三度は幼馴染の親友として共に過ごしてきたけれど、職業適性まで同じものが出るとは思っていなかった。判定が出たのは──Light Order Security──輝気犯罪専門の治安維持組織。警察とは別の米国で言うFBIのような組織。適性が出るのは数百万人に一人と言われる確率の仕事を二人揃って志ざせることを喜んだ。
この適性判定からしばらくして、俺はある事件に巻き込まれる。
「LOSって実際に活動してるところ見たことないよな」
高等教育最後の年は適性が出て就職が確定した仕事に合わせ個々に輝気を開発していく年になる。その緩さは明らかでほぼ毎日遊んでいられるほど。俺と三度も例外ではなく輝気の基礎を学びながらゆるい日常を過ごしていた。
「そりゃ少数精鋭な上に輝気による犯罪でしか出動しないらしいからね。そんな簡単に見れるようならこの国の治安に問題があるよ」
「そりゃそっか」
いつものように何をするでもなく街中を歩いていると電光掲示板にニュースが流れる。内容は連続斬殺事件についてだ。数ヶ月前から単独で数百人もの人間を輝気で斬り殺している事件。史上最悪の大量殺人鬼、その犯人・
「あんな凶悪犯すら捕まえられないのにか?」
「僕らに適性が出るくらいだから人手不足なのかもね」
三度が揶揄するように肩をすくめた時だった。
ガシャァアアンッ!! 前方のビル上層階の窓ガラスが大きな音を立てて割れ飛ばされた。
「なんだ!?」
声を上げている間に宙を舞う破片たちは蜘蛛の巣にでも引っかかったように急に動きを止め飛散を免れる。その破片を追うようにその窓から一人、男が飛び降りてくる。その顔は──。
「百々香出示!?」
「噂をすればってやつか! ヤバい、こっち来るぞ!」
二人より百々香の近くにいた人たちはその顔に叫び声を上げて逃げ出した。それを背後から──。百々香自身は着地した場所から一歩も動いていない。しかし、逃げようとした人々十数人を一瞬で背後から血のように赤い斬撃を飛ばして斬り裂いた。赤い液体が噴水のようにあちこちから噴き上がり一面を染めた。その光景に三度が悲鳴にも似た声を上げる。
「逃げよう、澪!」
俺はそう言われる前に悟っていた。襲いくる鬼の血色の眼を見て、アイツからは逃げられない。無理。
──斬られる──
確実に斬り殺される。その事実を瞬時に認識。その鬼と視線がぶつかる。俺は自分の死を受け入れ目を閉じた。──ああ、本当に意味のない。
数秒待っても、斬撃が襲ってくることはなかった。
「やっと会えました!」
「ッ!?」
目を開くと眼前に斬殺鬼が立っていた。ウェーブがかかった男にしては長すぎる黒の長髪とともに一九〇はありそうな長身をメトロノームのように揺らしながら問うてくる。
「貴方、お名前は?」
「……仁科澪」
意識的に答えていた。答えざるを得ない圧迫感。吐き気がこみ上げてくる。
俺の名前を聞くと鬼はにっと片方だけ口角が上がる不気味に笑みで興奮気味に語りだした。
「仁科君、貴方は今、ワタクシの斬撃で他の人間たちが一瞬で殺されていく様を目の前で見ていた。その斬殺の、惨殺の光景を! にもかかわらず、貴方は恐怖していなかった。自分が斬られると分かった瞬間でさえ! 死の瞬間にはその人間本来の性質が出るとワタクシは信じています。貴方は死の瞬間、諦めていた。何百と殺してきましたが初めてですよ。何も分からぬまま死んでいく者、恐怖に打ち震えながら死んでいく者は大勢いた。ですが自分の死を自覚しながら受け入れた人間は貴方が! 受け入れられる人間がいるとすれば、それはこの世界に絶望している人間、もしくは真に空っぽな人間だけです! ──後者ですね、貴方は。豊かな生活を送りながら、この世界に意味はない。生きる意味はないと思っているニヒリスト。それが貴方の本質だ。自らの死をも受け入れてしまう程のニヒリズムを持つ人間なんてそうはいない。殊更に面白い──!!!」
鬼の
──仁科澪は破綻していた。
普通より少し裕福な家庭に生まれ、周りの人間と何ら変わらぬ環境で育ち、教育されてきたはずなのに、仁科澪は周囲の人間たちと一線を画していた。
自覚したのがいつだったかは覚えていない。いつのまにか考えるようになっていた。
『生きる意味ってなんだろう』
分からなかった。考えても分かるはずがない答えだ。そう悟った俺は周りに答えを求めた。
それでもわからない。周りの大人たちはみんな輝気適性によって与えられた仕事をこなすだけのデクに見えた。いや、デクだ。友人たちもそこに至るために整備されているだけの
『この世界に生きる意味なんてない』
だが死のうとも思わなかった。生きる意味はないが、死ぬ意味もない。すべてに意味はない。
だから、あるがままを受け入れて生きようとした。そのほうが楽だったから。今日までそれを貫いてきた。三度以外誰も気付かなかったそれをこの鬼に命を握られて看破された。それが何か意味があるような事の気がして、俺は目の前に殺人鬼のいるこの状況で──笑っていた。
俺の歪んだ笑顔に鬼は醜い笑みを返して左手を取ると手の甲を斬撃で斬り裂いた。不思議と痛みは感じず、ただとくとくと血が流れ出る。
「貴方は生かしておきます。この傷は消えないように付けておきました。マーキングというやつです。仁科君、生きてください。生きて〝意味〟を探すのです。そして、貴方が意味を見つけたならば、その時はワタクシが殺しましょう」
言い終えた刹那──百々香が糸に引っ張られるように後方へ吹き飛んだ。
「これ以上は殺させないぞ、百々香ァ!」
百々香が吹き飛んだ方向に一人、黒スーツを纏った男がまるで魚を釣り上げたように立っている。その男の顔もまた見覚えがあった。百々香は自分を引っ張る糸を斬り裂いて猫のように着地。
「これはこれは。日本最強の光主がご登場とは」
「まったくありがたいぜ。楽園
その男は
「君たちはこっちへ!」
羽場や百々香とは逆、俺の背後から突如俺の手を引いたのは当時の第零班班長・生守だった。引かれるがままにその場から離れようとする俺たちへ百々香が数発の斬撃を狙い撃つ。羽場を無視したその攻撃に虚を突かれ、羽場は輝気による攻撃で打ち消すも狩り残しが二発。
「先生!」
生守が俺を突き飛ばす。その胴体を左肩から右脇腹まで斬撃が切り裂き、もう一発が左腕を切り落とした。目の前で上がる
「おじさん……!」
鬼は俺を殺す気はないはずだ。それでも殺すつもりで斬撃を放ったのは俺を生守が庇うと見切ったから。血まみれの生守を抱きかかえ思考を巡らせる間も戦闘は続く。
意識が俺に向いている鬼を羽場が糸で巻き絡めるも即斬り破られる。羽場の輝気【糸】に対して百々香の輝気は【斬撃】。相性が悪すぎる。
だがそれもわかっていたこと。羽場も想定内。日本最強とは〝表の〟である。裏社会を仕切る支影や犯罪者予備軍には自分より強い者がいるかもしれない、というのは普段から慢心しないための合言葉だった。それが現実になるとはな──と心内で愚痴を垂れつつ糸を走らせる。だが、百々香が羽場へと意識を完全に向けると戦況が一転する。
相性、たったそれだけのことで差がぐんぐん開いていく。最強が着々と追い詰められていく様をただ見つめていた俺は、遂に我慢が限界になり、生守を三度に預け立ち上がる。まだ輝気は習い始めたばかり。それでも自分はLOSに選ばれたのだからきっと戦えるはずだ、意味はあるはずだ。ないなんて思うのはもう終わりにしたい! それに、たとえここで殺されたとしても死ぬだけだ!
「くそったれがァァァッ!!!」
まだ水を生み出すことしかできなかった。だが、この場においてはそれで十分!
突然の俺の叫びに手練の二人と言えど一瞬だけ気を取られる。その瞬間──
百々香の頭部が水で覆われ「グボゴボボボ」普通に呼吸していた鬼はそのまま水を吸い込み溺れる! それによって生まれる隙を羽場は見逃さない。
「終輝【
その必殺の糸も鬼が反射的に放った斬撃に斬られるが、羽場が背後を取り輝気の使用を封じる手錠をはめるには十二分。俺は輝気を保てなくなり、百々香は頭を覆う水が散って咳き込みながら水を吐き出した。
「一五時四〇分、百々香タタラ、逮捕する」
言い終えた羽場は通信で応援を要請し俺と生守に駆け寄った。その応援はすぐにやってきて、こちらに駆け寄ってくる。俺とあまり年が違わない少女のような印象を受ける黒髪の女性だった。セミロングをひとつ結びにした彼女に羽場が指示を出す。
「ゆら、【再生】頼む」
「任せてください」
彼女が生守に手をかざすと体の傷が消えていく。斬り落とされた腕まで元の状態へと再生されてしまった。
「すごい……」
感嘆の声を漏らすと九条は「そんな完璧なものじゃないよ。さ、キミも怪我してる。見せて」と手の甲の傷を指差す。
「これは……このままでいいです」
何かを察したのか九条はそれ以上何も言わなかった。代わりに羽場が俺の肩を掴む。
「少年、助かったよ。君のおかげでヤツを捕まえられた。ありがとう」
「いえ、俺は……」
最強と言われる男が自分に礼を言い、頭を下げるその様。強いとはこういう人のことを言うんだな。そこで好奇心が生まれた。強くなれば、意味を見いだせるかもしれない。
「どうやったら、あなたみたいに強くなれますか」
「君みたいな一般人に助けられなくちゃ犯罪者一人捕まえられない俺に対する嫌味、ではなさそうだ……。来い、LOSへ。俺はいなくなるが、ここで生きる中にその答えはある」
俺に適性が出ていることを羽場は知らない。だが、向いていると直感しての言葉。俺は顔を上げ答えた、はっきりと。
「はい!」
そこへ次々と警察や救急などがやってきた。百々香が連行されていく。その途中、俺の前をすぎる時、鬼は確かに呟いた。
「いずれ、また──」
後日、ニュースで知る。この事件の日、LOSの精鋭部隊により百々香出示討伐作戦が行われており、逃亡のため民間人を巻き込んだ百々香に対し、市民を守ろうとした精鋭たちを皆殺しにした百々香。LOSへの報復としてビルを手当り次第に襲撃。生き残った羽場と本来後方支援だった第零班が彼を追い、俺が巻き込まれるに至った、と。
俺や三度は悲惨な現場を見たカウンセリングなどを受けたがLOSの適性が出ているだけあって全く動じていなかった。どちらかと言えば俺は百々香に指摘された動揺の方が大きかったが、そんなことは誰にも言えるわけがない。
だが、俺はその一件から日々を無意義に過ごすのをやめ、意味を探しながら過ごし始めた。輝気を三度とともに磨きつつ高めあった。この日々は俺の人生で最も自分というものを意識しながら過ごした日々でもあった。全てが新鮮で、それはそれは──。
月日は経ち、警察学校に入校の日がやってきた。
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