第21話 決意の無い答え

「どうした? 畜生共の文明を滅ぼしたくないのか?」


「あっ────当たり前じゃん! なんでそんなことするの⁉」



 思いもよらぬ言葉を聞かされたミアは、叫ぶように否定の意を示す。

 サビはその理由が一切分からないという様子で、疑問を込めた言葉を返す。



「何故とは? 私を作り出した方、その同類を滅ぼしたのが誰か分かっているのか?」


「え?」



 サビの声に怒気がこもる。ミアはそれにびくっとし、彼の聞いた事も無い声に怯んでしまう。



「ああ、ああ、そうだな。言ってなかったな。言おうともしなかったな。まぁいい、早くその球体に触れるんだ。」


「だから嫌だって!」


「何故だ? 上で戦っているのは、お主を虐げた連中、その一味だぞ? 滅ぼしたいとは思わないのか?」


「当たり前じゃん! それ、人殺しでしょ⁉ そんなことしたくないよ!」



 ミアは自分で至極当然のことを言ったと思っていた。それに、人殺しがダメなのは法律でも定められている当たり前のルールだ。しかし、サビがそれに疑問符を浮かべながら反論する。



「お前が────既に三人ほど人を殺しているお前が、それを言うか?」


「────えっ」



 ミアの顔を困惑の感情が染める。冷や汗がドバっと溢れ、思い出したくもない記憶が呼び覚まされる。



「ハッ、ハッ、ハッ────」



 血で染まる右腕。血が入ったことで開けなくなった右目。すぐ側に転がる、自身より身長の高い男女の体。



「知らない……知らない……」



 そう囁き、自分にそう言い聞かせる。自分は何もしていない、誰も殺してはいないと記憶を捏造するように、何度も何度も言い聞かせる。



「あれ……?」



 ふと、記憶の中で確認することができないことがあると気付く。それは人を殺したものであれば絶対知っている筈の事で、絶対忘れる筈が無いものだ。



「だれ、だっけ……」



 記憶の中の顔に靄がかかる。決して忘れる筈がない人物だ。今度は思い出そうと試みるも、その靄が決して晴れる事は無かった。



『なるほど……なるほどなるほどなるほど! いい、いいぞ! そういう事か!』


「分からない……分からない……」


『そうだそうだそうだそうだ! これを使えば良い! ああ、上手くいきそうだ!』



 音にならない声でワクワクしているサビは、ミアの記憶や心を見ながら自身がこれからすべき行動を考える。そして、最終的に出てきた言葉は、ミアの意志を肯定する者だった。



「嫌ならいい。私は今はお主の道具。お主の意志に真っ向から反するようなことはしない」


「────えっ?」


「だが、良いのか?」


「いいって……どういうこと?」



 サビは冷静になったミアを見つめ、睨むように問いかける。



「何度も言うが、上にいる連中はお主を虐げた連中だ。対して、その球体や光っている争浄器が、何をしようとしているか分かるか?」


「……分からない」


「これらは全て自我が宿っている。そして、その自我は全てお主のような魔力持ちの人間に好意を抱いている。つまり、この行動はお主を助けようとしている事と同義だ」



 サビの言う「この行動」とは、淵駆を生み出す行動の事だろうと考える。

 それがなぜ自分を助けることにつながるのか、彼女には理解しかねるが。



「それでも嫌なら、私をあれに接触させてくれ。自我を表に出す」


「……」


「そして、その自我と会話して説得すればいい。そうすれば、今回は淵駆が大穴から出てくることは無くなるだろう……さあ────どうする?」



    ◇



「なあ! 今で何体目だ!」


「はぁ、はぁ……知りません! 五千匹くらいじゃないですか!」


「万行ってるわ! クソッ、マジで今回は淵駆が多いな!」



 アルカは疲労が限界に達しかけているカイナを尻目に、全く減ったように見えない淵駆の群れを見やる。

 既に日は昇り、時間も昼になりかけている事を認識し、更なる疲労が彼を襲う。



「ファイア……ファイ……ん? あぁ……綺麗な、弾幕だ、ぜ────」


「ゼーーーーーーン! しっかりしろ! 寝るなー!」



 後ろから声が聞こえた事を認識し振り向くと、ゼンが両手のガトリング砲をカチカチしながら倒れているのが見えた。

 そして最後に意味不明な言葉を残し、あっという間に気を失った。



「既に十人は気を失い、残った生徒も疲労困憊」


「上級生や先生の助けが来ないことを見る限り、あっちも多分同じ状況」


「……」


「カイナ……」


「なんですか」


「最期におっぱい揉ませてくれ」


「潰しますよ」


「ひっ」



 二人の正面からは更に淵駆が襲い掛かってきている。いつもの二人であれば数秒で全て倒せるが、もうそんな気力も体力も残されていないのか、アルカは光束剣を、カイナは光纏器を振りかざす気になれなかった。



「アルカーッ! カイナーッ!」


「ん?……はぇ────先生方⁉」


「一旦下がれ! 増援だ!」



 そんな声が聞こえた瞬間、二人の前に、淵駆の群れに立ちはだかるように一人の男が現れる。右手には両刃剣の形をしている光束剣を逆手に持っており、服にはかなりのほつれが見られる。



「先生は向こう側を担当してたはずじゃ⁉」


「ああ、それが────いや、もう分かるな」



 男のその言葉と共に、空を切る音が無数に聞こえてくる。その音が響いてきた方向を見やると、そこには淵駆を蹂躙していくミアの姿があった。



「ランドガルドさん! あとは頼みます!」


「はい!」



 ミアは右手に変形したサビを携えながら、それを振り回し極めて広範囲の淵駆を一気に倒して進んでいた。



「え? なんで彼女がここに?」


「分からん、が、今は任せるしかない。一旦下がるぞ!」


「てかなんですかあれ⁉ あんなんチートだチーターだ!」


「分からん! あんな強力な武器、私は見た事も聞いた事も無いぞ!」



 そんな会話をしている三人が退避していく中、ミア自身も驚きながら淵駆を倒していく。その速度は、アルカ達の倒す速度とは比べ物にならない。



「何も考えなくていい! 取り敢えず思いっきり振り回せ! 軌道修正は私が行う!」


「サビっていったい何なの⁉ 怖くなってきたんだけど!」


「お主が錆び取りの速度を速めてくれたからな! 『形状変化』という力が使えるようになったぞ!」



 サビは刀身を鞭のように細長く伸ばし、それを使って淵駆を切断していく。本来、鞭は非常に扱いが難しいものであるが、彼がミアの補助をしているお陰で、それは気にしなくてもよくなっていた。



「残りはそこにいる二百匹だけだ! さっさと倒すぞ!」


「分かった!」



 サビが十メートルほど先に見える淵駆の群れを示し、ミアはそれに従って全速力でその場へ向かう。それによって淵駆はミアの事を認識するが、攻撃を仕掛けてくる様子は一切ない。退避していくアルカ達を狙っているようだ。



「……ごめん!」



 間合いに入ったと判断した距離で、ミアは腕を右から左に大きく動かし、サビを振り回す。鞭になった彼の刀身はしっかりと淵駆を捉え、そしてその群れを一気に討伐した。



「……もう、いない?」


「そうだな。少なくとも、大穴から出てきた淵駆は粗方討伐済みだ。よくやった」


「……つ、疲れた~。左腕が無い状態で走るのって、ちょっと大変だね」



 息を大きく吐きながら、サビの言葉を確認するように周囲を見渡す。あれ程までにうじゃうじゃといた淵駆は既におらず、少し離れた場所にはミアを見ている生徒や教師の姿がある。



「……あっ」


(早く帰った方が良いかな)



 ミアはそう考え、反射的にその場から離れようとする。生徒の中にはミアを見て腰を抜かしている生徒もおり、また嫌われてしまったという意識だけが芽生えてくる。

 それと同時に、球体の自我と話した時の事を思い出す。



『良かった……良かった……よく、生きていてくださいました。本当に、またこうして会うことができて光栄です……』



 すすり泣くような男の声でそんなことを呟く球体。ミアはそれと言葉を交わし、そして淵駆を召喚するのをやめて欲しいと嘆願する。



『ええ、ええ、勿論ですとも。あの時、反乱がおこった日、私の主は処刑台にて焼かれて殺されてしまいました。それから、復讐しか考えられない日々が続いていました』



 ミアはその話を黙って聞いている。球体は更に言葉を続け、ミアと出会えて本当に良かったという感情を示す。



『どうか……、これからも幸せにお過ごし下さい。こんな軟弱者ですが、いつまでも、そう願っています』



 その言葉と同時に、球体を覆っていた眩い光が消滅していく。聞こえていた声もその言葉を最後に聞こえなくなり、その場に静寂がおりる。



「……本当に、助けて良かったのかな」



 あれ程に感謝されたことは、ミアにとっては人生で一度も無かった。それと生徒たちのことを見比べると、彼らは助ける価値があったのかと迷いが生まれ始める。



「……もしかして、サビの言う通りにした方が良かったんじゃ────」


「────ランドガルドさん!」



 その場から離れようと歩き始めていたが、背後から自身を呼ぶ声が聞こえ、疲労の浮かんでいる顔を振り向かせる。背後からは、一人の青年が走ってきていた。



「誰……?」


「ありがとうな! 助かったよ! 正直、本当に死にそうだったからさ!」


「────え?」



 その青年はアルカだった。彼は心の底からミアに感謝しており、その顔には笑みが浮かんでいる。そして彼の口から出てきた言葉は、彼女が予想だにしない言葉で、不意打ちを食らったように驚く。



「それと……今までランドガルドさんの事を誤解してたかもしれない。無意識に君の事を避けて、関わらないようにしていたよ────本当に、今まですまなかった」


「……」


「だからさ、これからは────え、なんで泣いてるの?」



 ミアの目からは、いつの間にか大粒の涙が溢れてきていた。彼女の中で様々な感情が渦巻き、そしてある感情で胸がいっぱいになる。

 なんとか言葉をひねり出し、そしてアルカに言葉を返す。



「……さんはいらない」


「え?」


「ミアで良いよ。それと、別に私は気にしてないから」


「────!」



 アルカの顔に喜びが浮かぶ。ミアもそれを見て微笑み、そして心の中で呟く。



(────ああ、本当に……)


「ありがとう、ミア!」


「……うん!」


(────本当に、助けてよかった)

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