第8話 警戒は解かないように
その後も、ミアと彼は変わらない毎日を過ごしていた。彼は、その変わらない日々に飽きる事は無かったが、いつからか、ミアを自身の使用者として受け入れるのはやめようかと考え始めていた。
ミアは優秀だ。周りから嫌われようとも、自身がこなすべき課題はきっちりこなし、朝の新聞配達のバイトと夜の荷物の仕分け作業のバイトもしっかり取り組み、一人暮らしを難なくこなしている。
『優秀だ。確かに優秀だが………こやつは一体、何のために生きているのだ?』
彼が疑問に思ったのはそこだ。ミアは確かに優秀ではあるが、彼の目からは、ミアは将来を見据えて生活していないように見えたのだ。
日々を生きることに必死で、先の事を何一つ考えていない。今さえ良ければそれでいい。先のことなんか考えている暇はない。彼からしたら、そんな考えの人間を自身の使用者にするのはまっぴらごめんだった。
『年齢のせいでもあるのだろうが、このような凡人の考えを持つ人間は、魔力持ちであろうともごめんだな』
ミアは今、AIと共に荷物の仕分けのバイトを行っている。その姿は真剣で、手際も慣れている為かとても滑らかだ。
『この娘に諦めがついたら、別の魔力持ちの人間を探すとするか。流石に他の場所にも生きている魔力持ちは居るだろうからな』
ミアは、バイトが終わると毎回まっすぐ家へ帰宅する。それは今回も同様であり、帰る途中で寄り道をする事も無く、自宅への帰路を進む。しかし、その度にミアを追跡する者が数人現われる。
『また奴らか。この数日で分かったが、奴らの目的はあの本のようだが、そもそも隠す必要があるのか?あの本は、普通の人間が触ると即死するぞ?』
彼はそんなことを考えながら、追跡者から逃走するミアを眺める。この数日でさらに逃走技術が成長したのか、ミアは追手を五分もあれば撒けるようになっていた。
「正面左か。ならこの壁をっ!」
ミアはそう呟き、左右にあるビルの壁を蹴りながら上空へと昇っていく。ビルの壁は金属でできているが、ミアは何故かその壁を滑ることなく蹴る事が出来ていた。
『ほう、これは無意識か? だとしたら魔法の才能はかなりありそうだ』
無事屋上に到達したミアは、下にいるであろう追跡者を見るために、ビルの下を覗き込む。
「チッ! しつこいなぁもう!」
追跡者はミアを飛行しながら追いかけている。いつもであれば、ミアは追跡者が自分を見失いかけている時にビルの屋上に逃げていたため、それで追跡者はいつもミアを見失っていた。
しかし、今日のミアは少々調子に乗ったためか、追跡者がミアを見失いかける前にビルの屋上へと逃げた。その事に、彼は凄まじく落胆する。
『はぁ、これは………慣れによる油断か、はたまたミスか。ますますこの娘を使用者にする訳には行かなくなってきたぞ』
ミアはビルの屋上を飛び回って逃げる。それを追うように追跡者もビルの屋上を飛び回る。いつの間にか追跡者の数は三人から十人に増えており、その追跡者の全てが光線銃を所持していた。
その光線銃はミアが店頭で見たことのないものであり、ミアは逃げながらその光線銃に興味を持つ。
「あの光線銃、絶対最新鋭のやつでしょ!」
光線銃の形状は、全てが人差し指に取り付けるような棒状の物として固定されている。勿論、それ以上小さくすることもできるが、あれ以上小さくするとなると出力が落ちてしまうため、今はあの大きさがベストと言われている。
「指そのものとして移植するとか、マジでヤバい集団だって!」
追跡者の光線銃は、指そのものであった。恐らく、指を斬り落とした後、斬り落とした部分に指の形状をした光線銃を取り付けたのだろう。
ミアがそんなことを考えていると、追跡者たちがミアに向かって光線銃を発射してきた。
「危なっ!急に顔狙ってくるじゃん!」
放たれた光線は、ミアの顔のすぐ横を通り過ぎていった。走りながら発射したため狙いがそれたのか、威嚇として発射したのかは分からないが、ミアにはそれが怖くてたまらなかった。
「どうしよう………一体どこに逃げれば撒ける?」
ミアたちは尚もビルの屋上を飛び伝っている。しかし、少しの間飛び続けていたためか、周囲のビルが少なくなってきている様にも見られた。
『これは………誘導されているな。気付くか?』
「あっ、そうだ! あそこにっ!」
ミアはビル群から少し離れた場所に、森があるのを発見する。その森は国が植林した森であり、立ち入ることは禁止されているが、ミアには今はそんなことを気にしてる暇はないため、何も気にせずその森の中へ入っていく。
ミアのその様子を見ていた追跡者たちは森の手前で止まり、小さなマイクを取り出すと、そのマイクに向かって静かに呟く。
「誘導完了。あとは任せます。交渉でも脅迫でも拷問でも、お好きな方法で本を捜し出してください」
『はいはい。ったく、やっと出番かよ。お前らほんと追跡下手だよな』
「私たちは本来このような目的で育成されたわけではありませんからね。貴方の役目は私たちと違ってあなたにピッタリなものですから、ちゃんと達成するよう、頼みましたよ。」
『俺の本業淵駆狩りなんだがなぁ。ま、任せろよ』
「ご健闘を」
追跡者がマイクをポケットに仕舞うと、十人全員が踵を返してどこかに去っていった。
★★★★★
「やっと撒いたかな………?」
森の中を駆け抜けながら、人の気配を感じなくなったミアはそう考える。現に追跡者を撒いてはいるのだが、先程油断したことを自覚しているミアは、森の開けた場所まで逃げることにした。
「ええっと、開けた場所はどこだっけ?」
ミアは、森を駆け抜けながら端末で近くの広場を探す。すると、ミアが今走っている方向に丁度いい広場があることに気付く。
「お、あった! 五百メートル先か!」
ミアはその広場に向かって一直線に走っていく。すると段々森の木々が少なくなっていっているのが分かり、広場があると確信したミアは速度を上げてその方向に走っていく。
森を抜け、広場に出ると、そこはあちこちに掘り返したような跡がある場所だった。恐らく、また植林でもしていたのだろう。
そこに出たミアは、自分の他に人が居ないことを確信し、その場に座り込む。
「よ、良かった~………今回は本当に危なかった。」
ミアはボトルを取り出し、その中に入っている水を飲む。かなり走ったためか、ミアの体からは汗が滝のように滴り落ちている。
『気付け、娘! 誘い込まれているぞ!』
「ふぅ~。少し休んだら帰ろっかな」
空はもう暗くなっている。とても未成年が外を出歩いてもいい時間帯ではない。本来であれば急いで戻るべきだが、ミアはかなりの長距離を全速力で走っていたため、すぐに動き始める元気は持ち合わせていなかった。
「それにしても、何が目的なんだろう? 私を殺したいだけなのかな?」
『気配に気付いていない⁉ 娘、背後だっ!』
そんな様子で休憩しているミアの背後に、黒い影が近寄ってくる。ミアはそれに気づいておらず、その黒い影の接近を許してしまう。
「まあ、腕一本は貰っとくか」
「何ッ⁉ ぐっ!」
その声にすぐに反応したミアは、その声の主と五メートルほど距離を取る。その時に一瞬痛みを感じ、その声の主を睨み見る。
男は黒い髪に特殊プラスチックの軽装を纏った中年男性だ。髪の毛はロングヘア—であり、右手には刀の形をした光纏器を纏っている。
それよりもミアの目が行ったのは左手だ。男は、左手に何かを掴んでいる。それはとても見覚えのある「腕」であり、ミアの心の中は嫌な予感で包まれていた。
「ま、さか………」
ミアは自身の左腕を動かそうと試みる。しかし、感覚が無い。スースーしている。嘘であってくれと願いながら、ミアは左腕がある場所に目を向ける。
────腕が、無い。
「あ、あぁぁ、ああっ!う、うううぅう腕がぁ!」
それを自覚した瞬間、急激に痛みを感じ始める。腕からは血があふれ出しており、既にミアの左側の地面は赤く染まっていた。
「あー、痛がってるとこ悪いんだけどよ、まずは自己紹介させてもらうぜ。」
「ああっ、つぅ………い、いやぁ………」
ミアの様子とは裏腹に、男はまず自己紹介をしようとしていた。ミアは左腕があった場所を押さえており、そこから血が溢れ出る度にとても悲痛な顔をしている。
「俺の名前はラック。死ぬまでよろしくな」
ミアの頭の中は、男の名前と自身の腕のことで一杯になっていた。
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