第9話 二人の諦め

 ラックと名乗った男は、ミアの左腕を振り回しながら悠長に鼻歌を歌っている。そんな男に捕らわれたミアは、手足を機械で縛られ、奇妙な場所に連れてこられていた。


 ミアは現在気を失っており、彼はそんなミアの腰にぶら下げられたままミアと一緒に連れてこられていた。



『全く、呆れてしまうな。魔力持ちの人間が、普通の人間に捕まってこの様とは。まあいい。今は見守るとしよう』



 ミアと彼が連れてこられているのは刑務所のような場所だ。檻は特殊なガラスでできており、その中に彼らは放り捨てられている。

 しかし奇妙なのが、ミアの他に檻に閉じ込められている人間が居ないことだ。掃除は隅々まで行き届いているため清潔ではあるが、その掃除された他の檻には、誰一人として人間がいない。


 彼はそんな場所に対し様々な疑問を抱きながら、ミアの様子を見る。腕を斬られており、かなりの重症ではあるが、ラックが止血していったためこれ以上悪化することはない。他の場所に特に傷は無く、何らかの異常があるようにも見えない。



『もう少し錆が取れた後の私なら欠損した部位も元に戻せるが────いや、やめておこう。まだ見極め切れていないからな』



 彼は何かをしようと考えたが、それを使うのは今じゃないと判断し、自分で出したその提案を却下する。彼はミアから目をそらし、檻の外を眺める。



『そろそろあの男がここに────お?』



 彼が様々な場所に視覚を飛ばしていると、ミアが収監されている檻へラックがやってくる。ラックは何やら様々な機械を持ってきており、それはどれもが見た目から物騒な物だった。



『何をするかは分かった。だが、何故この男はあ奴らに協力しているのだ?』



 ラックは様々な機械を持ちながら檻の中に入ってくる。ミアは尚も気を失っており、今のままでは目を覚ます気配はない。



『果たして、この娘がこれから起こることに耐えられるのか………しかと見させてもらおう』



 ラックは水のコップを取り出し、それをミアの顔へとかける。ミアはそれによって目が覚め、気管に水が入ったのかえづいている。



「ゲホッ! ゲホッ! ………はぁ、はぁ、はぁ………こ、ここは────」


「よう、目が覚めたか」


「ひっ! や、や、やめて! こないで!」



 ミアは気を失う前の事を思い出し、ラックに酷く怯えている。拘束されたままで檻の奥へと引き下がっていき、ラックと目を合わせようとしない。ラックはそんなミアを見て、ため息をつく。



「はぁ、話になんなそうだが、仕事はしっかりさせてもらうぞ。さて、質問だ」



 ラックは今自分がやっている仕事を早く終わらせるために、早速本題へ入ろうとする。ミアは話を聞いているものの、ラックへの恐怖が大きすぎて、耳に話が入ってこない。



「やめてっ!いや!私は何もしてない!」


「本の場所を────駄目だなこりゃ。ちっと痛めつけるか」


「ひぃっ⁉」



 ミアの耳にはその声が嫌にスムーズに聞こえ、その聞こえた言葉に酷く恐怖する。ミアは目から涙を流しながら、ラックがある機械を持って近づいてくるのを見ている。ミアにはその機械がどういう物かは分からないが、ろくでもないものという事ははっきりと伝わってきた。



「いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだああ!!」


「ったく、うるさくて仕方ない」



 大きい印鑑のようなその機械を、拘束されているミアに押し付けたラックは、その機械を起動する。



────激痛



 そうとしか言い表せない痛みがミアの体を襲う。機械を押し付けられた部位から、全身に広がるようにミアを激痛が襲う。



「っ────!」



 体中の皮膚を一気に剝がされる。皮膚に張られたシールをはがされるような、そんな感覚を激痛に昇華させたような痛みだ。肉が露出し、外気に触れたことでスースーとした激痛がまたミアを襲う。



────死ぬ



 背中を大きいフォークの様なもので抉られる。背骨が砕け、フォークが背肉をひっかくように抉っていく。肩から腰まで抉られ、ミアの背中には三本の抉られた後の線が出来た。その線の中は赤く、肉の間に砕けた背骨が混ざっている。



────死ぬ


「ぁ………ぅ………」


「不思議だよなぁ? 凄まじい痛みを感じると、どんなうるさい奴でも一気に静かになるんだぜ? 人間の脳ってそこら辺はどうなってるんだろうな?」



 そんなことを言うラックの目には、左腕だけが欠損した状態で、涙を垂らし、涎を垂らして地面に横たわって気絶しかけているミアがいた。その体はピクピクと動いており、ミアが今も苦しんでいるのが目に見える。

 ラックはミアを見下ろしながら、自身の持っている機械がどんな機能を持っているかを鼻高々に説明する。



────死ぬ


「これは『ファントム・ペイン』って言ってな?歴史上に存在した様々な拷問で感じる痛みを疑似体験させる事が出来る機械なんだぜ? しかも、これは特別品でな。普通は感じる痛みが何十分の一にも抑えられているんだが、これはその痛みを感じる事が出来るんだ!」


「か………ひゅ………おえっ………」



 そんなラックの説明をよそに、ミアは口から胃の中にあった内容物を吐き出す。横たわっている状態で吐いたため、その吐出物がミアの顔に付着してしまうが、ミアはそんなことを気にかけられる状態では無かった。



────死ぬ


「まああまりにも危険だから法律で固く禁止されているんだけどよ。こういう裏の世界では結構当然のように出回ってるんだとさ。拷問用としてな。さて────」



 ラックは説明を終えると、ミアの髪の毛を鷲掴みにし、自身の顔の正面まで持ち上げる。ミアの目は定まっておらず、目前にいるラックを観測できてすらいない。ラックの目からは、ミアの目が上を向いて左右に慌ただしく動いている様に見える。



「大体二回使うと壊れるんだが、お前もか、つまんねぇ」



 ミアのその目を見たラックは、ミアを檻の奥の壁まで投げ飛ばし、機械を持って檻の外へ出ていく。ラックは檻の外からミアを見つめ、今は何の言葉も届かないであろうミアに対し、言葉を漏らす。



「時間は幾らでもかけていいって言われてるからな。ま、何か月もかけてお前から情報を全て引き出してやるよ」



 ラックはそう言うと、踵を返してこの場所から去っていった。



『あの男………人間性から普通ではないな。だが────』



 ラックが去った後、彼はラックに対して様々な感想を抱いていたが、その中でも特に強い感情があった。



『素晴らしい………! あの男の記憶を見たが、普通の人間にしておくにはもったいない存在だ!』



 彼がラックに向けていた最も強い感情は、に近いものだった。彼の見た記憶では、ラックは子供の時は才能に満ち溢れた少年だった。

 少年のラックは、戦闘訓練に関して子供とは思えない程優秀な結果を残し、大人たちの度肝を抜いていた。それは勉学でも同じで、周りにはラックに敵う知能を持つ人間は居なかったほどだ。



『どうする………? 今すぐ娘を殺して………それはまだ早いか』



 ラックはそれ位優秀であったが、欠けていなかった部分が無いわけではない。倫理観は殆ど欠けていたし、趣味は長く愛情をこめてペットを育て、最終的にそのペットを拷問して殺す事だった。勿論親には隠していたため、その本性が周りにバレる事は無かった。



『それにしても壮絶な人生だ………あれを私の使用者にしても良いかもしれないな。この娘が死んだら、あの男には私の素性を教えるとしようか。楽しみだ』



 その後も、ラックの人生を物語のように鑑賞しながら、彼はその檻で夜を過ごしていった。ミアは、そんな彼の横で尚も横たわり、ピクピクと痙攣していた。






機械説明:ファントム・ペイン(非売品)


 拷問で感じる痛みを疑似体験できる装置。通常はその痛みも抑制されているが、これはその抑制の一切を取っ払った特別製。

 それで感じる痛みは、その昔、装置の実験体にされた十名の人間がもれなく廃人と化したほどである。それ以来抑制のきいていない装置は持つだけで犯罪とされ、市場には一切出回らなくなった。


 傷一つ付けず、薬品も使わず人間を廃人に出来るため、人間が作り出した機械の中でもトップレベルで悪魔の装置と言われている。

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