水の色彩

都築 千

第1章 光のかがやき

第1話 光のはじまり


 第零班だいゼロはんの班室に緊急コールが響いた。無造作に跳ねさせた黒髪の青年がその場で真っ先に立ち上がる。──俺だ──。身に纏う支給されたばかりの黒いスーツの襟元にはLOSのグリフォンのエンブレムがかたどられたバッジがつけられている。その鈴鳴で無意識に生命エネルギーである水色の【ひかり】を放ってしまう。

「出動だよ。配属初週からツイてないね」

 同じ黒のパンツスーツにセミロングの黒髪を低めで一つに結った女性捜査官の九条くじょうゆらが俺を見て笑いながら、その場にいた俺を含めた三人の新人に同情の声をかける。

「それで、どういう要件です?」

「もう、あかりは可愛げがないんだから」

 同情の声に肩をすくめてから赤髪長身の部下が先を促す。身体の内側に入り込んでくるような嫌な声の八重やえあかりへ九条は嘆きを吐きつつトーンを落とした。

「場所は都内の大手銀行。このご時世に銀行強盗だよ。銀行の現金を根こそぎ奪っていった」

「現金なんて見たこともないですよ」

 驚く三人目の新人、栗色の天パで翠色みどりいろの瞳がトレードマークな空染そらぞめ三度みたびに俺も頷いた。

 時は光暦一三一年、一般市民はキャッシュレスが当たり前で現金は国家間の貿易や銀行間取引でしか使われない世の中だ。銀行で現金を奪ったところで、ろくに使えず持っているだけで怪しまれてしまうだろう。

「現金を電子に変える方法もほぼない。足もすぐにつく。バカな奴らだ」

 八重が俺の思考と同じことを口にしたところで先輩捜査官かつ上司である九条が俺たちの気を引き締めさせる。

「その犯人は三人組。ま、私たちのところに回ってきたってことはそういうことだから。油断はしないでね」

「「了解!」」

 勢いよく応えて俺たちは転送装置で初仕事の現場へと臨場した。



 現場の銀行にはすでに警察が到着し規制線が張られていた。

「犯人は銀行襲撃からものの数分で現金を奪い逃走。その手際から確実に輝気(かがやき)を使用したものと思われます。犯人・輝気かがやきの概要は調査中。現在現場付近に居合わせた如月きさらぎ弥生やよい捜査官が単独で追跡中。以上報告終わります」との下っ端警官からの報告に「ありがとうございます」と答える九条。

「ほんとトラブルに愛されてるなー、あの人は……」

 という呟きとともに親愛なる班長へ向かってため息を吐いた。そのため息に八重もやれやれと肩をすくめる。

「私はここに残って【再生】で現場検証および敵輝気の調査を手伝う。三人は追跡の援護をお願い。相手の輝気は分かり次第伝えます」

「援護するのは了解ですけど、別に俺たちで捕まえちゃってもいいんですよね?」

 自信満々に発せられる俺の〝光〟を見て、九条は歳上なのに歳下に見える童顔を呆れ顔に変えつつ期待を込めたサムズアップをしてゴーサインを出した。


◇ ◇ ◇


 お気に入りの銀色のスポーツカーに取り外し可能のパトライトを付け強盗の車両を追っていた第零班班長・如月弥生に部下たちからの通信が入る。

氷青アイスから真青ブルーへ。今どこだ?』

「遅いよ、三人とも。それとあかり、いくら姉だからって現場では節度を持てと何回も言ったはずだけど?」

『……失礼しました。班長は今どちらに?』

「今は海沿いに走ってるよ。おそらく東京港へ向かっている。こんな時代に銀行強盗をしたとなると『確実に逃げられる』という判断を裏付ける方法を持っているはずだ。裏の組織が手引したに違いない。そのまま一網打尽にと思って泳がせてみた。港ということは海外への海路を持った大きな組織、支影しえいの可能性が高い。表立った行動はしてこないだろうが、援護のため港に人員を派遣していることは間違いないだろう」

『先回りして港の敵を拿捕で良いですか?』

「初めての大事件なんだからもう少し緊張しててくれるとまだ可愛げがあるのに」

 そう嘆いてから、指揮官は冷たくも期待を覗かせる声に切り替え指示する。

「澪と三度も聞いてるね。三人の初仕事、だけど頼りにしてるよ」

「「「了解!」」」という勢いの良い返事に弥生は「訓練所にいる間にたくましく育てすぎたかな」と独りごちて不敵に笑みを零した。



 東京港へとテレポート。無線や通信は傍受されないよう切ってある。

「俺らの初陣が日本の裏社会を牛耳ってる支影なんて腕が鳴るな!」

「そんな呑気に構えられる澪の神経が羨ましいよ。そんな大組織が相手かもしれないのに」

 俺へ遠回しに気を引き締めろと言ってくる三度は辺りを見回して異変を察知する。俺と八重もそれにすぐに気付いた。

「人がいなさすぎる」

 辺りには人っ子一人姿が見えない。

「逃走をサポートするなら普通の、港がやっていて人がいる状態に紛れ込むはずだ。何かおかしいぞ」

「逆に言えばいる人間が敵ってことだと思う。僕が探してみるよ」

 そこで三度は青みがかった灰色の光を放ち、輝気を発動する。

 ──【風吹けばウインド・アーツ読空よみそら

 三度の輝気【風吹けば】は『空気を操る』能力。【読空】は相手の位置などを探ったり相手の考えを見抜く技だ。三度がこの場の異常をはっきりと把握し「──誰もいない」と声を上げる。

「港はおろか停泊中の船内にも人なんていない。平日の昼間に港に誰一人として見当たらない」

「輝気で隠れているのかもしれない。姉さんが追っているから実行犯は放っておいて大丈夫だろう。問題は潜んでいる敵への対処だ。実行犯がここに着くまでにどうにかしないとな。分かれてしらみ潰しに探すぞ」

 その八重の指示に頷いて俺たちは港に散開した。


◇ ◇ ◇


「やあ。何かお探しかい?」

 単独で行動を開始してすぐ、倉庫が建ち並ぶ道を進む俺に上方から声がかけられた。気配もオーラのように発せられるはずの光も感じなかった違和感に俺はすぐさま臨戦態勢を整える。

 頭上、倉庫の屋根の上には漆黒のロングコートをまといそのフードを目深まぶかに被った全身黒ずくめの男が立っていた。顔は逆光とフードに阻まれ見えない。光も感じない。ただただ──黒い。

「お前、支影の人間だな?」

「残念だけど、その言葉は全て間違っているよ。仁科にしなみお

「──。なんで俺のことを知っている」

 銀行強盗は支影じゃないのか?

 思考を巡らせながら、言葉とともに俺は水色の光を放つ。

「知っているさ」

「──!」

 気付いた時には既に黒の男は俺の真横から肩に手を回し耳元で囁いていた。視線は外していない。いつの間に! 即座に攻勢をとる。

 ──【水の如しライカクア】!

 俺の輝気は水を生み出し操る能力。生み出した水の弾丸を自分の真横の漆黒へと放つ。しかし数十発の水弾すいだんは一発も当たらない。気付けば敵は先程までと同じように屋根の上に立っている。敵の輝気は瞬間移動? いや、断定は危険だ。幻術とか……そんなはずはない。確かに触られた感触が残ってる。

 動揺する俺を黒は茶化すように続ける。

「銀行強盗は支影の企てかもしれないし、そうじゃないかもしれない。金は我々が頂くけ──」

 言葉を最後まで聞かず、俺は再び攻勢へと出て水弾を連射した。

「お前をぶっ倒して捕まえれば関係ない!」

 黒い男が「捕まえられたら、ね」と避けた先、突如現れたもうひとりの男がその頭を目掛け風によって加速した蹴りを放つ。三度みたびだ。気付いた俺が黒を誘導し、三度が一撃を決めようと咄嗟とっさに取った連携。

 しかしそれすらも黒には当たらない。まるであらゆる攻撃が闇に吸い込まれているみたいだ。大きく振り抜いた蹴りを外した三度を水弾で防護、三度は空気を操って俺の横に着地する。

「澪、先に言っておく。この距離で目の前にいるのに読空でも相手の光が読めない」

「マジか。だけど分からないならわからないままでいい。一気に決めるぞ。援護を頼む!」

「任せて!」返事と同時、俺は黒の男に突っ込む。三度が竜巻を起こし俺を乗せて一気に敵まで連れていく。手のひらの上で花の蕾のような球状の水を高速回転させる。必殺の一撃を構え、それを敵の土手っ腹へと撃ち込んだ。

「咲け──【花水輝ハナミズキ】!」

 撃ち込まれた蕾は花弁が開き、水の花が咲き誇る──!

「良い輝き、良い色だね」

「──!?」

 花水輝ハナミズキは当たらなければ咲かない。花はたしかにその水の花弁を開いている。つまり敵は自分の必殺技を確実に喰らった。にもかかわらず、花水輝を撃ち込んだはずのその場所に、無傷で何事もなかったように立ったままだった。

「澪!」

 三度の叫びに足裏や手から水を噴射して体勢を立て直し空中に留まる。

「お前はいったい……」

 底知れない恐怖を抱え真っ黒な暗闇を覗くようにその男を見る。その恐怖を見透かしたように黒い闇はたしかに俺に向かって笑みを浮かべた。黒い、黒い、邪悪な笑みを。

 すると闇が「来たようだね」と声を上げ俺たちとは別方向へと視線を移した。俺は男から目を離さない。エンジン音から敵の視線の先には銀行強盗の車が来ているのがわかる。しかし今は銀行強盗よりもこの黒々とした怪物をどうにかしなければならない、と直感が言っている。

 脇のホルスターから拳銃を抜き、闇に向けて構える。両手で狙いをしっかりと定める。

 黒はそれを意に介さない。

「数回の攻撃のみで輝気が効かないと判断したんだ。やるね。でもさ……」

 黒くこちらの水色を侵食してくるような声で敵は続ける。

「生きる意味を持たないキミに生きる意味を持つ者を撃てるのかい?」

「‼──」

 その言葉は俺の核心に触れていて、動揺させるには十分だった。生まれた一瞬の隙、敵にとって本当はそれすら必要なかったのかもしれない。

 意識を集中し直した時、黒の男は視界になく、向かってくる車の後方に大量のケースと共に移動していた。目の前にいたはずなのに、一瞬で五〇メートルは離れている。手には銀色のハードケースをいくつか持っている。強盗車両から盗まれた金を抜き取ったようだ。どういう手口なのか分からない。おそらく輝気。だが、輝気にしては相手の能力が分からなさすぎる。高速で動けても、車の中から金だけ抜き取るなんてどんな能力なんだ。

 俺は漆黒めがけて発砲するが、距離があるため当たらない。そもそも闇は発砲を意にも介していない。

 発砲から間もなく、男が立つ地面が瞬時に凍りついた。班長・弥生の輝気だ。しかし敵はそれさえ避けている。正確には避けてすらいないのに暗黒の足は凍りついていない。黒の向こう側に弥生の車が見え、それを一瞥してから闇は言う。その声は離れているにも関わらず、頭の中に直接入ってくるようにハッキリと聞こえてきた。

『いずれ、また会おう、仁科澪──』

 言い終えたときには既に黒い闇はその場から消えていた。

「なんなんだ、アイツは……」

 だが、事件はまだ終わっていない。強盗犯の車はこちらに向かって数秒走り続けてから俺と三度に気付いて止まった。後ろからは弥生が来ている。意図せず挟み撃ちの格好となった。

「澪、切り替えろ! 行くよ!」

「あ、ああ……!」

 車から二人がまず降りてきて、それを一人ずつ相手取る。戦うこともなく、俺は顔を水で覆い、三度は空気を操り、窒息させて戦闘不能に。

 車の中にいたままの残りの一人はその光景に焦りアクセル全開で急発進させて逃亡を図ろうとするが、突如目の前に現れた氷壁に車がぶつかって阻まれた。氷壁の裏から飛び出した八重が車の中から最後の犯人を引きずり出し、拘束。

「まったく、本当に可愛げがない新人たちだね……」

 高めでポニーテールにしたかなり長めの黒い髪をなびかせながら車から降りた女班長の一言でこの事件にあまりにも呆気なく、幕は下ろされた。

 その呆気なさとは裏腹に、俺の中には漆黒の男への形容しがたい忌避が黒く黒く、侵食してくるように渦巻き始めていた。

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