第30話 純情の裏に潜むもの
『魔力を持つ人間と、魔力を持たない人間には精神的にも身体的にも、生物として異なる点が幾つもある』
収容施設内の様子を六神通で観察しながら、サビは独りでにそう呟く。
『代謝の速度、身体能力、脳機能。それ以外にもあるが、それらの中で最も決定的なのは、無尽蔵にエネルギーを生み出す器官があるかどうかだろう』
誰に言うでもなく、自分の知識を再確認するかのように零し、暗闇の中で徐々に動き出しているミアに視線を向ける。
『目には見えず、触れる事もできない、まるで暗黒物質のような器官。それは魔力と名付けられ、大昔、魔力持ちが世界を支配する事になった理由の一つとなった』
彼は暗闇で苦しんでいる彼女を助けようとはせず、ただただ見守るようにして観察を続けている。
『やがて、魔力持ちはそのエネルギーを用いた、まるで奇跡のような現象を起こせるようになった。世界を創造出来る程のポテンシャルを秘めたそれは、警戒と尊敬の意を込め、こう名付けられた────』
視界の中で、苦しんでいた彼女が、急に落ち着きを取り戻す。それと共に青い閃光が辺りに迸り、やがて、暗闇で立ち上がる彼女に収束していった。
『────魔法、と』
◇
「なっ……!」
ふと異変を感じ、モニターに鋭い視線を向けた男は、画面の奥で起こっていることを把握し、驚愕に目を見開く。
「あっ、あの現象は……まさか、ブルークランチ!?」
目を疑うようにモニターを何度も確認し、自身の認識に何も間違いが無いと確信すると、四肢の無い体を必死に動かしながら零す。
「成就の合図の現象が、一体何故────」
次の瞬間、画面の奥でミアを中心に赤い波動が放たれ、収容施設が大破したのを最後に、映像が完全に暗闇に落ちた。
「────い、まのは、魔法の、発現……」
大きい音を立てて部屋の扉が開かれ、入ってきた女性が男に対し、あることを報告し始める。
「収容施設、完全に大破しました! 空間固定も何らかの要因によって強行突破され、更に────」
激しく息切れをしている様子でそう告げた女性は、まだ言いたいことがあるかのように姿勢を正し、息を大きく吸って続けた。
「────更に、対象から高エネルギー反応が」
「……セッティングしていた戦闘型AIの起動をお願いします。対象へ向けて攻撃を開始してください。無力化してくだされば構いません」
「それは……生きたまま、ですか?」
「考えなくて大丈夫です。早く!!!」
◇
「特殊プラスチックって、こんなにもろかったっけ?」
赤い波動を放ち、収容施設を完全に破壊した後、彼女は不思議そうな声でそう零した。辺りは隕石でも落下したかのように、巨大なクレーターが形成されており、あちこちで土が高温により溶解している。
「手首も再生できるかな」
そう言って左手があった場所を見つめ、その箇所が再生するイメージを浮かべながら力を入れる。
「お、生えた。もうサビに助けてもらう必要ないね」
手首は骨から手の皮の順で再生され、元々の綺麗な手の形に戻った。再生したてのためか、その手は右手よりもツルツルとしているように見える。
「さて、と」
ぐるりと周囲を見渡す。収容施設だった建物は既に跡形も無く、クレーターの周りには草原が広がっていた。
「遠くにビル群が見えるけど……あれが籠亜の近くの町かな?」
ふと目を付けた方向を見つめて目を凝らす。自分がどこにいるかも分からない彼女は、取り敢えず近くの町に行ってみようと考えていた。
「あ、この力を使って、サビみたいに視界を飛ばせたりしないかな?」
彼女はあることを思いつき、それを実行するべく、その場で立ったまま瞼を下ろす。
「どんなイメージをすればいいかな……カメラ付きドローンを使うイメージかな?」
先程とは違うイメージを浮かべ、再びサビの真似をしようと試みる。
数秒、唸りながら何度も同じイメージを繰り返すが、やがて、サビと同じようなことはできなかった。
「駄目だなぁ。あ、そうだ」
右手をチョキの形にする。それを顔の正面に持っていき、人差し指を右目に、薬指を左目にそれぞれ瞼の上から添える。
「これは……ちょっとした光束剣を出すイメージかな。止血も忘れないようにしないと」
────ビッ。
水分が瞬間的に気化するような音と共に、二本の指から光線のような物が発射される。それは彼女自身の目を焼き潰し、視界を完全に暗闇に落とした。
「いった。ええっと……うん、止血できてるね。じゃあ────」
止血する前に目から零れてしまった血を気にせず、再びイメージを浮かべ始める。すると、彼女の脳裏にうっすらと景色が浮かび上がる。
「おー! できたできた! まだちょっと薄いけど……うん、あの町が籠亜の周辺で間違いないね!」
飛び上がるように喜びながら、眼球とその周辺を再生しつつ、町への移動を開始する。
「サビも目は無いもんね。一旦、目を無くさないと、視界を飛ばすイメージなんてできないよ、そりゃ」
そう零しながら、水でぬれているホバーブーツを乱雑に脱ぎ捨て、放り捨てる。
裸足になった彼女は、その場で軽く飛び跳ねた後、十メートル上空へと飛び上がった。
「空を飛ぶイメージはやりやすいね。何回も訓練したし、なんならあの靴よりも、こっちの方が機動力なんかは高いかも」
空中で軽く旋回しながら、その機動力を確かめるように上下に激しく移動する。
暫くして満足したのか、彼女は再び、町の方向へと目をやる。
「さ、早く帰ろう」
そうして帰宅しようとした矢先、彼女へ向けて無数の光線が飛来する。
それらは彼女の体を容易に貫通し、体中にぽっかりと空いた穴を幾つも作り出した。
《直撃を確認。追撃を開始────》
「ビックリしたー! もう! 流石に不意打ちには反応できないよ!」
彼女の周囲には巨大なドローンが幾つも飛行していた。それらは光線の直撃を認識すると、同じように光線を放とうとする。
しかし、光線を受けたにも関わらず、ミアは五体満足でそこに浮かんでいた。
《再度攻撃を────》
「させませーん! はっ!」
ドローンの言葉を遮るように声を上げた彼女は、少し気合を入れて叫ぶ。
すると、先程と同じように彼女を中心に赤い波動が放たれる。それは周囲のドローンに鈍い音を立てて直撃し、全てのドローンを木っ端みじんに破壊した。
「おっ、全部壊れた。全く、一体ずつなんて相手にしてらんないよ」
肩をすくめてそう零しながら、周囲にドローンが居ないかを再確認する。
危険が無くなったことを確認した彼女は、すっきりとした表情で町の方へと飛んでいった。
◇
「……どの本ですか?」
「確か、鎖の色が黒ずんでいるものだったかと」
「あ、これですね」
「あっ、ちょ、触らないで下さいね」
「分かっていますよ」
ミアの自宅へ侵入した十人の構成員は、本棚が並ぶ部屋へと足を踏み入れていた。
目的は勿論彼女が所有する反書であり、今まさに、その本へと機械のアームを伸ばしている。
「よし、あとはこれをケースに収納すれば完璧ですね」
「……ん?」
部屋を出ようとする構成員の内、一人が反書を見ながら疑問符を浮かべる。それに気付いた他の構成員が、催促するように彼へ声をかける。
「何してるんですか? 早くここを出ますよ」
「いや、なんか……その本、光ってません?」
見ると、反書全体が仄かに光を放っていた。しかし、殆どの構成員はそれをさほど問題視せず、苛立ちを隠しながら再び催促する。
「大丈夫ですよ。さぁ────」
「────俺に、触れるな」
「えっ────」
次の瞬間、反書の光が急激に眩くなり、辺りを包み込むほどの大爆発を巻き起こした。
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