8-7


「……蓮美が女の子と付き合ってたって話は知ってる?」

「うん、有田から聞いたから」

「その子、私の部活の後輩だったんだよ」

「そう、だったんだ」


 有田から聞いたってことは誤解がありそうで怖いけど、なんて彼女は付け足して、誤魔化すように笑った。もしかすると、笠間さんが狙っていたという部分について言っているのかもしれない。有田がおかしいことを言ってるとは思ってないけど、初対面の相手にそんな先入観を持っていられるのも居心地が悪いと思うので、そこについてはスルーした。


「正直、蓮美にはあんまりいい感情がないっていうか、いいイメージがないっていうか。ごめん、上手く言えないんだけど」


 言い難そうにしているけど、彼女が何かを隠しているようには見えなかった。笠間さんは脚の間に挟んでいたギターケースの取っ手をぎゅっと握ると、独り言のように吐き捨てた。


「何考えてるかわからないところはあったけど……蓮美がヤり捨てするような酷いヤツだとは思ってなかったんだ」


 有田は笠間さんが、自分の狙ってる子を取ったから益子のことを嫌ってるって思ってたみたいだけど、それは違ったようだ。彼女の立場になって考えてみると、笠間さんの怒りや憤りは至極当然のもので、私は何も言えなくなった。

 おそらく口にするつもりが無かったであろう益子の過去を暴露してしまったと思っている笠間さんは、慌てて人差し指を口元に添える。


「あ、ごめん、いまの内緒ね!?」

「あ、うん……」


 私は益子から聞いてたからさほど驚きはしなかったけど。それを益子から聞いて知っていた、なんて知られたらめんどくさいことになる気がしたから、黙っておいた。


「……人から伝え聞いた噂で他人を判断するって、自分でも最低だなって思うよ」

「そんな。ある程度は仕方ないよ」


 そうだ、ある程度は仕方ない。好きだった、ということはきっと普段から可愛がっていた後輩だったと思う。そんな子が恋人に捨てられたと聞いたら、私だってその人のことをいい人だとは思えない。っていうか、さっき益子に最低って言ったし。


 笠間さんは自分用に買ったペットボトルを開けると、はぁーと盛大にため息をついた。暗い横顔を見ていると、こっちも辛い気持ちになってくる。


「汚い自分と向き合うみたいで、なんかやだったんだ。蓮美と話すの」


 彼女の気持ちはすごく分かる。誰かといると、勝手に自分の嫌なところを見せつけられてるみたいで苦しくなったりすることは私にもあるから。笠間さんは益子と話をして、色々なことを感じて、考えてしまうのが嫌だったんだと思う。

 現在その後輩のことが好きじゃなかったとしても、関わりが無くなっていたとしても、過去に感じた益子への悪い印象が払しょくされることはないだろうから。益子と話したら、嫌でもその感情に向き合うことになると思う。避けられる道があるなら、それを選ぶのもなんら不思議ではない。

 そこまで考えて、ふと気付いた。後輩と呼ばれる子は、益子の話から推察するに、おそらく音楽をやっていた子ではない。だけど、笠間さんの後輩だった。


「ん?」

「どしたの?」

「笠間さんって、中学の頃は何部だったの?」

「あぁ。私、バレー部だったんだ。笑っちゃうよね、今はギター弾いてるのに。音楽は興味あったし、部活ではそんな感じで微妙な思い出もあるしで、心機一転で軽音部に入ったんだ」


 私は彼女の話を聞きながら少し愛想笑いをしたけど、内心では残念に思っていた。後輩とのことがなければ、益子と笠間さんって、すごくいい友達になれたんじゃないかなって。趣味が合う人が身近にいるって、嬉しいことだと思う。

 信楽は小説や漫画、そういった類の作品に関心があるけど、高校では一人でひっそりと楽しむに留まっていた。信楽にそういう趣味があるのは知ってたけど、私もあんまり深くその話を聞こうと思ったことはなかったし。

 だけど、今は話の合う人を見つけて毎日楽しそうにしている。大学に入ってからやっと仲間を見つけた信楽みたいな人や、そもそもそんなに熱心に打ち込みたいと思えるものが無い私みたいな人もたくさんいる中で、中学時代にそんな友達に出会えた人がいたとしたら、それはきっととても幸せだと思う。


「どしたの?」

「ううん。そうだよね、中学で軽音部なんて無いだろうし」

「そうそう」


 それから私達はお互いの中学や有田の話をして時間を過ごした。私の電車の時間まで、笠間さんは付き合ってくれた。案外話しやすい人だったな、それが笠間さんに対する感想だ。



***



『ちょっと、大丈夫?』


 夜、家に帰って夕飯を食べてお風呂に入って、寝る前に少し勉強でもしようかと思って、机に座ってぼーっとしているとスマホのランプがちかちかと光っている事に気付いた。メッセージを送ってそれっきりだった信楽からだった。


「あ、返事するの忘れてた」


 遡って見てみると、一緒に居たってことにするのはいいけどどこに行ってるの? とか、おーいとか、そんなメッセージがいくつか届いていた。これ全部無視していたなんて、私はちょっとひどい奴だと思う。相手が信楽とはいえ、少し申し訳なくなった私は急いで返信を打った。


『大丈夫だよ、ごめん。忘れてた』

『忘れないでよ。あんな意味深なメッセージ送っておいて』

『ごめんって』

『もう……今日はどうしたの? 友達とカラオケとか?』


 信楽の返信に私は少し考えてから、「そんな感じ」と返した。今日起こったことはもちろん、これまでのことも、信楽には知って欲しいと思ったから、話す機会を作ることにした。


『そっか。ま、たまにはね。香ちゃんの家って結構過保護だもんね』

『うん。あのさ、明日会えない?』

『明日?』


 既読だけが付いて信楽からの返信がぴたりと止まった。多分、予定を確認してくれてるんだと思う。そして数分後にメッセージが更新された。


『ごめん、ちょっと予定立て込んでて。来週の木曜ならいいよ』

『信楽のくせに多忙なんだ』

『くせにって何かな』


 私は憎まれ口を叩いて、部屋で一人笑った。大学生として忙しくしているのは信楽にとってきっといいことなんだろうけど、ほんの少しだけ寂しく感じた。


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