9-1

 あれから数日、私は普通に学校生活を送っていた。たまに益子と話すことはあったとしても、大体が二言三言交わす程度のもので、彼女の家に行って色々と話し込んだのが嘘のようだと感じることもある。

 益子に避けられているというよりは、私が彼女との距離を測りかねているようなところがあって、彼女は何も悪くない、と思う。元カノのことを飽きた、という一言で片づけたことがずっと引っ掛かっているんだけど、私にそんな込み入った話をする資格があるかどうかが分からないから聞き出せない。

 なんて、本当は分かっているんだ。私は、なんでか益子の本心を知るのを恐れている。


 三・四時間目の移動教室が終わり、お昼になった。チャイムが鳴ると、すぐに有田が私のところに飛んでくる。こいつ、多分チャイムが鳴り終わる前に立ち上がったと思う。


「そういえば、どうだったんだ? 益子の家」

「え? 別に。普通だよ」


 こういうのは翌日に訊いてくるものだと思うけど、すっかり忘れてたんだと思う。有田らしいと言えば有田らしい。私は筆記用具などをまとめると教室に戻るために立ち上がった。だけど、有田はあの時の話を詳しく聞きたがっている。


「普通? ほんとにか?」

「そりゃ普通でしょ。何かあると思う?」

「いやぁ……」


 妙な言い淀み方をした有田を見て、すぐにピンときた。こいつ、自分でも自覚があるくらい失礼なことを言おうとしてるって。いや、失礼だという自覚があるかどうかは分からない。だけど、言ってもいいか分からないようなことを言おうとしてるのは確かだ。そして、私の予感は見事に的中した。


「あいつ、女もいけるんだろ? だからちょっと心配で」

「……有田。怒るよ」

「え?」


 しまっていた教室の扉を横にスライドさせる。少し大きい音が鳴って、既に教室に戻っていた生徒達を少し驚かせてしまった。だけど、みんなに謝るような余裕なんてなかった。


「じゃ有田はその辺のおじさんと付き合えるの?」

「はぁ? 無理だろ」

「男の人が好きなんでしょ? 有田は」

「……あぁ、そういうことか」


 有田は合点がいったようで、小さく頷きながら腕を組んだ。有田はたまにびっくりするくらいデリカシーに欠けることを言うけど、こうやって人の話を聞いて考え直してくれるから、私はあまり彼女との会話を苦痛には感じない。

 何に対しても先入観の無い人間なんていないと思うし、たまに私は、有田のようになりたいと思ったりもする。


「でも、自分をおっさんに例えるような真似すんなよ……」

「興味のない人間って点では変わらないよ」


 言いながら、私は少しだけいじけたような気持ちになる。私は、益子のことを、本当はどう思ってるんだろう。信楽とのことを応援してくれるなんて言ってたけど、あれから音沙汰もないし。


「……そうか。そうだよな。……嫌なこと言ったな、あたし」


 落ち込む有田を見て、私は改めてあの日は何も無かったと告げた。一度目に聞いた時の反応が嘘のように、有田は素直にその言葉を受け止めてくれた。

 そして、「今日のお昼はどうする?」と有田に訊かれた。これは最近毎日訊かれることだ。私が益子を誘う可能性を考慮してるんだろうけど、大体は益子をお昼に誘えるような気分ではないので、有田と食べることの方が多い。だけど今日は直前に彼女の話をしていたこともあって、声を掛ける勇気が湧いたというか。有田に「今日は別の人と食べて」と告げると、私はお弁当を持って立ち上がった。



***



「そーいや、さっき。なんか面倒なやりとりしてたね」

「……聞いてたの?」

「まぁ、たまたま。後ろ歩いてたし」

「げっ……」


 非常階段、私達のお馴染みの場所となったところで弁当をつついていると、益子が購買で買ったパンを食んでつまらなさそうに呟いた。あんなことを言われて、有田に悪い印象を抱くなと言う方が無理があるだろう。私はご飯を飲み込んでペットボトルを傾けると、慌てて彼女を庇った。


「えっと、有田はめちゃくちゃ馬鹿だし失礼だしデリカシーが無いしわりと下品なヤツなんだけど、悪いヤツじゃないんだよ」

「悪いところ列挙されたんじゃ説得力が無いって」


 彼女の言う通りだ。有田は本当に付き合いやすいし、きっと益子とだって仲良くできる子なんだけど、いざ紹介しようとすると悪いところしか出てこない不思議な奴なんだ。私、本当に有田のこと好きなのかな。


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