5-3
「お待たせ、ごめんね!」
「おっそい!」
「本当にごめんね。あ、はじめまして、益子ちゃん」
「あ、あぁどうも。えぇと」
声低い……香ちゃんが高めだからすごくいい感じ……なんだこの子達……百合好きの夢の具現化か何か……?
「益子、タメ口でいいよ。信楽だもん」
「そうだね、信楽だからね」
「自分で肯定するんだ」
益子さんの驚くようなちょっと引くような視線が痛い。だけど、目の前で可愛い女の子二人が並んで座っている私はどうしたって上機嫌で、心の赴くままに振舞う以外のことは出来なかった。
そして私は、ずっと気になっていたことを訊いた。それは私に奢らせるという前提で全力で飲食をしたか、という間抜けな質問だ。本当は二人に聞きたいことなんて山ほどあったけど、何よりも先にこれを訊かないと私の気が済まなかった。
というか、私が訊きたいことをそのまま訊ねたら香ちゃんに絶縁されかねないので胸の内にしまっておくことにする。
二人は言った。食べてない、と。どうして食べてくれないの。
私のスケジュール管理が甘さというか、課題をやろうとして何故か部屋の掃除から始めてしまって、そのまま床に落ちてた百合小説を読み出して課題に充てる予定だった休日を丸一日潰して今日に予定がずれ込んで結果遅刻してしまった事への償いすらさせてくれないのか。
改めて考えて思ったんだけど、今日の遅刻って本当に私だけが悪くて申し訳なさで死にそう。二人は大学の課題が忙しいのは仕方がないと、私の遅刻に最大限の理解を示してくれて、罪悪感が「ごめんね、そうだけどそうじゃないの」と私に何度も言わせようとした。でもこれを知って幸せになる人はこの場に一人もいないことに気付いて結局黙っておくことにした。
こういうとこ、私は少し大人になったと思う。じゃあ焼肉屋で奢ってもらうなんて言って冗談で有耶無耶にしてくれようとする辺り、香ちゃんも大人だ。え、冗談だよね? そうじゃなかったら怖いんだけど。
とりあえず、こんな風に不安になるくらいなら最初から遅刻なんてしなければいいね。うん、今度からはもっと気を付けよう。というか自制心を持って、私。香ちゃんの言葉の真意は分からないけど、きっと私が罪悪感を覚えないようにしてくれたんだと好意的に解釈することにして、話題を変えてみることにした。
「にしても、香ちゃんと久々に会う気がする」
「実際そうだしね。あ、今日はお土産もあるんだよ」
「ん?」
お土産をもらうような心当たりなんて無い。ほらよって言って遅刻をした戒めに顔面パンチされるならまだ分かるんだけど。いや、分かんないよ、香ちゃんそんな子じゃないよ。
手渡された袋から覗くそれは、コンビニスイーツだった。そしてすぐに香ちゃんから送られてきたメッセージのことを思い出す。そうだ、私、今日からコンビニスイーツ大好き女になったんだった。
「うわっ……! このプリン食べたかったんだ。えぇー。香ちゃんに言ったっけ?」
「う、ううん。好きかなって、思って」
今の反応、褒めて欲しい。まさか「コンビニスイーツ? 嫌いじゃないけど、そんなことにお金使うくらいなら百合関係の書籍買うわ」と日頃から思っている人間のセリフとは思えないだろう。
こういう演技ってしたことなかったんだけど、我ながら上手くできた気がする。香ちゃんがちょっと引っ掛かるような反応をしたことが気がかりだったけど、駄目出しなら受け付けない。私は精いっぱいやっている。さらに、それを続けようとしてるんだから。
「そっか、ほんとにありがと。こういうのって、明日買おうって先延ばしになって、いつか買おうと思ってる内に販売終了しちゃうんだよね。あ、あれ? これプリンじゃなくてティラミス? あ、うん、なんでもない」
ねぇ馬鹿。私って驚くほどに愚か。ティラミスだろうが。ボケが。
私はパッケージに書かれているティラミスという言葉に気付いて固まった。さっき私が言った言葉と相俟って、「前から食べたい思ってた物が何なのかも知らないの? そんなワケないよね?」という疑惑が浮上してしまっているだろう。
一言一句で墓穴を掘っていくスタンス。褒めてって思ってたけど、褒めなくていい。ただあんまり責めないでほしい。私だってわざとじゃないっていうか、頑張ろうとしてこうなったんだから。
スイーツの正体に気付いた私が慌てて顔を上げると、そこには「もういい黙れ」という顔をした香ちゃんが居た。怖い。益子さんに見えないように私にだけ犬を叱りつけるような顔をしている。すごい陰湿ないじめみたい。すれ違った時に舌打ちする感じの。
「じゃあ、これは帰ったら有り難くいただくね」
声が震えないように細心の注意を払って、私はこの話題を終わらせた。そうじゃないと私自身が終わりそうだったから。そしてさらに不自然にならないように別の話題を提供する。これは私が今一番二人に聞きたいことだった。
「二人は最近仲良くなったんだよね?」
「……まぁ。えっと、信楽ってどこまで知ってるの?」
「最近のことは話してないかな。信楽忙しそうだったし。私もメッセージとかマメな方じゃないから」
「そっか」
何その意味深な会話。付き合ってるのって知ってる? ってこと?
知らないけど、おそらくこの地球上で一番そうなったらいいなと思ってる人物だよ、私は。香ちゃんの反応を窺う益子さんの視線にすごく意味深なものを感じる。
この二人、まさか本当に……?
それとも願望のせいで私が幻覚を見ている……?
「最近って? 何かあったの?」
私は前のめりにならないように、落ち着いた様子で二人に何があったのか話すよう促した。先ほど手元に届いた飲み物の味なんて、結構前から分かってない。これが泥水だったとしても気付かないんじゃないかってくらい、私は緊張していた。
「この間、益子の家に行ったんだよ」
交際イエーーーーーーーーイ!!!!!!
私は両手を広げて走り出したくなる衝動に堪えて必死に普段の自分の表情を顔面に張り付けていた。まだできるよ、私。大丈夫。興奮し過ぎないで。ほら、普段の私だったらなんて言う? 思い出して?
「へぇ、そうなんだ……。もうすっかり仲良しじゃない。益子さん、香ちゃんは変なところで頑固なんだけど、そんなに悪い子ではないから」
はい、よくできました。上手、さすが私。私の真似が上手い。もはやプロと言っても過言ではない。
「勝手に人のことで演説始めないでよ」
「あはは」
ぷんぷんと怒る香ちゃんと隣で屈託なく笑う益子さん。まるで夫婦のようだ。大丈夫だよ、結婚祝い、奮発するからね。
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