第0話 終わりの輝き

「今日から必殺技『終輝しゅうき』の開発に入る」

 二ヶ月みっちり基礎を磨いたところで聞く『必殺技』という言葉に俺たちは少年心がくすぐられる。

「『終輝しゅうき』とは文字通り『輝気かがやきの終わり』自らの光を使い果たすつもりで放つ、相手を『終わらせる輝気』だ。これは……相手を殺せる技じゃなければならない」

 殺すというワードに気が引き締まる。引き締める。

「LOSの任務は国内に留まらない。有事の際、国家の第一級戦力として扱われ前線に立つことになる。また、有事でなくとも紛争や災害地域に派遣されることもある。自分の身を守るため、周囲の人を救うため、敵対者を殺さなければならない状況に陥ることは少なくない。そのために終輝が必要だ。私とゆらのを見本としてみせる」

 そう言うと弥生はけたたましい圧の真青な光を放つ。その前にケージに入れられたモルモットを九条が置いた。モルモットからは通常ではありえないほどの光が垂れ流れている。

「このモルモットは光を付与させた強化モルモットだよ。この子をよく見ていてね。……大丈夫、死なせはしないから」

 九条も温かいアイボリーの光を放ち再生準備を整えた。弥生が放つ。

「──終輝【光の凍結ダルク】」

 一瞬にしてモルモットが凍りつく。その凍り方に三人は違和感を覚えるも、すぐさま九条の終輝が発動。

「終輝【時渡り】」

 一瞬でモルモットはもとに戻り、核心の確信には至らなかった。

「わかった?」

 笑顔で聞いてくる弥生に俺たちは三人で顔を見合わせた。まず三度が口を開く。

「凍り方に違和感がありました。外に放出されていた光まで凍っていたような」

「正解。私の終輝【│光の凍結ダルク】は対象の光を凍らせる。光とは生命エネルギー。限界まで少なくなれば動くことができなくなり尽きれば死ぬ。そのエネルギー自体を凍らせる輝技だ。じゃあ、ゆらのは?」

「ハッキリ言って全く分からなかったけど【時渡り】っていうくらいだから、時間を戻した?」

 俺が首を傾げながら不確かそうに答えると、九条がしてやったという表情を浮かべる。

「ぶっぶー。ざんね〜ん。名前はミスリードでした〜」

「じゃあ、対象を元の状態へと再生する技、とかですか?」

 八重が待ってましたとばかりに答えると九条は頷く。

「正解! 相手を一秒前の状態に復元する技だよ。時間再生はやろうとしたけど一瞬しか戻せなくて役に立たないんだ」

「まあ、結果は同じなんだからあまり変わらない気もするけどね」

 ミスリードに引っかかったことをいじられながら俺は挙手する。

「羽場さんの終輝ってなんですか?」

「ん、先輩の? そうか澪と三度は間近で見たんだったね。あの人の終輝は【│糸に紡ぐ《スピニントゥ・ヤーン》】。相手自身の光を糸にして繭を作り閉じ込める輝気。相手が百々香じゃなければ斬り破られることなく、光が尽きるまで糸を出し切ってしまう。光が強ければ強くなるほど繭が頑強になり出られなくなる輝技きぎだよ」

「師匠も羽場さんも相手の光を〜って終輝なんですね」

「そうだね。理由は明快、相性が悪くない限り確実に殺せるから。たとえ不発でも相手の光を減らせば簡単に倒せることもあるしね。逆にゆらの終輝は今みたいに何かを救うことに特化している。LOSだけでなく、世界でもそういう輝気は珍しい。余談だけど真逆の概念的輝気をぶつけることで概念爆発がいねんばくはつも起こせるんだけど、ほぼ起こらないから気にしなくていいよ。さ、自分の輝気特性から自分に合った技を見つけるんだ」

 言い終えたふうな弥生に九条が付け足す。

「あと、終輝を使うときは必ず『終輝』って言うこと。味方を巻き込んだら大変だから注意喚起と気合いを込めるためにね」


 俺たちの終輝開発はこれまで通りすぐに進展を見せた。

「行くぞ! 終輝!」

 手のひらの上で球状の水を渦巻かせ相手にぶつける。【花水輝ハナミズキ】の前身となる技を完成させた。そして、それを見た三度と八重も──

「「終輝!」」

 三度は空気を、八重は氷の球を同じように手のひらの上で回転させて打ち込む技を簡単に真似てみせた。

「おい! 俺の技をパクんなよ! ったく、やめだやめ。みんな使えるなら終輝になんてなんねえよ」

 俺が愚痴をこぼすと八重と三度は笑いながら自分の技開発に戻った。不貞腐れる俺に九条も弥生も「いや、二人が天才すぎるだけだよ、、澪も含めて」とフォローしてきた。開発したのは俺だからという次への期待が膨らんでいた。


◇ ◇ ◇ ◇


 そしてあっという間に時間は流れ、警察学校の半年間も終わるという九月の残暑照りつける季節。対人戦闘訓練の休憩時間だった。

「だいぶ強くなったんじゃないか、仁科も空染も」

「そういうお前もな」「そういう君もね」

 ハモったことを笑いながら八重は俺にこんな問いを投げかけた。

「半年前、お前は強くなるのは意味を見つける手段と言ってたな。どうだ? なにか少しでも見つかったか?」

「いや、そっちはまだまだだな。そういえば八重の具体的な目標とかって聞いたことなかったな。強くなって光になるとか言ってただろ?」

 三度は俺たちの会話に黙って耳を傾けている。意を決したように八重は語りだした。

「……オレにはやらなければならないことがある。なんとしても成し遂げたいことだ。全ての人間が生きていく上で道を歩いている。それが人生という道だ。その道の途中、いくつもの選択をしながら進んでいく。オレはそんな人たちがそれまで見えなかった選択肢も見えるような世界を作れるような人間になりたいんだ。それがオレの思う【光】だ」

「自分のことしか考えてない俺とは大違いだな。三度も人のためって言ってたし……。やっぱり俺が生きる意味なんてないのかな」

 そのセリフに八重が俺の胸ぐらを掴んで持ち上げた。急のことで完全に脱する機を逸した俺はされるがまま胸元を締められる。

「ちょ、あかり! やめなって!」

 三度が仲裁に入るも聞かずに八重は俺へ想いのうちを吐く。

「他人の光に当てられてくすぶってんじゃねえよ。〝意味〟を持ってるオレと持たないお前とで比べんのは太陽と電池の繋がってない豆電球で明るさ比べするようなもんだ。自分の光源を探している段階でそんな弱気なこと言ってんじゃねえ!」

「……うるせえよ。お前に何が分かる? 俺は好きで生きる意味なんて考えてんじゃねえんだよ。こんなに悩んでる訳じゃねえんだよ! いいよなあ! 生きる意味がある奴は世界が輝いて見えるんだろ? 俺はな、モノクロに見える時があんだよ。世界が。俺自身が真っ白に! 弱気なことを言うな? あるかも分からないことを探すツラさを知らねえ奴が!」

 八重が掴んだ襟首えりくびを離し、胸をドンと押す。

「二人ともやめろって!」

 三度も声を荒げるが二人の耳には入らない。

「お前とは分かりあえないみたいだな。仁科!」

「こっちのセリフだぜ、八重!」

 距離を取った二人が手のひらに一撃を構える。

「──【胡氷蕾オーキッド】」

「──【花水輝ハナミズキ】」

 手にそれを携えたままダッシュで距離を一気に縮める。

「やめろって……」

 その二つ蕾がぶつかり合う寸前、俺たちの目の前に三度が躍り出た。

「言ってるだろ!」

 三度は俺たちの蕾を持つ腕を取り少しだけ軌道をズラした。そのせいでそのままならぶつかり合い相殺されるはずだった二つの花が互いの顔面で咲き誇った。

 二人はお互いに吹き飛ばし合い、そして気絶した。本来の威力ならこんなものでは済まないはずだが、俺も八重もさすがに手加減していて救われた。


 目を覚ましたのは見覚えのない牢屋みたいな場所だった。鉄格子で一人ずつ閉じ込められている。八重はまだよこたわったままだ。鉄格子の外の廊下には椅子に座った三度が本を読んでいた。

「やっと起きた?」

「ここは?」

懲罰房ちょうばつぼう。もう長いこと使われてなかったらしくて二人が三〇年ぶりのお客さんだって」

「なんで止めたんだよ」

 俺のストレートな質問に三度は少し考えてから答える。

「僕らは仲間だから。澪に深い闇があって、あかりには高い目標があって、その二つは互いに相反することっていうのは分かったよ。でもさ、僕らは仲間だ。LOSの同期で、ここを出ても同じ班でやっていくんだ。たとえ相手に嫉妬したとしても争うことはしちゃダメだ」

「嫉妬?」

「気付いてなかった? 澪はあかりの生きる意味を持っていることに、あかりは澪のどんな意味でも見つけられる自由なところにお互い嫉妬してたんだよ」

「そうか──」

「じゃ、僕は二人が起きたって報告してくるから」

 三度は立ち上がった。八重の方を見るとまだ目を閉じている。狸寝入りか。

「それと、顔面にぶちこんじゃってごめんね、澪。それからあかりも」

「あ、それは許せねえぞ。二人とも当たらないようにもできただろ!」

「そうだよ。でも、頭冷えただろ? 二人ともさ。水と氷だからってあまりヒヤヒヤさせないでよね」

 三度の言葉にさすがの八重も目を開いた。俺と目が合うとお互い下手くそにはにかんだ。


「八重、悪かった。売り言葉に買い言葉だった」

「いや、煽ったのはオレの方だ。空染そらぞめの言うことも図星だ。すまない」

「俺もなんかナイーブになってた。ここに来てから、いや、この一年半ずっと考えっぱなしだったからかな」

「たまには休んだ方がいい。何も考えず、何もしない。あえてそんな意味のない時間を作るんだ。そうしてみれば自分のやるべきことが見えてくる。オレはそうだった」

 そのアドバイスを今度はすんなりと受け取れた。

「やってみるよ。……さっきお前に言われたことも正論だった。腑抜けた俺への叱咤激励だったのに」

「そんなイイものじゃないさ。……なあ」

「ん?」

「お前に生きる意味が見つかったら、今度はちゃんとオレと戦ってくれないか?」

 その言葉に俺はかつての百々香とどかをダブらせる。だが、それを発する男はヤツとは違う。

「そう言われたのは八重で二人目だな」

「一人目は空染か?」

「いや、百々香タタラだ。まあその時は『意味を見つけたら殺す』って言われたんだけどな」

「あの殺人鬼か。アイツは今は檻の中だ。その言葉は果たされない」

「そのとおりだな……分かったよ。俺が意味を見つけられたら、お前と戦う。約束だ!」

「楽しみに待っている。その日をな」

「ああ、きっと……!」

 こうして俺たちの修業の日々は幕を閉じ、第零班へと配属される。

「さ、訓練は終わりだ。国内の犯罪は我々新生第零班で対処することになる。でも問題ない。キミたちは想像以上に強くなったからね。頼りにしているよ!」

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