3-2
「だってさ、信楽ったら全然真面目に考えてくれてないんだもん」
「そんなことないよ、すごく真面目に考えたよ、これでも。私が今の彼女と同じ立場になったら、そりゃ普通に話してくれそうな香ちゃんの存在は有り難いよ」
「ホント!?」
現金な私は信楽の言葉に少し救われた気がした。第一印象は最悪だったろうけど、終わり良ければ全て良し、だ。だけど、信楽はお手上げというジェスチャー付きで言葉を続ける。
「でも、まず私だったら今の彼女と同じ立場になったりしないから。誰かに話し掛けられたら、多分愛想良くするし。要するに益子さんは、完全に私の思考の外で生きてる人だよ。そんな人の心中、察することなんて出来ない」
「確かに……友達のいない信楽に、誰かに話し掛けられて素っ気なくするシチュエーションを想像させる方が無理あったよね……ごめん」
「謝られると効くからやめて」
信楽はむすっとしてコーヒーカップを持つと、不機嫌そうな顔のまま真っ黒なそれをすする。私も真似してブラックで一口飲んでみたけど、熱いし苦いしで口の中が大変なことになった。素直にミルクと砂糖を足していると、信楽がぽつりと言った。
「なんていうか、明らかにワケありだよね。その子」
「それは。多分、そうなんだけど……」
「香ちゃんは知ってる? 好奇心は猫をもブチ殺すって言葉」
「そんな物騒な言い回しだったっけ?」
大分違った気がするけど。だけど、言葉の意味は分かる。いくつも命を持っていると言われている猫すら殺せるくらい、好奇心は時として危険なものという意味だ。この場合、好奇心というのは益子さんに抱いている疑問で、死ぬのは私だろう。
「香ちゃんが益子さんを気にするのは分かったけど……。あんまり安易に深入りしない方がいいかもね。踏み込んでほしくなさそうなんでしょう?」
「……嫌がられるようなことをするつもりはないよ」
それは誓って言える。私は彼女に嫌がらせをしたいわけでもなければ、不自由な思いをさせたいわけでもない。友達という存在が煩わしいならそれも望まない。
ただ、誰とも喋らないようにする高校生活はかなり不便だ。三年生にもなると進路の関係で連絡事項も増えるし、クラスメートに確認したいことも増えるだろう。私なんてよく有田に「次の授業、何に変わったんだっけ?」なんて訊かれるし。あれは有田が人の話を大体聞いていないせいだと思うけど。
信楽は私の返答を聞くと、なんとも言えない表情を作った。いくら勉強を教えてあげても理解してくれない困った友達を見るみたいな顔だ。なんだか、有田になった気持ちになる。
「そうじゃなくてさ。……ううん、なんでもない」
「え? 何? 教えてよ」
「ううん」
「っはぁ~?」
煮え切らない反応に私は声を上げて抗議した。なんなんだ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれればいいのに。その時、信楽ははっとした顔をした。だけどその表情の理由を話そうとはしない。そればかりか、ニヤニヤとした顔で私を見た。
「まさか翌日に恋バナが聞けるとは思わなかったよ」
「急に何!? ちがうって! ばかじゃないの!?」
信楽が踏み込むなと言った意味をようやく理解すると、私は全力で反論した。店員さんが歩いてきていることに気付くと、いつの間にか立ち上がっていた私は誤魔化すように腰を下ろす。
水の入ったグラスを端に寄せてテーブルを空けると、そこにパンケーキが乗ったお皿と、別添えのメープルシロップを置いてもらった。そうして彼女がいなくなってから、信楽は言った。ちなみに未だにニヤニヤしてて結構ムカつく。
「分かった。分かった。そういうことにしといてあげるね」
「益子さんのこと好きなわけじゃないから!」
信楽に分からせようと少し声を張る。ムキになっている自覚はあったけど、信楽はこういういじり方をすると結構尾を引くから。昔、心霊番組を観て眠れなくなった時なんて、そのことを数か月くらい話題にされた。信楽はマズいものでも見てしまったかのような、それこそ本当にお化けでも見てしまったかのような顔をしている。どうどうと落ち着けとでも言いたげなジェスチャーをしてから、ゆっくりと私の手首を掴む。
「何? ちょっと信楽」
「香ちゃん。座って」
「何よ。っていうかこの手どけて」
また立ち上がっていたことを指摘されてから気付いて、とりあえず言われた通り着席した。運ばれたばかりのパンケーキの上で、生クリームがくたっと崩れかけている。八つ当たりするようにナイフを入れてシロップをかけようとするけど、未だに私の左手に絡みつく信楽の華奢な指がそれを阻む。
「あのね。落ち着いて。ゆーっくり顔を上げて。多分、何を見ても、黙ってた方が香ちゃんの為になるとは思う」
何が言いたいんだ。片手が緩やかに拘束された状態で切り分けたパンケーキを口に運んでから、信楽の指示に従った。不機嫌そうに見上げた先には、有り得ない光景が広がっていた。
飲み込んだばかりのパンケーキを吐き出しそうになりながら、とりあえずコーヒーで流し込む。もったいない飲み方をしてしまったと後悔したけど、背に腹は代えられない。咀嚼したそれを吐き出すよりかは幾分マシだろう。そう、私の視線の先には、昨日と同じ位置に、同じ人が座っていた。しかも、今日はしっかりと目が合った。死のうかな。
「し、信楽のせいだからね!」
「え、えぇ? いや、そんなことないでしょ。元はと言えば香ちゃんがムキになって照れ隠しするからでしょ?」
照れ隠しなんか、そう言いかけた私の口に、信楽はパンケーキを突っ込んだ。ちょっと黙れということだろう。確かに、騒がしくするのは良くない。明らかに益子さんに会話を聞かれていたとしても、いや、本当にそうだろうか。やっぱり落ち着かない。
私は気まずさを原動力に、とりあえずお皿の上にあるものを食べ続けた。小さな容器に入っていたシロップを全部ぶちまけて、とても味わっているとは思えないスピードでぱくぱくと口に運んでいく。その様子を見ていた信楽は、まるでお姉さんのような余裕のある笑みを浮かべて言った。年齢で見れば、私よりもお姉さんであることには間違いないんだけど、なんだかちょっとだけ癪だった。
「違うの?」
「……帰る。パンケーキ食べたし」
今の私には否定も肯定も出来ない。否定したい気持ちは山ほどあるけど、なんかムキになっちゃうから恥ずかしいし。それに、信楽の背後に益子さんがいることを考えると、何かを言えるような状況だと思えなかった。
私の「帰る」という言葉を聞くと、信楽は納得したような、それもしょうがないかというような表情を浮かべてから頷く。
「お会計は?」
「しといて」
「結局出させるんじゃん!」
信楽の抗議の声が聞こえるけど、知らない。私は結局一度もジッパーを開けなかったバッグを背負って立ち上がった。
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