第7話 本の内容

 ミアの新聞配達のバイトが終わった後、彼が家で待っていると、凡そ十分後にミアが自宅に帰ってきた。ミアには目に見えて疲れている様子は無い。恐らく、慣れているからであろう。



『この他にも幾つかバイトを掛け持ちしていると言っていたな。朝のバイトが新聞配達だけだけであれば、夜間に行うバイトは何なのだろうか?』



 自宅に帰ってきたミアは自分の部屋で服を着替え、朝食の準備をする。冷蔵庫を漁っていたミアは、中々朝食が決まらないことにいら立ちを覚え、独り言つ。



「どうしよう。パスタは昨日全部食べちゃったからもう残ってないし、作ろうと思えるものが無いよ」



 ミアが冷蔵庫を漁っている最中、彼はその様子をつまらなさそうに眺めていた。特に何かを想うわけではなく、彼はミアが迷っている様子を観察している。

 冷蔵庫を一通り漁ったミアは、諦めたように冷蔵庫を閉じ、ため息をついた後、パンなどの食材が置いてある場所へ向かう。



「もういいや。パンでも食べとこ。お腹空きそうだけど、このままずっと悩んでいるよりはましだよね」



 ミアはトースターでパンを焼いた後、そのパンに色々な具材を乗せる。トッピングのようであるが、それにしては量が多い。



『本当によく食べる………山のように具材を乗せたパンを五枚とは。見ているだけで存在しない腹が膨れたぞ』



 ミアはその量のパンを何ともなく数分で平らげ、自身の寝室に戻る。時計を見ているのか、自身の手首を確認したミアは、ベッドに寝転がる。



「まだ登校まで時間あるなー。何しようか」


『暇なら私の錆を取れ』



 ミアはベッドで仰向けになりながら、独り言をつぶやいている。彼はそんなミアに対して自分の錆を取れと念を飛ばすが、ミアは夜間以外に彼の錆び取りをする気はないようで、彼はそんなミアに不満を抱く。



『できれば常に錆び取りをしてほしいのだがな。人間とは不思議だ。自分たちで作った時間と言う概念に縛られているではないか。まあ、そうすることで集団での生活を円滑にしているのかもしれないがな』


「もう少し寝よ。二時間くらいしたら起きよう」



 ミアはそんなことを呟き、意識を闇の中へと沈めていった。



『この娘が寝るなら私も寝るとしようか。六神通を使用したせいで少し消耗しているからな』



 彼もそんなことを考え、少しの間だけ眠りについた。



★★★★★



 彼が目を覚ますと、そこは暗闇の中だった。そこは昨日も入れられていたアタッシュケースの中で、自身の体が揺られているのが分かる。



『既に登校していたか。空を飛びながらの登校とは、歩きたくないのだろうか?』



 彼の体の揺られ方を鑑みると、ミアは空を飛びながら登校しているのが分かる。ミアの自宅と学校の距離はそれほど遠くはなく、歩いて十分もすれば到達できるような距離だ。



「今日の風は暖かいなぁ。気持ちいい~!」


『ああなるほど。単純に爽快感があるからか』



 ミアが風を感じながら登校していると、すぐに学校に到着した。校門を通る生徒は大勢おり、その殆どの生徒が飛行しながら登校しているのが分かる。



『こいつら、空を飛んでいないと死んでしまう病気にでもかかっているのか?』



 ミアはそんな生徒たちに紛れ、校舎の中に入っていった。


 前日、ミアは大穴の警戒当番のため授業を免除されていたが、今日は当番ではないため、朝から夕方までみっちりと授業をさせられていた。

 授業の主な内容は大穴の歴史、それの周りに建設されたこの巨大な建物のことなど、全てが大穴に関係している授業のみであった。研究者を育成するための学校はまた別にあるらしく、籠亜では戦闘員の育成に力を入れている。



『戦闘訓練と言うには、実にちゃちな光景だな』



 彼はミアたちの戦闘訓練を六神通を使って見ていた。彼自身はミアのロッカーに保管されているため、そこから動くわけにはいかない。

 戦闘訓練は、主に淵駆の立体映像と戦って鍛えるというものだった。しかし、その淵駆が弱めの個体しか出現せず、生徒たちも楽々とその淵駆に勝利しているため、彼から見たらそれは訓練とは思えなかった。



『あの娘はまた別の敵と戦いたいようだが、教師に却下されているな。良い心がけだが、この場所では無意味な心がけか』



 そんな授業の光景を見ていた彼は、こんなものは見ていても無駄だと判断し、体力を回復させるための睡眠に入っていった。



★★★★★



『目覚めの時だ………少し休み過ぎたか』



 彼が目を覚ますと、そこはもうミアの自宅だった。家の照明は全て暗くなっており、ミアももう睡眠に耽っている。



『だが、錆がまた少々落ちているな。しっかり錆び取りをしたようだな』



 彼は自分の体の調子がほんの少し良くなっているのを感じ、そのことに喜びを覚える。ミアはぐっすりと眠っている。余程疲れたのか、彼が近付いても目覚める気配がない。



『ふっ、使用者と認めたその時は、警戒心も育ててやらねばな。さて────』



 彼は部屋の外へ出て、鎖で縛られた本がある部屋へと向かう。そこは昨日と変わらず異様な雰囲気に包まれており、本を縛っている鎖もそのままだ。



『この部屋に来たは良いものの、どの本から読んでいこうか』



 この部屋には本がかなり多くある。しかも一冊一冊の分厚さも広辞苑並みのため、全てを読むとなればかなりの日数がかかるだろう。彼がそう悩んでいると、ふと一つ疑問が浮かんでくる。



『そういえば────何故、あの本にだけエンチャントがなされているんだ?』



 彼が見たのは、鎖に特殊なエンチャントがなされた本であった。その一冊以外の鎖には一切のエンチャントがされておらず、普通の鎖で本を縛っているだけだった。彼はそのことに疑問を覚え、普通の鎖で縛られた本を一冊取り、その中身を閲覧する。



『これがエンチャントのされていない本か。中身は………これは────』



 彼はその本をもとの場所に戻し、別の場所にある普通の本を取る。その後も普通の本を十冊ほど閲覧し、疑問が確信に変わり、この部屋の役目を理解する。



『やはりそうか。あの特殊な本以外、全ての本が白紙だ。何のためにこんな数の白紙の本を用意しているかは分からないが、恐らく何らかの内容が記されているのはあの本だけなのだろう』



 彼は鎖が特殊な本に近付き、その本を能力で取る。特に取っただけでは何も起こらないその本は、他の本とは違い、ページの一枚一枚の紙が赤い紙でできていた。

 彼は鎖を取り外し、本を開く。



『文字は黒いのか。他の本に比べ、実に異質な本だ。しかも、ページの一枚一枚にもエンチャントがなされている』



 そんなことを考えながら、彼は本を読み進めていく。ページ数がかなり多いため、読み進めるのがかなり速い彼でも読み終わるまで三時間ほどの時間を要した。


 全てのページを読み終えた後、彼の心は驚きに満ち溢れていた。



『まさか、この時代にこの本があるとは………これは────』


「────誰か、居る?」


『マズイ!』



 ミアの声が聞こえた瞬間、彼は元の部屋の元の位置に全く同じ形で瞬間移動をする。これは六神通からくる能力であり、彼に「瞬間移動」というエンチャントがされているわけではない。


 瞬時に本も鎖も元通りにした彼は、内心ドキドキしながらミアの様子を観察する。



「誰もいない………誰かの気配を感じたはずなのに」


『気配を殺すのを怠っていたか。危ない危ない』



 ミアは書庫の中を歩き回って探索する。そして特殊な本がある位置に行き、その本を手に取る。



「良かった………ちゃんと置いてある。本当に良かった」



 ミアは心底安心したというように、本に頬をスリスリする。その様子は普段の元気な姿のミアからは想像できない姿であり、異常なほど本に執着しているようにも見えた。



『なるほど。あの本のエンチャントはそういう………だとしたら鎖のエンチャントはあれか。なるほど、大体分かってきたぞ』



 ミアの様子から、今ミアがどんな状況に陥っているかを察した彼は、本を読むのに使った体力を回復させるため、再び睡眠に入ろうとする。



『クソッ、瞬間移動したせいで、蓄積していた力が大幅に減ったではないか。もう少し警戒しないとな』



 ミアがまだ本に頬を押し付けているのを確認した彼は、深い睡眠に入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る