10-1
あれから数日。
私は益子と一切学校で言葉を交わしていなかった。昼休みも、放課後も。彼女の背中が、私にはもう話し掛けるなって言ってるように見えたから。ここ最近、益子は授業が終わると逃げるように教室を後にしてしまっていた。
だけど、今日は、今日こそはそんなわけにはいかない。起立して号令がかかる。帰りのホームルームが終わって自由になって、私はその足で益子の机の横に立った。
「益子」
「ガッコじゃ話しかけるなって言ったじゃん」
「……応援、してくれるって言ったよね」
「信楽のこと?」
一応、約束は覚えていてくれたらしい。視界の隅で私達を揶揄するような視線が見えた気がしたけど、どうでもよかった。
「信楽、コンビニスイーツ好きなの」
「ふぅん。……まさかカツアゲする気?」
「お金は私が出すから、探すの手伝ってくれない?」
「……ま、いいけど」
こうしてかなり強引に益子を教室から連れ出すと、私達はそのまま学校を後にした。
***
「なんてやつ?」
「野郎のデリシャスティラミス」
「強そう」
私はコンビニまでの道を歩きながら、コンビニスイーツについて必死に調べていた。
「質より量って感じだから、多分味は大したことないと思うんだけど」
「何気に酷いこと言うじゃん」
「でも、今すごい人気らしいから」
「ふぅん。ま、いいけど。どこのコンビニ?」
「ディックス」
「なんだ、近くに結構あるじゃん」
「そうじゃないとさすがに益子に声かけないよ。悪いじゃん」
「別に、電車に乗って移動するくらいいいけど」
事も無げにそう言う益子の発言を聞いて、電車に乗って何処かに行きたくなった。さすがに相手が信楽といえど、そんな理由のドタキャンは酷過ぎるからしないけど。でも、私達のことを誰も知らないところに行けたら、きっと気分がいいんだろうなって思う。
「香は来たじゃん。私の家まで」
「あぁ……そういえばそうだったね」
あの日と同じように、益子は私のことを
歩きスマホをする私が人にぶつからないように、益子はさりげなく誘導してくれる。歩道を歩いて、たまに益子がぐっと腕を引き寄せてくれるのが嬉しくて、私は調べ物が終わったにも関わらず、なかなか顔を上げることができなかった。普通に迷惑な奴だと思う。
「でも、なんで今日?」
「夕方から会う予定あるんだ。あ、ちょっと待って、信楽だ」
スマホをいじる口実を与えてくれてありがとうなんて間抜けなお礼を心の中で言いながら、私はすぐに届いたメッセージを開いた。
『ごめん、今日ちょっとだけ遅れちゃうかも』
『全然いいよ。益子と時間潰してるから』
『え? そうなんだ』
信楽の驚きも当然だと思う。信楽とは最近会えてなかったから、益子との話もろくにできなかった。浦島太郎みたいな気持ちになってるかも。早く信楽に話を聞いてもらいたい。そんな浮ついた心が、続けて送られてきた信楽からのメッセージで一気に吹き飛んだ。
『そうだ、益子さんも来たら?』
「は?」
「どうしたの?」
「あ、いや、ちょっと待ってね」
思わず言葉が出る。慌てて取り繕って、私は一心不乱にメッセージを送信した。
『無理無理無理』
『私も話してみたいし。あ、お金は私が払うから安心してね』
『そういう問題じゃないんだけど』
信楽、何言ってんだろう。いや、言ってることは分かるけど。動揺する私を横で見ていた益子は、こちらを覗き込んで心配そうにしている。
「大丈夫?」
「えっと、信楽が、益子も一緒にどう? って」
「馬鹿じゃん。邪魔するようなこと、できないよ」
「だ、だよね」
馬鹿正直に信楽に言われてしまったことを告げてしまって後悔して、行くわけないって言われてひっそりと落ち込む。感情があわただしくて、自分でも滑稽に感じた。だけど、彼女が来たら、彼女の話ができない。これでよかったのかも、なんて考えていると、益子までもが私を弄ぶように意見を変えた。
「……いや、ちょっと待って。行く。行くよ」
「はぁ!?」
「二人で信楽のこと探ってみようよ」
「えぇ……? ま、まぁ、いいけど」
もう、嬉しいのか嬉しくないのか分からない。私は状況に翻弄されながら歩みを進める。益子に腕を引っ張られて振り返ると、コンビニを通り過ぎようとしているところだった。
既に冷房が効き始めている店内の冷蔵庫の中、それはあっけなく見つかった。
「探してたの、これじゃない?」
「あ、そうだ。買ってくるから待ってて」
「んじゃ外にいるわ」
デカデカと書かれた商品名は見間違えようがない。私はそれを一つ手に取ると、手早くレジを済ませて益子の元へと戻った。
コンビニ、少し寒かったね、なんて話をしながら、再びスマホを取り出す。信楽の名前を表示させるとメッセージを送る。
『信楽は今日からコンビニスイーツ大好きになったから』
『うん? どういうこと?』
『いいから』
『よく分かんないけど、分かったよ』
『この話したの、内緒にしてね』
『……? 分かった』
そう、信楽はコンビニスイーツになんか興味はない。お金を節約してるから買えない、とかじゃなくて本当に興味が無いんだと思う。そもそも甘いものがあまり好きじゃないっていうか。一緒に居てもスイーツを注文するのはいつも私の方だし。益子に声を掛けて連れ回す口実が欲しかっただけ。それがこんなことになるなんて、本当に考えていなかった。
「信楽が来る時間まで公園かどこかで時間つぶそうかと思ってるんだけど」
「時間潰すならそれこそ喫茶店でしょ」
益子は吹き出しながらそう言った。彼女の言う通りだ。今日の私はどこかおかしい。冷静じゃないっていうか。普段ならつっこまれる前に、さすがに自分で気付いてたと思うんだけど。早くこのそわそわした気持ちを落ち着けないと。三人で話した時に面倒なことになりそうで怖かった。
「はぁー……なんか緊張するな」
独り言みたいに呟く。というか、独り言だった。それを聞いていた益子は、若いねぇなんて言って茶化した。
「同い年でしょ」
「そうなんだけど」
益子から見れば、私はこれから好きな人に会おうとしてる女子なんだから、そう言いたくなるのも当然だって、分かるんだけど。
「信楽と益子を会わせることに緊張してるんだよ」
「え? 緊張する要素なくない?」
人の気も知らないで……あっけらかんとそう言ってのける益子が、ちょっとだけ憎らしかった。
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