第33話 魔法とは

「それはもしかして……魔法の事?」


「そう、それだ。それがあれば、本当に何でもできるようになるぞ」



 それを聞き、ミアはカイナを助けられる希望を抱くとともに、どうすれば良いかという疑問に辿り着く。



「私、まだこの力の事よく分かってないんだけど……どうやればいいの?」


「何でもできると言ったであろう? 魔法に関して熟達していれば、この位置からでも、その者の病気を治すことが可能だぞ。まあ、今は近付かなければ無理だろうが」


「……本当?」


「噓は言わん」



 ミアは立った状態で少し考え込み、何かを決心すると、自身が投げつけたサビを再び手に抱える。



「学校に連れてって。警報装置には探知されないように」


「今から助けに行くのか?」


「当たり前でしょ」



 ミアの目には覚悟が見られ、サビが何かを言おうとも、その信念を曲げるとは考えられなかった。



「ま、構わぬが……一つ、注意させろ」


「なに?」



 ミアの行動に肯定の意志を見せたサビであったが、唐突にそう前置きし、彼女に言い聞かせるように言葉を放った。



「今回は貴様の意志と言う事で、止めたりすることはせぬ。だが、力の使い時というのはよく考える事だ」


「どういうこと?」



 サビの言葉を理解できなかったミアは、一瞬考え込んだ後、そう聞き返す。



「無暗に力を使うなと言う事だ。お主のそれは凄まじい力だ。練度によっては、私をいとも容易く破壊することができるようになる」


「……」


「だが、今のお主にはそれを扱えるだけの器が無い。下手に強い力を使い、それによって起きた被害に罪悪感を抱くようであれば、それはただの愚か者だ。決して、そうなることはあってはならない」


「よく分からない」


「……まあ、よくよく考える事だな」



 最後にそう言い残すと、サビは六神通を使用し、ミアと共に学校へと瞬間移動した。



    ◇



「よし、少し練習するか」


「えっ、なに?」



 暗い学校の教室へと瞬間移動したサビは、そう前置きをした後、立ち尽くしているミアへと話しかける。



「自身の体を他者から知覚できないようにしてみろ。着用している物も含めてな」


「そんなことできるの?」


「ああ。お主の熟練度でも可能なはずだ」



 ミアはその言葉に半信半疑なようで、行動を起こそうとはしない。そんな彼女に、サビが静かに渇を入れる。



「早くしろ。警報機が作動してしまうのだろう?」


「わ、分かった……」



 言われるまま、ミアはサビの言に従い、自身の体を知覚不可能にしようと模索する。

 一週間前、収容施設で力を爆発させた時のように、自身の中の膨大な熱を動かし、それを使って体を包み込ませるイメージをとる。



「む、難しい……」



 しかし、ただ包み込んだだけでは、体を知覚不可能にすることはできない。彼女の体はただぼやけた光を放つばかりで、なんら効果を発揮しようとはしなかった。



「もっとだ。もっと体を包み込め。そして、空間と同化するイメージを持つんだ」


「空間と同化……」



 その様子を見かねたサビが、未だ苦労している彼女に軽くアドバイスを飛ばした。ミアはその言葉を、中途半端にしか理解できなかったが、それだけで、大きく変化が起こった。



「うっ────なんか、きた」


「そうだそうだ。良い調子だぞ」



 急激な寒さを感じたミアは思わずそう零すが、サビは何も問題にしていなかった。ミアは一抹の不安を抱えつつも、彼の言葉を信じ、それを続ける。



「────もう、無理。これ以上は、包み込めない」



 次第に、ミアは熱を動かせなくなっていった。底が見えない程の膨大な熱は、まだそこにあるが、現在、彼女が動かした分以上の熱は、どうあがいても動かせないようだった。



「まあ、そんなものだろう。無尽蔵にエネルギーを生み出せるとはいえ、それを一度に動かせる量には限界がある。お主は優秀な方だと思うぞ」


「そうかな……でも、これで周囲からは知覚できなくなったんだよね?」


「ああ。それどころか、干渉する事もできないぞ。それはエネルギーも例外ではない」


「何それ凄い! あ、だからこんなに寒いんだね」



 体内の熱のお陰で無事ではあるものの、今、ミアは周囲の熱エネルギーを感じ取れない事によって、とてつもない寒さを感じていた。

 本来であれば、彼女は息をするだけで肺が凍ってしまうだろうが、魔力から生み出されるエネルギーによって、そうはなっていなかった。



「あと、その状態では地球の自転や公転等によるエネルギーも受け取れない故、本来は宇宙空間に取り残されてしまうからな。今は私が六神通でサポートしているが、お主では六神通は扱えぬだろう。絶対に、私の居ない所で使うんじゃないぞ」


「吹き飛ば、される……?」


「ああ。宇宙レベルの迷子だ。なってみるか?」


「ならないよ⁉」


「そうか……それより、早くあの娘の元へ行かなければならないのではないのか?」


「そうだった! 急がなきゃ!」



    ◇



「ワンダーズさん、寝てる……?」


「寝ている、と言うよりは、意識が無いように思えるな。これは気絶の類だろう」


「そんなに悪化してるんだ……」



 治療室にて、カイナが寝ているスペースに入る。彼女の状態を見てそう零したサビは、少しも心配そうにはしていなかった。

 ミアは彼の態度に怒りを覚えるが、今はそれどころでは無いため、声を上げるのをこらえる。



「どうすれば助けられるの?」


「まずは今使っている魔法を解除しろ。私が代わりにその魔法をかける」


「分かった」



 ミアが体を包んでいる力を動かし、知覚不可能となっていた自分の体を元の状態に戻す。そこでふと疑問を浮かべたミアは、唐突にサビに質問を飛ばす。



「そういえば、なんでサビはさっきまでの私を認識できてたの?」


「お主のあれはまだ未熟だからだ。魔力が隠されておらぬからな」


「ふーん……よし、これからどうすれば良いの?」


「簡単だ。その娘の体の時間を戻せばよい。ああ、体の状態だけだぞ。動作なんかを戻してはならん」


「本気で言ってる?」



 あまりにも荒唐無稽なその話に、ミアのサビを見る目が怪しくなる。彼自身はとても真剣に言っているのだろうが、ミアからしたら、それはふざけているようにしか思えなかったようだ。



「本気だぞ。私も、本来の力があれば時間を操作するのは容易い」


「ペテン師みたいなこと言うね」


「意味は知らんが、侮辱しているな⁉」



 ペテン師の意味を知らないサビであったが、ニュアンスで伝わったのか、その声で怒りをあらわにする。



「あーだこーだ言う前に少しは挑戦してみろ! トライ&エラーを繰り返す生き物なのだろう、人間は!」


「ああもう、あんまり大声出さないでよね」



 そう言って、ミアは再び力を動かし始めた。



    ◇



 翌日の昼、治療室へ向かう道中。



「────なあ、訓練は良いのか?」


「……」



 暗い顔をして歩いているアルカに、ゼンがそう問いかける。ゼンは決して、ここ最近訓練をしていない彼を咎めている訳では無く、ただの雑談気分でそう問いかけていた。



「あんまり訓練をサボってると、それこそあいつに怒られるぞ?」


「……分かってる」


「ま、気持ちは分かるけどな」



 彼は飄々とした態度で口を動かし、なんとかその場の空気を明るいものにしようとする。

 しかし、その行動も空しく、アルカの顔は一向に明るくなることは無かった。



「あ、そうだ。あいつ────ランドガルドが作り出したって言うクレーターなんだけどさ、大穴から観測できるエネルギーと同じ波長だったんだってよ」


「……」


「不思議だよなあ。それに、あいつ何か隠してそうだよな」


「……俺さ」



 ゼンが喋っていると、アルカがそれに割り込むように声を上げる。見ると、彼の目には薄く涙が浮かんでいるのが確認できた。



「最近、なんの役にも立ててないんだよ」


「いや、流石にそれは────」


「────白い淵駆の時は結局、カイナに時間稼ぎを任せちゃったし、倒すのも、ミアに任せっきりだったし。」


「……」



 ゼンの知らない所で、アルカは自己嫌悪に苛まれていたようだった。「そんなことはない」と言いたかったゼンだったが、口を閉ざし、黙って彼の話を聞こうと決める。



「挙句、空間強度の低下にも気付けず、ミアを攫われて、カイナをあんな目に合わせちまった……ほんと、情けねぇ」


「────」



 何か言葉をかけようとしたゼンだったが、言葉に詰まり、すぐに口を閉ざしてしまう。今の彼にはアルカをフォローすることはできず、とても励ますような言葉を思い浮かべることができなかった。


 そんな空気感の中で治療室に辿り着き、嫌に重い扉を開く。



「カイナー、今日も来た、ぞ……」



 窓が開いているためか、優しい風が室内に入ってくる。

 それによって開けたカーテンがなびき、ベッドで座っている人影がチラリと見える。



「────おいおいおいおい」



 ゼンがカーテンを勢いよく開く。

 何事かとそちらに目を向けたアルカは、数秒の沈黙の後、小さく声を上げた。



「なん、で────」



 ベッドに座っていたのは、顔や手足が元通りになった、健康な状態のカイナ本人であった。

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