第20話 大穴へ

「そういえば、ランドガルドさんはどうした!」


「何故今彼女を!」



 淵駆を斬り捨てながら、アルカはカイナにそう問いかける。カイナは光纏器を大きく振り回しつつ、何故今ミアの話を出すのかと疑問を抱く。



「彼女がいないとかなり辛いんだよ! 持久力が高くて素早いとかいう、ある意味最強の前衛だぞ!」


「こんなに時間が経っても来ていないという事は、恐らく強制的に療養させられてるかと!」



 お互いに背中を合わせながらそんな言葉を交わす。淵駆は今も三人に殺到してきており、傍から見たらそんな話をしている余裕はないように思われる。



「えっ、なんで⁉」


「私も同じクラスではないので詳しくは知りませんが、彼女は今、左腕を失っているんですよ! だから、それが再生するまで自宅療養が命令されているんじゃないですか! 知りませんけど!」


「マジかっ! それワンチャン死ぬぞ俺ら!」


「そんなことを言っている暇があったら────シィッ!」



 カイナはそう声を上げながら、飛びかかってくる淵駆を斜めに真っ二つにする。

 そうして顔だけアルカの方に振り返り、鋭い眼光を向けながら叫ぶ。



「一匹でも多く斬り殺すんです! 諦めてはいけませんよ!」


「うるせぇぇ! 余計なお世話だ!」


「ファイアー!」


「だから俺らに当てんなって⁉」



    ◇


「……ねぇ、本当に入るの?」


「何を戸惑っている。大丈夫だ。さ、いけ」



 大穴のど真ん中に移動してきたサビとミアは、上空で立ち止まっていた。

 サビは切っ先で大穴の暗闇を示し、その中に入るよう彼女に指示する。しかし、大穴からはコップから溢れる液体のように、無数の淵駆が這い出てきている。



「いや、死ぬよ! 体中を食われて死ぬよ!」


「何を言うか。お主は淵駆に攻撃されないぞ」


「へ?」



 サビの予想だにしない言葉に、ミアは面食らったように目を見開く。そして今までの淵駆討伐戦を思い出し、抗議するように反論する。



「いやいやいや! 私、今まで何回も淵駆に怪我させられてるよ⁉」


「それはお主から攻撃したからだ。あの淵駆は、魔力を持つ人間に対しては、自ら敵意を示す事は無い。試しに、下降して淵駆に近寄ってみたらどうだ?」


「えぇぇぇ……? 本当かなぁ?」


「攻撃されたら私が守る。安心しろ」


「分かったし……」



 下で蠢く淵駆の群れを見やり、ミアは若干の恐怖感に駆られる。そして嫌々ながらもサビの指示に従い、なめらかに下降してその群れに接近していく。

 今はミアが襲われるような気配はない。しかし、襲われた時の恐ろしさを知っているミアは、近付くたびにどんどん恐怖感が高まっていった。



「恐れるな。あれらはどちらかと言えばお主の味方だ。そして、幾らでも蘇るから殺すのはいい。だが、敵視だけはしてやるな。あれらを生み出した争浄器が不憫だ」


「何を言ってるか分かんないよ……」



 恐怖感を殺し、そして淵駆の群れから一メートル上空まで接近する。その位置でもミアは一切攻撃されず、それどころか彼女の進行方向である、大穴の奥底への進路を開けているようにも見えた。



「えっ……?」


「だから言っただろう? さ、行くぞ」


「本当に、どういうこと……?」


    ◇


 体を逆さにし、大穴の暗闇へと深く潜っていく。

 大穴の中には外で見られる量の数十倍の淵駆が蠢いており、それらの中には大きさの面で他とは一線を画す程の個体も発見できる。



「……暗視ゴーグル外したいほど怖いんだけど」


「大丈夫だ。ほら、進路を開けてくれているだろう。今は味方だと思え」



 淵駆の群れはミアの進行方向を余裕たっぷりに開けてくれており、お陰でミアは特に苦労もしないまま大穴の底へと進むことができている。しかし、そんな光景を見ても彼女の淵駆に対する恐怖感は拭えないようだった。



「というか流してたけどさ、サビって強いの?」


「は?」


「錆びてるから弱そうなんだけど」


「何を! 全盛期の私であれば、人間共を滅ぼすのに十秒も要らないのだぞ!」


「よく分かんない」


「聞けっ! どうやら、私の強さをしっかりと教える必要があるな!」



 そんな言葉を交わしながらおよそ三十分飛び続けると、周囲の暗闇に変化が生じ始めた。真下には無数の仄かな光が見え、その光の上で淵駆が生み出されている様子が見える。



「淵駆が……生み出されてる!」


「そして、私は────ん? ああ、着いたか」



 地面が近付いているという警告音が響く。ミアはそれに従って着陸準備をし、ほのかな光が溢れる地面へふわっと着陸した。



「なに、これ……」


「全て争浄器だ。怖がるな」



 地面に見えたのは、見るからに劣化している、何に使うかも分からない道具が敷き詰められている様だった。ネックレスのようなものから巨大なオブジェも見られ、その道具には一切の統一性が見られない。一種のゴミ処理場のようだ。

 そして、その中には光を放っている道具もあり、遠くの方に一際眩い光を放っている物も見える。



「あの眩い光が見えるか?」


「ちょっと待って。暗視ゴーグル外すから」



 目を覆っているゴーグルを外す。大穴の底は暗視ゴーグルが無くても、周囲の様子が目視できるほど明るく、もうゴーグルの必要は無いと察したためだ。



「あれ? あれがなんなの?」


「あの光に近付け」


「大丈夫だよね?」


「大丈夫だ」



 ミアはサビの言葉を信用し、眩い光のある方向へ歩を進める。地面はとても歩きづらいため、転ばないように恐る恐る地面を踏みしめる。



「うわっ、サビにそっくりの剣もある」


「あれは失敗作だな。自我は無い」


「失敗作?」


「いや、なんでもない」



 サビの謎の言葉に疑問を覚えつつも、眩い光を放つ道具の元へ辿り着く。それは潰れかけている巨大な球体であり、素材はなんらかの金属のようだ。



「これ?」


「ああ、これだな」



 ミアは球体の一メートル手前に立ちながら目を細める。かなり近づいたため、光がとても眩しく感じてしまうようだ。そんなミアに、サビはある命令を飛ばす。



「よし、それに触れろ」


「……なんで?」



 当然、ミアはその命令に疑問を抱く。球体は今も上空に淵駆を生み出し続けており、一刻も早く破壊した方が良いのではないかとソワソワしてもいる。



「魔力を流すためだ。触れなければ魔力を流すことはできない」


「だから、なんで流さないといけないの!」



 嫌な予感がしたミアは、断固としてサビの言うことを聞かない。そして何故触れないといけないかを問いかけ、サビは淡々とした声で答える。



「魔力を流せば淵駆の召喚が加速する。それを使って、地上の人間の文明を滅ぼすためだ」


「────は?」



    ◇



 時は少し遡り、アルカに淵駆の爪が襲い掛かる。

 疲労でボーっとしていたアルカは、それの接近に気付くのが遅れ、気付いた時には既に手遅れになっていた。



「────ッ! まずっ!」


「フゥッ! しっかりしてください! 攻撃を食らってはいけませんよ!」



 しかし、間一髪のところでカイナに助けられる。アルカは頬を力強く叩いて気合を入れ、ボーっとしないように気を強く張り巡らせる。



「危ない危ない。助かったわ、カイナ」


「そんなことより────ッ! ちゃんと! 倒してください!」



 アルカからの感謝を受けつつ、絶えず襲い掛かってくる淵駆を斬り倒していく。

 あれから数分戦い、かなりの数の淵駆を倒した三人であったが、群れは鎮まるどころか更に勢いを増していた。



「増援も来たはいいけど、やっぱり俺ら程戦える奴らがいないな!」


「文句を言わないでください! 少し楽になったから良いじゃないですか!」



 周囲を見ると、アルカの同級生が必死に淵駆と対峙している。しかし、殆どが回復と攻撃の繰り返しであり、もう少し怪我人が増えれば、回復が追いつかなくなるという状況となっていた。



「ランドガルドさんがいればなぁ……」


「だから、文句を言わないで下さい! ちゃんと戦いに集中して!」


「分かってらぁ!」



 二本の光束剣を振り回す。それで淵駆は簡単に沈んでいくが、群れが鎮まることは無い。この群れは彼らが今まで相手にした群れの中でも、段違いの規模を誇っていた。



「そろそろAIが俺らの代わりに戦ってくれないかな!」


「どうでしょうねッ! 今の所、AIが戦うよりも人間が戦った方が効率がいいみたいですからね!」


「AIポンコツすぎないか⁉」



 その後も、減ることのない淵駆を相手にしながら、徐々に夜が明けていく。

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