4-2

 意味が分からない、益子さんと仲良しになって更にお母さんともついでに仲良くなっちゃったの?


「で、ちょっと話すようになって、それで訊いたの」

「……そっか。で、なんでなの?」


 いやそれきっかけでちょっと話すようになったんかいって思ったけど、話の腰を折りそうだったから黙って聞くことにした。どういうことなんだろう。

 香ちゃんはさらっと言ってるけど、大して話したこともないクラスメートのお母さんに車で送ってもらうって逆に難しくない? 頭の中に数多のクエスチョンマークが出現しては消える。だけど、それらは次に香ちゃんが発した言葉に瞬殺された。


「逆高校デビューだってさ」

「そんな酔狂な真似する人がいるんだ」


 なんとなく、意味は分かる。高校デビューが入学式に合わせてイメチェンしてオシャレになって新生活で友達や恋人をゲットしちゃおうってものだから、逆高校デビューはイメチェンして人を遠ざけようってことだろう。

 以前見た彼女の容姿から察するに、わざとモサくなったりはしてないみたいだけど、結構クールな顔をしていたから、無口と無愛想を貫けば容易に実現できそうだ。普通はやらないけど。綺麗な人、という益子さんの印象がクールな変人に変わった瞬間だった。


「やっとすっきりできて良かったね」

「え?」

「だって、その辺のことが知りたくて彼女が気になってたんでしょう? だから、良かったねって」

「……それを知る為に彼女に近付いた訳じゃないよ。人聞き悪いよ」


 逆高校デビューだなんて、それを他人に告げたら意味が無くなると思う。本当は私、こんなキャラじゃないんですよ、って言ってるようなものだし。香ちゃんはそれを引き出した。つまり、二人の仲はそこまで進展したってことで、要するにそれはエターナルラブ、じゃなかった、一つの節目を迎えたと考えていいだろう。

 だったらおめでとうだ。だけど、言い方が良くなかったらしい。香ちゃんはむすっとした顔をして、私を睨み付けている。確かに、失礼な言い方をしてしまったかもしれない。そう反省して、私は釈明する。


「あぁごめん。そういう意味じゃなかったんだけど……。ただ、ミステリアスなものってどうしても惹かれちゃうじゃない」

「まぁ。隠してるのかもって思うと、必要以上に気になっちゃうのはあるかも」

「でしょ? でもそういうのを乗り越えて、二人は晴れてお友達になった。だから、もう香ちゃんのそれを恋って冷やかすのはやめないとなーって話」


 本当は「結婚式いつ?」って思ってるけど、それは絶対に態度には出さない。ただの友達との仲をそこまで疑われたら気持ちが悪いだろう。だから、今の言葉は香ちゃんに言っているように見せかけて自分に言っているようなものだ。お前もうそういうイジり方やめろろよっていう。


 私は「もともとそんなんじゃないって言ってんじゃん」って怒られるのを見越して、衝撃に備えた。だけど、香ちゃんは何も言わない。複雑そうな顔をしてそれが怒ってるように見えなくもないけど、多分怒ってない。困ってる。

 っていうか、自分でもよく分からないって顔をしてる。駄目だよ、香ちゃん。分かって。私、百合好きだから。香ちゃんにそんな顔されたらテンション上がっちゃう。長い沈黙を経て、香ちゃんは私の顔を見て呟いた。


「え、何?」

「いや、今、絶対怒られると思ってたから、何も言われなくてびっくりしちゃった」

「信楽、変なこと言った?」

「普段の香ちゃんなら「そもそも恋じゃないから。しつこい」って怒ってたよ、多分」


 また沈黙。これ以上何を言っていいのか分からなくて、「おやおやー? 香ちゃん、もしかして?」なんて茶化そうと思ってたら今日一番の爆弾を投下された。


「……そうかもね」

「香ちゃん、大丈夫?」


 いやね、大丈夫? って言って欲しいのは私の方なんだけど。

 そうかもねって、それ、どういう意味? はいはいってこと? そうだよね? まさかそんな……いや、自分に都合のいい解釈をするのはやめよう。


 それから香ちゃんは心ここにあらずって感じで、すっかり大人しくなってしまった。さっきの会話が香ちゃんを惑わせているのは明白だ。

 私にできることを考えて、結局奢ってあげるという選択肢しか思いつかなかったからそうした。ありがとうって言ってくれたけど、そのときですら、香ちゃんは他のことを考えているみたいに見えた。本当に大丈夫かな。

 私、次に会うまでに『香ちゃん恋愛絶対成就』って横断幕とデコレーションしたうちわ作っといた方がいい?


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