第3話 初日の出
配属から三ヶ月が経とうかという年末、クリスマスパーティーから一週間が過ぎた十二月三一日、大晦日。非番の九条と三度がいない班室に鳴り響く緊急通信──出動要請を弥生が取って、俺と八重に伝える。
「国会議事堂が占拠された」
大晦日に人はいない、警備員以外無人のそこを狙う意味とは何なのか。誰もがそれを考えたが誰も答えを出せなかった。その答えはすぐに明かされることとなる。
現場には警察や
「なんだ!?」
来たばかりの俺たちは事情を飲み込めない。通信が入り、弥生の支持で通信機のホロディスプレイに民放のテレビ中継が映す。映像には議事堂内議場の演壇に立つ女を映している。見た目は二〇代前半で金髪のサイドテールで毛先は赤く染められている。目元はキリッとした目つきでしっかりとカメラを、いや、映像を見ているであろう視聴者をしっかりと見ている。
『皆様をお招きしたのは我々のことを知っていただくためです。
我々は〝アコニトム〟
我々の目的は──この社会を変えること。本来ならボスから挨拶すべきですが、本日は
画面の前の俺たちに語り掛けるように話す女の声を聞きつつ弥生がつぶやく。
「アコニトム、トリカブトの学名……。報道陣をメッセンジャーにすると同時に人質にもしたって訳か。至急
分析しながらの指示。それに従おうとするのと同時、三度からの通信。
『本当です。彼女についてデータベースから調べてみます』
「さすがだね。もうちょっと指示を仰いでくれると可愛げがあるんだけど」
俺たちについて「可愛げがない」と嘆くのが定番になってきた弥生の言葉の終わりを待っていたかのように
映像では報道陣の中の一人が恐る恐る挙手している。
『……世界を変えるとはどういうことでしょうか』
『この世界は光に依存しすぎている。現代社会において多くの人々は仕事や恋愛など
それを聞きながら弥生は
八重の輝気は【
「こんな大袈裟なことをするくらいだ。敵が一人とは考えにくい。敵は私が凍らせて制すから澪は人質の保護を」「了解」
正面入口から突入するこちらの動きを警戒していないのか放送はなおも続く。
『たとえ適性に従ったとしても、不幸になっている人間は多くいる。適性の出たパートナーと離婚する人、会社の事情で解雇されてしまう人や犯罪に手を染めてしまう人はいなくならない。それならば初めから適性などに従わず、別の道を選んでいたら……。
──我々アコニトムは完全な自由選択を求める。
輝気による適性判定も一つの選択として自分でやりたいことを自分で選べる。光が生まれる前のような世界を創る。これがアコニトムの目的です』
その音声の向こうから何か鉄を叩くような音が聞こえている。
除夜の鐘か……? でも議場内って外の音が聞こえるのか?
その疑念だけではない。議事堂内を慎重に進む弥生も俺は違和感を隠しきれなかった。敵が誰一人見当たらない。銀行強盗のときの港と同じ雰囲気を感じる。まさか……な。
議場出入口に辿り着き、スリーカウントで突入。扉は簡単に開く。そしてその中には──
「……誰もいない」
「映像は今もなお流れている。……ブラフか。私たちが現場に来た時、既に報道陣が来ていた。そして消えた。警察への『議事堂に不法侵入した』という通報自体がブラフで私たちは映像もあって議事堂内に敵がいると思わされた」
除夜の鐘が聞こえたのも、そこが議場内ではないからか。
映像で女──朽名が続ける。
『その手段についてですが、我々は犯罪行為を
その発言に再びインタビューアーが問う。
『あなたは、あなた方は今既に国会議事堂内に不法侵入しています。それは犯罪では?』
『ここは国会議事堂ではありません』
朽名はしたり顔で笑いながら言った瞬間、映像に映されていた背景が元に戻り、公園のような広場のような景色に切り替わる。
『ここは国会議事堂隣の記念公園。報道陣の皆様は少しばかり場所を移動しただけ。我々はなんら犯罪行為を行っていません。ですが、これから先もそうとは限らない。成し遂げたいものが私たちにはある。そのためならば私は何を失っても構わない。それが私の選んだ生き方……。私たちは社会に革命を起こす毒となる。あなたたちも自分の道を決める時よ──』
言い終えると朽名は指を鳴らす。
『それでは皆様、本日はここまで。またお会いしましょう』
報道陣が再び瞬間移動し元いた国会議事堂前へと飛ばされる。かわりに、上空から一人の男が雨のように水を降らせながら降ってきて、報道陣のいた場所へと着地した。──俺だ。公園の広場に一人残ったままの朽名に身分証を突きつけて言う。
「LOSだ。大層なご演説、ご苦労なこったな。朽名絵花、今回の騒動に関して事情を聞きたい。任意同行に応じてもらおう」
「断るわ、
「──! お前も俺を知ってるのか」
「ええ。アナタのことは知ってるわ。アナタも勧誘対象。生きる意味を見つけられないのなら、人々みんなが生きる意味を探す世界を一緒に創りましょう」
そっと歩み寄ってきた朽名は俺に向かって手を差し出してくる。
『生きる意味』その言葉は俺の腹の底に漆黒が残していった闇をかき回す。やめろ──それ以上、俺に──。いや、
「俺は──」
2
私は飛ぶ術を持っていないため道なりに澪の元へ向かうが途中、その行く手を阻まれる。ひと目でわかった。相手の姿は報告にあった通り黒く黒く染まる漆黒。コイツが例の……。
「私を邪魔するってことはアナタもアコニトムだったのかな」
「そうであるとも言えるし、そうではないとも言えるね、如月弥生」
「やっぱ私のことも知ってたか。ま、私の問いに答えた時点で終わりなんだけどね!」
私の輝気は【凍結】。道を塞がれた時点で相手の足を凍結させていた。対話で生まれた時間でその凍りつきは全身にも及ぶ──はずだった。
「残念だ。如月弥生」
「──!?」
「星域に踏み込んでいるキミでもボクには届かないよ」
相手の足下はたしかに凍っている。本来ならそれは地面と敵の足を結合させ、相手の身体にまで及んで身動きを封じるはずだが、敵は悠々と軽い足取りで弥生へ距離を詰めてきている。そこで悟る。コイツとの接点を諜報部だけに留めるとした上の判断は正しかったのだ、と。
「あなたには十月の現金強奪の重要参考人として嫌疑がかけられています。同行を、って言っても聞かないよね!」
氷結を繰り出し周りの空気ごと問答無用で凍てつかせる。
「やめておけ。オマエではワタシに届かないといっているだろう」
「──!」
瞬間移動、とも思える速度で背面から
空気を凍らせて威力を削ぎ受ける。肩に重くのしかかるその足を掴んで引き、バランスを崩した敵の
「無駄だよ」
「ぐっ!」
敵は凍らず、急所への一撃も効いていないかのように、漆黒は私の鳩尾に掌底を撃ち込んだ。怯まず敵のその腕をそのまま氷結し、今度は即時距離を取るヒットアンドアウェイ。また氷結は効いていない。輝気が効かない相手に対して澪がやったように拳銃を抜き撃つ。
黒はその弾丸をなんてことないというようにキャッチした。
「なっ……」
輝気も物理攻撃も効かないなんて。相手を倒すために思考を巡らせる。その時──。
ガジャッ! と黒の真下から氷山が突き上げてきて、黒は避けて距離をとった。
「引け!」
「──あかり!」
現れた弟は氷でドームを作り出し、漆黒を閉じ込めようとするも不発。
「時間稼ぎはもう十分みたいだ。運が良かったね、如月弥生。いずれ、再び戦うことがあるかもしれない。そのときはよろしく」
次の瞬間、あかりが氷の壁を消したときには言葉だけを残し漆黒は闇夜に紛れて消えていた。
3
「俺は──」
差し出された朽名の手に自分の抱える闇をさらけ出しそうになった瞬間──
「【再生】!」
輝気の名前を叫ぶ掛け声とともに朽名の手を振り払ったのは九条だった。
九条の輝気で朽名に操られかけていた俺の意識は再生させられた。
「九条さん!」
「しっかりしてよね! こいつの輝気はおそらく洗脳系。だったらさっきの放送も放送自体に意味があって納得がいく。そしてそれが正しければ、輝気不正使用で摘発できる」
「残念ながら私の輝気は【成長】。物の時間を経過させる能力。洗脳なんてできないわ」
「それが本当ならね!」
「そう。本当かどうかは分からない。そんな根拠のないことで今この瞬間に捕まえたりできないよね、警察は」
朽名は不敵に微笑みながら俺たちの間を過ぎていく。
「任意同行は拒否させてもらうわ。また会いましょう、仁科澪。それから九条ゆらさん。お仕事頑張って」
人を食ったように笑いながら朽名は去っていった。それを見送るしかできない俺はかき回された腹の底の不快さを拭えない。
除夜の鐘が鳴り響く──。時間を確認した九条が笑顔を向けてくる。
「あ、年明けだ。あけましておめでとう、澪!」
「おめでとうございます。って、こんなスッキリしない感じで年明けかー……」
「そのモヤモヤは去年に置いてきなさい! なんなら私が再生して時間を戻してあげようか?」
「大丈夫です。それより助かりました。非番なのに来てくれてありがとうございます」
「貸しひとつね〜。それより、彼女に洗脳ができないとしたら、さっきのは澪の意志ってことになるけど、どうなの?」
九条は鋭い目つきに変えて俺の目を真っ直ぐ見てくる。そのすみれ色の瞳を直視できず、逸らしてしまい、なんだか負けた気分になる。あのときの俺は、たしかに手を取ろうとしていた。潜在意識で
「俺は……」
問いには答えられなかった。俯く俺を見て九条が背中を叩く。
「ごめんごめん。私の【再生】は確かに働いていた。澪には何かの輝気が掛けられていたのは間違いないよ。あいつの手を取ろうとしたのは澪の意志じゃない」
そこへ弥生と八重が到着する。九条の顔を見てその場にいる疑問を飲み込んで先に聞く。
「ゆらも来たのね。朽名は?」
「任意同行を拒否、そのまま逃げていくのを見逃しました」
「ま、逮捕できる根拠もなかったから仕方ない。こっちは漆黒と戦った。ここに現れたということはアコニトムと無関係ではないということだろう。帰って先生に報告するよ」
第零班は現場を警察に引き継ぎ帰路につく。俺はその引き継ぎ作業の最中も思考の嵐が止まない。あのとき、朽名に手を差し伸べられたときの自分の闇。俺の底に眠る本質。
「俺は──俺には意志はない。意味がないから……」
そしてそれを指摘されたあの時を回顧した。俺が歩き出したあの事件を……。
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