3-1
大学で浮かれポンチな生活を送ろうと必死になっていた私は、出される課題の多さに忙殺されかかっていた。いや、厳密に言うと、まだ殺されてない。だけど、サークルの仲間が先輩から聞いた話では夏に掛けてがヤバいらしい。むしろ今までは生活に慣れさせる為の準備運動のようなものだったとか。
バイトと課題で既に「かなり忙しくしている」と思っていた私は、その事実に打ちひしがれていた。
大学のベンチで大きくため息を付いて、バイトを少し減らそうかと考えてみる。だけど今の私がマネキン買いできなくなったら元の芋学生に逆戻りになってしまう。
それに最近の百合のトレンドにも置いて行かれてることになってしまう。電子書籍、買いやすくてついポチっちゃうんだよな……。
「どうしようかなー……」
「何が?」
横から声を掛けられて顔を向けると、今日も高そうな質のいい洋服を身に纏った伊万里が、腰に手を当てて笑っていた。独り言を聞かれてしまった恥ずかしさで死にたくなりながら、口を噤む。
伊万里は無遠慮に私の隣に座ると、背もたれに腕を置いて顔を近づけてくる。それ、普通の子にやっちゃ駄目だよ。私だから百合漫画の王子様かお前はって冷静でいられるんだからね。そんなアレなこと、いちいち本人に言ったりしないけど。
「金欠になる予定なの」
「あぁ、バイト減らさないとって話?」
「なんで分かるの?」
「分かるよ。昨日、これから課題が忙しくなるって聞かされて、マーライオンみたいな顔してたし」
「してないわ」
誰がマーライオンだ。口からなんか出ちゃってるじゃん。その時に伊万里がどんな表情をしていたかは覚えていない、というかそもそも見てもいなかったんだけど、多分顔色一つ変えずに「ふぅん」って思ってたんだろうな。
「私、思うんだけど」
「何?」
「マネキン買い、やめたら?」
「それは無理。ジャージで登校しろっていうの?」
「はは! そこまで言ってないって。今まで買った服で着回し考えればいいだけって言ってんの」
「それが出来たら最初からやってるよ」
「それをやってる人達だって、最初から出来てたわけじゃないだろ」
伊万里のこういう正論は苦手だ。私の弱い部分を徐々に露わにしていくから。誰かに否定されたり笑われたりするのが怖くて一歩踏み出せないのは私だって、分かってるんだから。いちいち言わないで欲しい。
「例えば今着てるの、こないだ着てたスカートに合うじゃん。これから暑くなるから、半袖のシャツは一枚持っといた方がいいかも。あ、オフショル着てよ。信楽ならきっと似合う」
私は顔を上げて、伊万里の顔をまじまじと見た。普段自分がしている服装と私のそれは系統が全然違うのに、ポンポンとアイディアが出てくるらしい。
「こないだ履いてたスカートって……?」
「なんか着てたろ? 淡い色のロングスカート」
「あぁ。あれか」
「信楽が今持ってる服、見せてよ。きっと色々あるよ、組み合わせ。それで季節に合わせて足りない分だけ買ったらいい。そうしたら出費は大分抑えられるはずだ」
「わ、分かった」
私は出費がかなり抑えられるという謳い文句に乗せられて、伊万里を部屋に招くことにした。というかこれから来るつもりらしく、立ち上がって伸びをすると、彼女は「ここから近いんだっけ?」と訊いてきた。
小さく頷いて立ち上がると、正門へと歩いていく。誰かを自分の家に招くなんて、考えてなかった。一人暮らしを始めてまだ数か月の部屋の隅には、開けていない段ボールが鎮座している。
本当は色々と整えてからにしたかったけど、伊万里の気が変わってしまう可能性も考えられたし、今日先延ばしにしたら次の機会を自分では一生作らない気がしたから、覚悟を決めた。
***
「いいなー、一人暮らし」
「良くないよ。家から通えるのに、わざわざ実家から追い出されたんだから」
「ワケ有りな感じか?」
「まさか。自分でご飯作って家計やりくりして、そういうのを大学生の内に学んでおけっていう、親の教育方針」
「素敵じゃんか。うちなんか過保護で一人暮らし許してもらえなかったんだから」
狭いワンルームの部屋に上がりながら、伊万里は本気で羨むような声色でそう言った。彼女の家は結構遠い。家は裕福だろうし、娘を一人暮らしさせるくらいどうってことないだろうに、色んな家庭があるものだと思いつつ、彼女を適当なところに座らせた。
お茶の準備をしてキッチンから戻ると、伊万里は早速私のクローゼットを覗いて唸っている。勝手に人のクローゼット開けないでよ……えっちな百合本隠してたらどうするの……。
「すごいちゃんと管理してるんだな、服」
「当然。買った時の組み合わせが分からなくならないようにしてるよ」
「ハンガーに付いてるこのシール何?」
「同じ種類、同じシールのものが同じマネキンから買った服。靴の箱にもシール貼ってあるよ」
「……めんどくさくない?」
「自分のセンスでハズして恥ずかしい思いするよりもマシだから」
「そ、そっか……」
呆れたような、畏怖するような声色が響く。伊万里はハンガーを取り出しては服を広げて、何かを確認しては戻している。
たまに「これ可愛いよね」とか言って笑いかけてくれて、これとこれは合うと思うよ、なんて教えてくれた。私はというと、彼女が教えてくれた組み合わせをメモし続けた。
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