第19話 一時間

「つまり?」



 サビが現在使用できる力を聞いたミアは、先を待つようにサビを見やる。彼を磨く手が強くなり、それを感じつつも言葉を続ける。



「今より五段階ほど錆が取れた私なら、お主の腕を再生することは可能だ」


「────!」



 その言葉で、ミアの目が大きく開かれる。先程までの暗い彼女は既にどこにもおらず、それと同時にサビを磨く手が止まる。

 それに気付いたサビは文句を言おうとして、彼女の言葉に遮られる。



「おい、手が────」


「本当⁉ それ!!」


「止ま────ん? ああ、本当だが」


「やったっ! じゃ、サビの錆びも半年以内に落としてみるよ!」


「それは良いな」



 気合を入れたミアは、サビの事をそれまで以上に真剣に磨き始めた。



    ◇



「うっ……これ以上食べらんない」



 数日後、学校の食堂で食事をしていたミアは、いつも食べている量の半分でそう呟いた。いつもであればこの二倍食べても腹は膨れないと考えながら、自身の不調を疑い始める。



「なんで……? 風邪かな、私」


「ミアお前、息はどれくらい止められるようになった?」


「え……?」



 そう彼から問われ、ミアは少し考え込んだ後に直近の記録を思い出す。



「えぇっと……三十分だった気がする」


「ほお。では、早速効果が表れたという訳だ」


「どういうこと?」



 息を長く止められるようになることで、内にある魔力がどんどん清純になっていくとミアは聞いている。効果と言えばそれしか思い浮かばないが、彼女はそれとこれに何の関係があるのかと疑問を抱く。



「清純な魔力は、その体に必要な物を自動で作り出せるようになるからな。今は完全に絶食することはできないだろうが、いずれは呼吸も、食事も、生命維持に必要な行動が必要ではなくなるぞ」


「……マジ?」


「マジ」



 ミアは感嘆しながら、それは果たして人間と言えるのだろうかという疑問を抱く。しかし、サビが彼女を「普通の人間とは根本的に性質が異なる」と言っていたのを思い出し、「元々普通の人間ではない」と自分を納得させる。



「それってさ、睡眠も必要なくなるの?」


「ああ。それに、不必要な栄養素を作らなくなるだろうから、老廃物も出なくなるだろうな」


「何か人生が虚無になりそうだね、それ」



 ミアにとって、食事とは人生の楽しみの一つだ。それ以外にも様々な欲が無くなると思うと、この上ない虚無に包まれた人生が待っているのではないかと心配になる。

 しかし、サビが彼女のそんな感情に異を唱える。



「何を言うか。ミア、お主は食事や睡眠をすることだけが楽しみなのか?」


「えっ? いや、別にそういう訳じゃ────」


「そうだろう?」



 ミアのその返答を聞き、サビは相槌を打ってから言葉を続ける。



「何か趣味を見つけてみれば良いだろう。ゲームと言ったか? あれはかなり楽しそうであるが」


「剣が何言ってんの……ま、そうだね。その内探してみよ」


「私は人間の血を吸う事でも錆を落とすことができるからな。人殺しを趣味にしてもいいぞ?」


「怖っ⁉ 妖刀じゃん!」


    ◇


 それから更に数日後、ミアの自室にて。

 息を止められる時間は大幅に長くなっており、それに伴って彼女の睡眠時間はどんどん短くなっていた。



「頑張れ! あと五分だぞ!」


「んんんんんんん!」



 昔は疲労を完全に癒すのに九時間もの睡眠を必要としていたミアだが、今ではそれが五時間にまで短縮されている。そのせいか毎朝気持ちよく起床でき、寝つき自体も良くなっているようだ。



「後一分!」


「んんう˝う˝う˝う˝う˝!」



 サビが横で応援している中、ミアはとても苦しそうにしている。しかし、前のように体を痛めてはおらず、苦しんではいるもののそれはとても軽い物になっていた。



「一時間経過だ!」


「ぷはっ────やったー! 十日で達成!」



 息を大きく吸い、小さく何度もジャンプして歓喜する。ミアは、この調子であれば半年以内に達成できるとさらなる期待で胸を膨らましていた。

 その傍らでサビは、薄く笑ってミアに声をかける。



「ふっ、まあ当初の目標は達したな」


「って、なんで一時間なの?」


「は?」


「なんで一時間を最初の目標にしたの?」


「今更か。それは────」



 次の瞬間、ミアの耳にサイレンの音が鳴り響く。

 脳を揺らす程の爆音のサイレンに、ミアは心臓が跳ね上がるほど驚くも、そのサイレンに聞き覚えがあることに気付く。



「────っこれ……まさか、大穴⁉」


「おお、本当に丁度だな」


「どういうこと!」


「私は未来を見れるからな。だから、知っていたんだ。あの時から特訓を開始し、毎日それを続け、一時間の間呼吸を止められるようになった時、それは────」



 地鳴りのような音が響く。それは、小さな地震が何度も断続的に起こっているような、とても不規則な揺れだった。



「────大穴から、淵駆が溢れだすときだ」



    ◇


 両手に光束剣を一本ずつ持ち、それを同時に勢いよく振り下ろす。

 振り下ろした先には、夜の闇に溶け込むような真っ黒な体毛を持つ、熊のような四足獣。双眸には赤い眼光が煌めき、今まさに振り下ろされている二本の光束剣を見つめている。



「しゃっ!」



 光束剣はその四足獣をいとも容易く切り裂き、その体をポリゴンへと変えていった。

 そしてその四足獣を仕留めた青年「アルカ・アード」は、舌打ちをしながら周囲を見渡す。するとそこには、同じような四足獣や、異なる見た目をしている獣が地を埋め尽くさんと存在していた。



「クッソ! 油断した!」


「アルカ! 他の生徒や教師は!」


「多分今こっちに向かってる! せめてそれまで持ちこたえるぞ! ゼン!」


「よし! じゃあお前肉壁な!」


「じゃあお前固定砲台な!」



 お互いにそう言い放つと、アルカは「ゼン」と呼ばれた青年の前に立ち、淵駆の群れに立ちはだかる。ゼンは彼の後ろで両手にガトリング砲を構え、その引き金に人差し指を添える。



「当たるなよ! 当たったら命の保証はできんぞ!」


「問題ない! 命は消耗品! 行くぜぇぇぇ!」



 そう吠えたアルカは、両手の光束剣を逆手に持ち替え、襲い掛かってくる淵駆の群れに突っこんでいく。一見すると無謀以外の何者でもないが、その直後の動きでそれは全てひっくり返される。



「いち、に、さん、し、じゅう、にじゅう!」



 流れるように淵駆の群れをすり抜け、体を回転させながら光束剣を振り回す。電気が迸る音を無数に響かせ、夜の闇に光の軌跡を生み出す。

 そして、僅か五秒で二十匹もの淵駆をポリゴンへと変えていった。



「……よし、決まった!」


「チャージ完了! 避けろよ! アルカ!」


「は⁉ まてっ、折角気持ちよく────」


「ファイアー!」


「おー-----い!」



 ゼンのその掛け声と共に、両手にあるガトリング砲から無数の光の弾が放たれる。

 それはアルカが倒したものより遥かに多くの淵駆に直撃し、淵駆の群れに絨毯攻撃のような跡を作り出した。



「んぎもぢぃ˝ぃ˝ぃぃ! 怒った淵駆がこっちに襲って来てるけど、どうでもいいな! チャージ!」


「アホかっ! 肉壁を自分で攻撃するバカがどこにいる! 肉壁にも命はあるんだぞ! もう少しで当たるところだったわ! 全部弾いたけど!」


「次は五段階まで……楽しみだぁ!」


「聞けよ⁉」



 アルカはそう悪態をつきながらも、ゼンに襲い掛かろうとする淵駆を二本の光束剣で切り裂いていく。二人のすぐ周辺に群がっていた淵駆はとても少なくなり、残りはゼンの流れ弾を受けた淵駆だけだった。



「お二人! 無事でしたか!」


「お、カイナ! 先生たちは⁉」


「もう来てます! お二人がいる場所とは真反対の場所で淵駆の討伐を担っています! 大穴を挟んだ向こう側ですね!」



 そんな二人に近付いてきたのは、ミアと同い年位に見える女の子だ。カイナと呼ばれたその女は、アルカの横に立つと、右手の指輪を起動する。



「大穴の九時と三時の方向は!」


「上級生がそれぞれ向かっています!」


「で、こっちに増援は!」


「私一人です!」


「よし、心許ないな!」


「仕方ないじゃないですか! でも、あと少ししたら来ますから!」



 カイナの右手を光が纏う。それは次第に長く伸び、彼女の背丈ほどもある巨大な曲剣へと姿を変える。その様子を見ていたアルカは、淵駆の群れから目を外して驚愕を露わにする。



「なにそれ⁉ 新しい兵器⁉」


「光纏器です! それの完全版!」


「出力は!」


「五千万キロワットです! 決して触れないで下さいね!」


「ひいいいいい⁉」





 キャラ紹介

 ―アルカ・アード―


 性別は男性。茶髪の七三分け。身長百七十三センチ。

 主に光束剣を扱う。戦闘スタイルは攻撃特化の前衛。


 とても戦闘慣れしており、長所は初見の攻撃でも大抵は見切ることができること。

 好きな物は、強い敵と戦うときの高揚感。嫌いな物は甘い物。


 座右の銘は「命は消耗品」。

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