第12話 黒黒と

 気付くと俺とゆらは見知らぬ薄暗い部屋の中にいた。豪奢なその部屋は超高層マンションの最上階のようだ。ゆらの再生で元いた場所に戻ろうとしたがダメだった。そもそもこの部屋はおかしい。入口がないのだ。どうやって入るんだ?

 部屋を捜索していると名前を呼ばれる。見ると上へと続く階段をゆらが指差していた。

 それを上り、その先にある扉を開くとそのビルの屋上へと繋がっていた。

「やあ、仁科澪。それから、九条ゆら」

 吹き付ける風の中、屋上の端に立ち、手を広げ眼下の世界を見下ろすその男は──

「漆黒……」

 その名にゆらが全身に力を入れる。淀んだ曇天の下、黒い影がかかってその顔は相変わらず見えない。黒は街を眼下におさめながら続ける。

「久遠永遠討伐。LOSもやっと重い腰を上げたわけだ」

 闇は話しながら屋上の外周に沿って歩き出す。ちょうど屋上の真ん中の出入り口に立つ俺たちは警戒しながら話を聞く。黒い黒い闇の沼にハマったように足が抜けず動けないから、聞かざるをえない。

「九条ゆらは消すようにって百々香出示に脱獄の交換条件としてお願いしたのに、まさか生きたキミと会うことになるなんてね。約束は先延ばしにされちゃったのかなぁ」

「脱獄を手引したのはお前だったのか! それになんでゆらを!」

「九条ゆらの輝気【再生】が厄介だから。アナタの輝気はあらゆることをなかったことにできる。これまで積み重ねてきたことを一瞬で無にすることができる。最低の輝気」

「そんなことはない! ゆらの輝気は最高の輝気だ! 優しい輝気だ! 人を癒せるその力が最低なはずがない!」

 思わず、反論。

「そう。それは捉え方の問題。再生によって元に戻す。結果は一緒だ。だが、その結果をどう捉えるかはその者次第。どんな意味を見出すかは自分次第。生きるということにどんな意味を見出すかも人それぞれ。ワタシは楽しみにしてるんだよ? 仁科澪、オマエがどんな答えを見つけ出すのか」

 こいつとは会話なんてしたことはない。なのになぜ知っている。確かに百々香は俺の本質を見抜いた。だがそれは命のやり取りの中でたまたま見つけたに過ぎない。でも、こいつはまるで初めから知っているみたいに……。

「お前はいったい……なんなんだ……」

 その闇に呑まれ、動揺する俺を庇うようにゆらが前に出た。

「ふざけないで! 高みの見物を決め込んで、上から目線のその物言い。神にでもなったつもりなの? よく知りもしないで私の輝きも、頑張っている澪もバカにしないで!」

 ドス黒い闇が口角を吊り上げる。

「知っているよ。すべて、ね」

 二人の背筋を悪寒が走る。

「さ、今回ボクに与えられた役割はこんなもので十分かな」

「役割、だと……?」

「久遠永遠はキミたちを分断し悪の下へ転送したらしい。それがオレであり、もう片方はアナタ方もよく知る百々香出示。九条ゆら、今回は見逃してあげましょう。彼女はワタシと百々香出示に時間稼ぎを任せたようです。自分が如月弥生を殺すまでの……ね」

「弥生さんが「師匠が負けるはずない!」」

 俺とゆらは口を揃えて叫ぶのを聞き、黒が声を上げて笑う。

「さあ、どうなっているだろうね。百々香出示もオマエとの約束で殺さないとは言っているけど、ボクとの約束を破った彼がキミとの約束を守れるかな……」

 言い終えると黒は歩みを止めその先を指差した。

「この方向へ真っ直ぐ行くと今戦闘が行われている久遠邸だよ。ボクの手で九条ゆらを殺すことはしないでおこう。さあ、行くといい」

 その言葉を信じられるはずがない。

「ここでお前を逃がすとでも?」

「ワタシは別に戦うのは構わない。けれど、アナタに勝ち目はないし、これ以上時間を食うと如月弥生に間に合わなくなるよ」

 それは、その言葉はただ事実を述べるように淡々と綴られた。

「澪、黒はいずれどうにかすればいい。今は作戦中。そっちの方が優先だよ」

 ゆらの言葉に黒を訝しみながらも従うことを決めた。

「さようなら、仁科澪」

「今度会う時はおまえを必ず捕まえる」

 そう吐き捨てゆらを抱えて俺は屋上から飛び立った。

 ここで黒を見逃したことを俺はすぐに後悔することになる。それは知る由もなく、いずれ襲いくる確定した未来、必過事項ひっかじこうだった。

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