第22話 少しだけ変わる日常

 翌日、ミアは学校の食堂にて食事をとっていた。

 彼女の食べる事の出来る量はどんどん減り、遂には元の五分の一しか食べる事しかできなくなっていた。



「……まさか、ご飯三杯とステーキでお腹いっぱいになるとは」


「お主の元々の食べる量が多すぎるのではないか?」



 ミアの呟きに、サビがちょっとしたツッコミを入れる。そんな二人の会話に割って入るように、彼女の対面に座っている青年が驚いた声を出す。



「凄いな……見てるだけで腹が膨れるよ」


「そう? て、アルカの昼食それだけ?」


「それだけって程少ない量じゃないけどね?」



 アルカの正面に置かれているのは、至って普通の日替わり定食だ。トンカツが主となっているその定食は、ミアのと比べると量がとても少なく見える。



「そういえば、ミアが持ってるその剣ってなんなんだ? 人工知能じゃなくて自我が宿ってるように思えるけど」


「あー……私もよく分からないんだよね」


「は⁉ 教えただろう! 私のこれはエンチャントによるものだと!」


「ほら、意味不明な事しか言わないんだよ」



 アルカに問われ、ミアは返答に困るように首に手を当てる。サビは説明したはずだと怒り、再度一から説明しようと試みる。

 しかし、ミアはサビをアタッシュケースに仕舞い、そのうるさい声が聞こえてこないようにする。



「へぇー、それって大穴の近くに落ちてたんだよね?」


「そうそう。大穴の底にもサビみたいなのが沢山いたよ」


「あ、じゃあそれって大穴から出て────大穴に入ったの⁉」



 アルカはミアの何気ない言葉に反応し、驚いて確認するように聞き返す。



「入ったよ。それがどうしたの?」


「よく生きてたな⁉ どうやって底まで行った⁉」


「えー……と」



 そう問われたところでミアは返答に困り、視線を明後日の方向に向ける。淵駆に攻撃されないからと言ったところで信じてもらえるとは思えないので、討伐戦で圧倒的な力を見せたサビを理由にしようと考える。



「……あー、ほら、私にはこれがいるから」



 そう言ってサビが暴れているアタッシュケースを指さし、アルカを納得させようと試みる。彼もそれで納得したのか、感嘆したように言葉を零す。



「そういうことか……凄いね、その剣。底に飛んでいくミアの胆力も凄いけど」


「あ、やば。そろそろ昼休憩終わるじゃん」


「お、本当だ。じゃまたな、ミア」


「うん、またね、アルカ」


「出せっ! こんなしょうもないことに力を使わせるな!」



    ◇



「ミアー! ちょっと待って!」


「え?」



 放課後、ミアが家に帰ろうと靴を起動していると、背後からアルカが声をかけてくる。彼女は靴の起動を途中でやめ、こちらに駆け寄ってくる彼の方向を見やる。



「一緒に遊びに行かね? 今日はゼンもカイナも自主訓練で忙しくてさ」


「え……本当?」


「いや、本当ってか、ほら、命を助けてくれたお礼もしたいし」



 ミアが混乱しながら言葉を返すと、アルカも若干の焦りを隠しつつ理由を説明する。彼女は遊びに誘われたことが無いため、なんと答えればよいか迷っているようだ。



「ん? どうした? なんか用事でもあるか?」


「あ、いや……」



 ミアは返答に困りながら、視線を四方八方へと移動させる。しかし、いつまでも答えずにいるのは不誠実だと考え、なんとか言葉を捻りだす。



「い、良いよ」


「お、やった! どっか行きたい場所はある?」


「特にない……かな」


「じゃあさじゃあさ、新しくできた凄い店があるんだよ。そこに行こう!」


「えっ、ええっ⁉」



 アルカは靴を起動し、瞬時に空高く飛び上がる。ミアもそれに追従するように空高く飛び上がり、彼が飛んでいく方向へ着いて行った。

 暫く二人で飛び続けて辿り着いたのは、ミアも来たことのある商店街の一角だった。そこである店の前に着地したアルカは、着いてきたミアに手をこまねく。



「ここだよ! ここ!」


「商店街にこんな場所が……で、この店ってなに? ジムみたいな見た目してるけど」


「まあまあ、中に入ってみれば分かるよ」



 アルカに連れられて店に入ると、まず目に入ってきたのは正面にあるカウンターだ。カウンターには女性が二人立っており、入ってきた二人に「いらっしゃいませ」と言っている。



「AIの店員?」


「だな。ここまで再現度が高くなると最早人間だよな。すみません! 二人で!」


「分かりました。アルカさんとミアさんですね」


「では、案内の者に着いて行ってください。時間は一時間ほどです」


「じゃ、行こう!」


「まだどんな店なのか聞いてないけど⁉」



 案内用のアンドロイドが現れ、アルカ達二人を店の奥へと案内する。

 店の奥はちょっとした広場になっており、器具は殆ど置かれていない。しかし、近くに様々な兵器が置いてあり、その中にはミアが憧れていた光纏器もある。



「何ここ?」


「淵駆の討伐演習所……に見せかけたアクセサリー店」


「どういうこと?」


「もう少ししたら目の前の広場に立体映像の淵駆が現れるから、そこにある兵器で倒していくんだ」



 アルカのその説明を聞いたミアは、ただの訓練所と大差ないのではないかと疑問を抱く。しかし、アルカはそれに補足するように言葉を続ける。



「ここに現れる淵駆は、倒すといろんなものを落とすんだよ。服、生活用品、アクセサリーなんかをね。ランダムだけどね」



 準備運動をしているアルカは、淡々と店の説明を続ける。それが一通り終わるとミアの方へ向き直り、拳銃型の武器を手渡す。



「これで援護だけ頼むよ。適当に撃ってても当たると思うし」


「だ、大丈夫? これ結構お金かかるんじゃ……」


「大丈夫大丈夫! お金だけは沢山あるからな! それに奢ってあげるよ」


「そっ、それはちょっと気が引け────」


「お礼って言ったろ? 任せろって!」


「え……えぇ?」



 アルカが部屋の奥の方へ向き直る。彼の手には光束剣を模した武器が二本あり、それでこれから現れる淵駆を相手取るのだろうと考える。



「さ、来るぞ。立体映像だから怪我はしないけど、気を付けろよ!」


「……ああもう! よく分かんないけど、取り敢えず脳死で撃ってるから!」


「それでいい!」



 その言葉を皮切りに、部屋の奥に複数体の淵駆が姿をあらわす。見た目は見慣れた黒い体毛に覆われており、再現度は限りなく百パーセントに近い。

 アルカは淵駆を確認した瞬間、一切の迷いなく武器で斬りかかる。一体の淵駆に攻撃が当たり、しかし即死はしていない。彼はそこへ、もう一方の手に持っていた光束剣をそのままの勢いで食らわせていく。



「二刀で討伐か! ちょっとキツイな。でも────」



 アルカの攻撃の後隙を突いて襲い掛かってきていた淵駆を、ミアの放った立体映像の銃弾が襲う。即死はしていないが、彼にとってはそれだけで十分だった。



「ナイス、ミア! やっぱお前強いわ!」


「突っ込みすぎだよー!」


「はっは! 大丈夫!」



 どこからそんな自信が湧いてくるのかと疑問を抱くミアだったが、それ程に自身の腕を信用しているのだと納得し、更に集中して狙いを済ます。


 そうして一時間ほど淵駆を倒し続け、徐々に疲労が蓄積され始めた頃には部屋の床は足の踏み場もない程に服やアクセサリーで埋まっていた。



「ふぅ……大収穫だな!」


「これ全部貰えるの?」


「いや、人数分だけだね。ただ、どれもブランド品だったりするから満足する物は見つけられるんじゃないかな?」



 そう言ってアルカは足元を漁り始め、何かを探すように目を皿にしている。何をとればいいか分からないミアは、その様子を興味津々に見つめていた。

 数秒後、目的のものを見つけたのか、周囲に転がるアクセサリーの一つに手を伸ばす。



「お、あった」


「なにそれ?」


「耳に穴を空けなくていいタイプのイヤリングだよ。普通に買ったら二十万するんじゃないかな。元はとれないけど、これがいいかも」



 そう言って立ちあがったアルカは、ミアの方へと近付いていく。ミアはもう帰るのかと考えたが、次の彼の行動でそれは間違いだと判明する。



「じっとしててね」


「へっ?」



 アルカが伸ばした手がミアの左耳に触れる。ほんのりと暖かい感覚を味わいつつ、驚いたミアは身動きができなくなってしまう。



(顔……! ちっか────)



 目の前のすぐ横にはアルカの顔がある。ミアはその顔を凝視しつつ、どんどん顔が火照っていくのを感じ取る。照れているのがバレないよう落ち着こうとするも、逆に体温が上がっていくばかりだった。



「お、いいじゃん。似合ってるよ」


「……ぇ?」



 アルカの顔が遠くなったと思うと、左耳にかすかな重量を認識する。彼の取り出した鏡を見てみると、ミアの耳には先程アルカがとったイヤリングがついていた。



「綺麗…………」


「だろ?」



 そのイヤリングは金の装飾が施されており、ダイヤモンと思しき宝石が幾つもはめられている。金の装飾はミアの髪の色と見事に揃っており、片耳とはいえとても似合っている様に見える。



「それなら光学迷彩の機能もあるし、学校で着けてても問題なさそうだな」


「く、くれるの?」


「おう。じゃ、もう片方もつけるぞ」



 貰いっぱなしだと申し訳ないと思ったミアは、アルカの手にあるもう片方のイヤリングを受け取り、そして彼に近付いていく。



「どうした? 自分で着けるか?」


「ううん」



 彼の右耳に手を近付け、彼のつけ方を真似してイヤリングを取り付ける。再び近付いた彼の顔にドキドキしつつもつけ終えたミアは、背伸びをやめて彼から離れる。



「……」


「お、お返し。これでお揃い、だね」


「あっ、おおっ、おっ、おう。あ、ありがとうな」



 顔が真っ赤になっている二人は、そのままのテンションでその店を後にした。

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