2-3
コーヒーを口に含んでも天井を仰いでみても、答えは出なかった。なんていうか、前提から有り得ないし。
「ごめんね、さっぱり分かんないや」
「散々待たせておいてそれ? ムカつくなー」
「呼び出されて更にムカつかれるって悲しいんだけど」
私はいま考えていたようなことを素直に告げると、香ちゃんはそれもそっか、と納得してくれた。友達いない人呼ばわりされて傷付いたけど。
「なんていうか、明らかにワケありだよね。その子」
「それは。多分、そうなんだけど……」
「香ちゃんは知ってる? 好奇心は猫をもブチ殺すって言葉」
「そんな物騒な言い回しだったっけ?」
ここまで物騒じゃなかったとしてもまぁ大体合ってるだろうからそこについてはスルーして欲しい。
私には分からなかった。香ちゃんが益子さんをそこまで気に掛ける意味が。そしてその自覚が無いことが。その理由を、私は知りたい。
というか、どう考えても恋じゃんって言いたかったんだけど、膝をぎゅっと掴んでなんとか堪えた。香ちゃんにこの小さな奇行がバレてないといいな。
「香ちゃんが益子さんを気にするのは分かったけど……。あんまり安易に深入りしない方がいいかもね。踏み込んでほしくなさそうなんでしょう?」
「……嫌がられるようなことをするつもりはないよ」
落ち込む彼女を見ると胸が痛む。余程の意地悪でもない限り、進んでそんなことをしたがる人は稀だろう。誰だって他人に嫌われたくないし、嫌われるようなことはしたくないはずだ。
私がやんわりと止めてみたというのに、香ちゃんは益子さんを構いたがっているように見える。これが私の願望が見せる幻じゃないといいんだけど、長年百合好きをやってるとその辺が分からなくなる時があるから怖い。
「まさか翌日に恋バナが聞けるとは思わなかったよ」
「急に何!? ちがうって! ばかじゃないの!?」
私がそう言って茶化すと、香ちゃんは顔を真っ赤にして反論した。もうその表情が私のさっきの疑問の答えにしか見えないんだけど。そうだったら全財産なげうって全力で応援するから包み隠さず教えて欲しい。
お似合いなんだよなぁ、香ちゃんと益子さん。昨日見たスレンダーな美女を想い浮かべて二人で並んでいるところを夢想する。はい、完璧。一獲千金。
そうして視線を上げると、なんとそれまで空想していた少女達の片割れが店内に入ってきた。香ちゃんはというと、「あー」とか「うー」とか言いながら首をさすって視線を落としている。あ、気付いてないな、これ。
背後で「ご注文がお決まりの頃うかがいますね」なんて声が聞こえてくる。どうやら、奇しくも昨日と全く同じ席に通されたようだ。
この話題を終わらせた方がいい。隣の席から自分の名前が聞こえてくるなんて、どう考えても不審だし、相手は昨日自分の話をしていたクラスメートだ。
私にできることは最適なパスを投げること。「分かったよ。そうだよね」、これでいこう。そうして香ちゃんの溜飲が下がってこの話は終わり、そういう筋書き。
「分かった。分かった。そういうことにしといてあげるね」
馬鹿。私の馬鹿。
思い描いていたのと似たようなことは言ったけど、「香ちゃん、どう考えても益子さんのこと気になってんじゃん」っていう本音が滲み出ちゃってるじゃん。何やってんの。
「益子さんのこと好きなわけじゃないから!」
うわちゃー……私は固まった。いや、こんな言い方したら香ちゃんはムキになるに決まってる、分かっててつい本音をぽろりさせた私が悪い。
なんなら今の、私が誘導しちゃったまである。色んな意味で二人には仲良くなって欲しいって思ってるのに。
私は香ちゃんにそっと視線を上げるように伝える。香ちゃんは長いまつ毛を震わせて、私の後ろをゆっくりと見つめる。そして瞬きをすることすら忘れて硬直した。うん、当たり前の反応だと思う。
「し、信楽のせいだからね!」
「え、えぇ? いや、そんなことないでしょ。元はと言えば香ちゃんがムキになって照れ隠しするからでしょ?」
いや私が悪いと思う。香ちゃんの言うことが正論過ぎてちょっとどもっちゃった。だけど、苦し紛れの私の弁明に、目の前の天使は複雑そうな表情を浮かべて、というか若干悔しそうな顔をしている。何その顔。可愛い。
だけど、これ以上余計なことを言わせるのは本当にアウトだろう。いやさっきのも大分アウトなんだけど。なんであたかもさっきのはギリギリセーフみたいな表現をしたんだ、私。
私は彼女の発言を控えさせるために、食べかけのパンケーキを切り分けて口元に持って行った。こんなに怒った顔をしているのに、差し出されたパンケーキは食べるらしい。
残った大きめの一口をさらに差し出すと、同じように口の中に納まってしまった。どういう原理なんだろう。そういう玩具みたいで可愛い。
「違うの?」
「……帰る。パンケーキ食べたし」
言い返す言葉が思い付かなかったらしい香ちゃんは、そう言って本当に立ち上がった。
「お会計は?」
「しといて」
「結局出させるんじゃん!」
最近の天使ってカツアゲしてくるんだね。知らなかった。まぁ、あんなの本人に聞かれちゃったら、その場に留まりたくないのは分かるよ、うん。帰るのは仕方ないと思う。
できれば少し出してくれると嬉しいんだけど、私が言わせちゃったようなものだし、罰としてもやし生活の日数を少し増やすね。はい。
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