第34話 復活

「も、問題ありません。数日の経過観察は必要ですが────か、完治していますね」


「そんなことあるか⁉ 後遺症もなく⁉」


「え、ええ」



 その後、ゼンとアルカによって呼び出された医者は、必死に自分を落ち着かせて、カイナの現在の状態を話していた。



「ワンダーズさん、なにかあったんですか?」


「なにか、と言うと……?」



 病院服を着て医者の正面に座っているカイナは、そう問いを投げかけられ、困惑したように首を傾げる。被爆したことにより余命宣告を受け、それから無傷で生還した人間など類を見ない事で、その場にいた彼女以外の三人は、とても混乱していた。



「超放射転移特定機の放射線の事ですよ。何があって完治したんですか?」


「何を言っているか分からないのですが……」



 カイナのその言葉に、周囲にいた三人ともがかすかな違和感を覚える。彼女の言葉から嘘は感じられず、また、寝起きで思考がぼやけている様子も感じられない。

 しかし、その違和感の正体を特定できない三人は、そのまま話を続ける。



「お前、酷い状態だったじゃないか。内臓はボロボロ、皮膚は爛れて、剥がれている部分もあった。それが、なんで一晩で治ってるんだ?」


「ゼン……私はそんな怪我、していませんよ?」


「は⁉ いやいやいや、お前滅茶苦茶苦しんでただろ!」


「アルカ……?」



 話がかみ合わない。

 三人はそう感想を抱き、数秒間沈黙して考え込む。まるで何も覚えていないというカイナの様子に、あることを考え付いたゼンは、恐る恐る質問を飛ばす。



「────カイナ、お前……最後に覚えている事はなんだ?」


「え? ああ、そうですね────」



 ゼンのその質問に、カイナは考え込む動作をとる。

 アルカと医者も顔を上げ、彼女がどのような回答をするかを興味深く見つめている。

 そして顎に添えていた手を下ろしたカイナは、こう答えた。



「白い淵駆を倒した夜、ランドガルドさんと温泉に行った事、でしょうか……私には、その後の記憶が無く……」


「お前、記憶が────てか、お前ら温泉行ってたの⁉」



    ◇



「何故記憶まで戻してしまったのだ⁉」


「仕方ないじゃん! 『時間を戻せ』なんて言われても、急にそんなことができるわけないでしょ! 治ったから良いじゃん!」


「はぁ……未熟者め」



 学校への登校中、カイナの治療を一部失敗してしまったミアは、サビからその失敗を責められていた。

 時間を戻す、というのは魔力持ちからしても中々に難易度が高く、下手をすればその人物が生まれる前まで時間が戻ってしまうため、そう考えるとミアはとても上手に治療を行ったと言えた。



「ま、あれをやったのが自分だとバレぬよう行動することだな」


「大丈夫でしょー? 皆からは、私は普通の人間にしか見えないだろうし。普通の人間に時間が戻せるわけないでしょ?」


「だと良いがな……」



    ◇



「ミアだろ」


「だよな。まあ、消去法だけど」



 バレていた。

 カイナが急激に完治した原因を探っていたアルカとゼンは、早々にその候補としてあげられる物を言い合い、その中から消去法でミアが何かをした、という結論に辿り着いていた。



「ま、あいつが持ってる武器が原因としても考えられるけど……あの武器──サビって言ったか? 結構俺達に敵意をぶつけてたもんな」


「演技っぽさも少し感じたけど、あの敵意は本物に感じるよな」



 サビ自身の敵意も見抜かれ、最早二人は正解に近い答えを導き出していた。



「で、どうする? 問い詰めるか?」


「いや、しなくて良いだろ」



 そう提案ともとれる疑問を投げかけたゼンに、アルカは躊躇わず、そう言葉を返した。ゼンは腕を組みかえ、疑問の籠った声でアルカを見やり、再び疑問を投げかける。



「なんで問い詰めないんだ? 気になるだろ」


「アホか。隠れてカイナの治療をやったってことは、絶対に隠したがってるだろ。人が隠したがっている事実を暴こうとするもんじゃねえよ」


「────それもそうか」



 二人はそう結論を下し、ミアが隠したがっている事実を、二人の胸の中に仕舞っておくことにした。



    ◇



「……でも、礼だけは言っておくか」



 ゼンと相談し、ミアの秘密を追求しないことを決めた俺はしかし、カイナの代わりにお礼だけは言っておこうと考えた。

 カイナはここ一週間の記憶が抜け落ちており、自身が被爆した事すらも覚えていない。それも彼女の力による物だろうが、それを鑑みても、俺はミアに深い恩義を感じていた。



「というかあいつ、本当に秘密にしたがってるのか?」



 これまでのミアとの会話を思い出す。

 その中で、彼女は何度もサビの力に関することを話していた。クレーターに関しても「私がやった」と一切隠そうとせず、最早自己申告までしていた。

 そう考えると、ミアは別に秘密にしていないのではないかという考えが浮かんできた。



「ま、聞くだけ聞いてみるか。秘密を追求しないってゼンと約束したから、本当に秘密にしたがってたら聞くのをやめよう」



 席を立ち、ガヤガヤとしている教室から退出する。

 ミアの教室がどこだったかを思い出した俺は、ゆったりとした速度で廊下を歩き、その教室へと向かう。



「あ、アルカ。カイナさん無事だったんだって? 良かったな!」



 その道中で、すれ違いかけていた同じクラスの男子からそう声がかかる。

 彼は一週間前の出来事を偶然知ってしまった生徒の一人で、ずっとカイナを心配してくれていた生徒だ。



「ほんと良かったよ。あまりに心配し過ぎて、三日くらい飯を食えてなかったしな」


「めっちゃ心配してんじゃん。恋って良いなあ」


「恋じゃねぇよ⁉」


「ほんとか?」


「ほんとだわ!」



 そうしてネタに昇華しているが、実の所、俺はこの一週間、まともにご飯を食えていなかった。ストレスで食べ物が喉を通らなくなるなど初めての事で、とても苦しんだことは記憶に新しい。



「俺ちょっと用事あるから。またな」


「おう。授業遅刻すんなよ」


「舐めんな。優等生だぞこちとら」


「カイナより成績は下だけどな」


「────実技の時覚えとけよ」


「おーこわ」



 お互いに手を振って、その場から離れる。

 次第にミアの教室が目に入ると、授業の開始時刻が迫っている事を考え、歩く速度を速める。

 すると、いつも通りサビを腰に携えたミアが教室の扉から現れ、こちらに気付いて手を振っている。



「お、ミア」


「アルカ! 良かったね! ワンダーズさんが無事で!」


「そうだな」



 彼女のその言葉を聞いて、どうやら秘密にしたがっているのは事実のようだと考える。授業ももう少しで始まるため、秘密を追求しない程度に礼を言い、早く授業へ向かおうと考える。



「ありがとな。また、俺の大切な物を守ってくれて」


「えっ……?」



 俺のその言葉を聞いて、ミアは見るからに焦り始めた。

 それが心当たりがない故の困惑か、はたまたバレている事への焦りかは分からない。しかし、カイナを助けたのがミアだと確信している俺は、そのまま言葉を続ける。



「お前が攫われる前に違和感に気付けなかった俺だ。何が出来るかは分からないけど……何か困ったことがあったら何でも言ってくれ。力になるから」



 今の所、俺にはこう告げる事しかできない。

 受けた借りが多すぎて返すことができず、今すぐにお礼をすることができない。であれば、彼女が何か困った時、力になることで借りを返そうと考えた。



「あっ、えっあっ、な、何を、言ってるの?」


「そんなに焦るなよ。別に何か追求しようってわけじゃない」


「つ、つつっ、追及? なにを?」



 どうやら彼女は、本当に隠し事が下手なようだ。しかし、隠したがる理由は分かる。

 余命宣告を受けた被爆者を、後遺症も無く助けるなど、今の技術では到底不可能だ。放射線で傷ついたDNAの再生技術は存在する物の、カイナのようにあそこまで壊れてしまえば、その技術でも助ける事は不可能だ。



「お前は、秘密の隠し方について学んだ方が良いかもしれないな」


「あっ、あぅぅ……」


「じゃ、またな。俺は授業があるから」


「うっ、うん。バイバイ」



 そう言ってその場を去り、自分の教室へ向かおうと足を進める。

 しかし、その途中で黒服を着た複数人の大人とすれ違い、危機感を覚えた俺は、その場で立ち止まって背後を向く。



「あいつら────」



 黒服は教室へ入ろうとしていたミアの前に立っていた。

 口を動かしているのが見え、嫌な予感を覚えた俺は、集中してその声を聞き取ろうとする。



「────ミア・ランドガルドさん。殺人の容疑で逮捕します」

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