第6話 今の時代と自身の状況

『ふむ、素晴らしいな。ほんの少しではあるが、私の錆が減少した気がするぞ』



 ミアが彼を磨き終わり床に就いた後、彼はひとりでに動き回り、自身の体を観察していた。はた目からは一切変わっているようには見えないが、彼からしたらミアの錆び取りによって自身の体に変化が起こっていたらしい。



『あの男は一年ですべての錆が除去できると言っていたが、この調子であれば一年もかからないだろうな。それに、もう少し取れれば私の能力が一つ使用可能になりそうだ』



 彼には様々な能力がある。それは彼が製作されたときにエンチャントされた能力であり、今の彼の自我を形成しているのもその効果によるものだ。

 二十の能力からなる彼の存在は、今の世界であれば一分と足らず人間を絶滅させられるほどだ。しかし、今は錆びついているため、そのうちの五つも使う事が出来ない。



『まあ、能力が使えなくとも問題ないな。私は私に相応しい使用者を見つけられればそれでいい。さて────』



 彼はミアが寝ている部屋から出ていく。理由は、今の時代がどういう世界で、どんな文明を形成しているかを把握するためだ。ミアの部屋を出ると廊下がある。廊下はそこまで長くはないが、その廊下の横の壁にはこことは別の部屋に続くであろう扉が三つある。



『まずは正面のこの部屋から入っていこう。一体どんな部屋だ?』



 彼がその扉に近づくと、扉はひとりでに動き、部屋の内部への道が開かれる。



『これも今の人間の技術か。まるで魔法の猿真似だな』



 彼はそんな感想を抱きながら、宙に浮かんだまま部屋の中へ入っていく。その部屋の中は中心に机と宙に浮かんでいる椅子が置いてあり、奥には様々な器具が置かれた台がある。その奥には何やら変な機械が壁に幾つか埋め込まれており、使用したような形跡がいくつか確認できた。



『ここは先程、あの娘が夕食を取っていた場所だな』



 そこはキッチンであった。数時間前に使用したためか台に置かれた器具はほんの少しだけ水が滴っており、冷蔵庫らしきものもある。

 彼は部屋を一通り見渡し、情報を集められそうなものが無いかを捜索する。



『ふむ、ここには特に情報は無さそうだな。基本的に食事をとる時にしか使わなさそうだ。次へ行くか』



 彼は部屋を出る。扉は彼が完全に出た所で自動で閉じ、ガチャリと音を立てる。目の前の扉の先にはミアが寝ているため、その隣の扉へ目を向け、ふよふよと近付いていく。


 彼が近付くと、その扉もまた自動で開き、部屋の内部への通過を可能にする。



『ここは………汚いな。掃除が行き届いていないではないか』



 そこはミアの部屋と同じような構造をした部屋だった。しかし幾つか異なる点があり、まずベッドがでかかった。



『一人用のベッドでは無いな。二人用か?』



 ベッドがミアの部屋のベッドよりも二倍ほど大きかった。枕も二つあり、掛布団も二人分はあろうかという大きさだ。



『そういえば、両親の部屋を掃除していないとぼやいていたな。ということは、ここはあの娘の両親の部屋か。』



 彼はミアが呟いていた話の内容を思い出し、この部屋が何なのかをある程度把握する。そう、ここはミアの両親の寝室だ。ミアが長年掃除していないためか、あちこちに埃が見られる。掃除をしていないのが両親に対する当てつけか、両親はもう帰ってこないと諦めているのかは、彼には理解することはできない。



『ここにも特に情報は無しか。では、二階の最後の部屋だな』



 彼はミアの両親の部屋を抜け出し、その部屋の向かいにある二階の最後の部屋の扉へと近付く。その部屋の扉も自動で開いたが、部屋の外から見える中の様子が、他の部屋とは異なっていた。



『この部屋は………書庫の様なものか? それにしては………』



 その部屋は一見普通の書庫であった。彼がその部屋に入ると、見えたのは所狭しと並ぶ本棚と、その本棚に多く並ぶ分厚い本の数々である。

 しかしその本は全て、彼から見ても異様であった。



『何故、全ての本が鎖で縛られているんだ?』



 本は、その全てが鎖で縛られていた。その鎖は赤く、がんじがらめにするように本が決して開かないよう縛り付けている。本棚は至って普通の木でできているが、彼はその本棚も何故か部屋に縛り付けられている様な気配を感じた。



『この鎖を解いて中身を見たいところだが、そろそろ体力が尽きそうだ。続きは後日にしよう』



 彼は今すぐにでも鎖を解いて中身を見たかった。しかし、彼は移動するたびにかなりの体力を使っており、その体力も今は無限ではない。それに、本を読んでいる最中に体力が尽きる可能性もあった。



『もしもこの部屋で体力が尽きたら、私がひとりでに動いていたことがあの娘にバレる可能性がある。それは、まだ早い』



 彼はそう考えながら、その本棚の部屋を後にする。ミアの部屋に戻った彼は、ミアが自分を置いたところに行き、その時と全く同じ体勢で自分の体を置く。



『今の消耗であれば、大体六時間ほどで全回復しそうだな。それまで、私も寝るとするか』



 彼は他に異常がないかを確認し、自身の意識を闇の中へと沈めていった。



★★★★★



『目覚めの時だ』



 消耗していた体力が全回復した彼は、そんなことを言いながら意識を覚醒させる。



『日は既に上りそうだな。少々消耗しすぎていたようだ。いざというときのために、もう少し消耗を抑えてよう動かねばな』



 寝る前の自分の動きを反省した彼は、ミアがいるであろうベッドを確認する。しかし、そこには既にミアは居なかった。



『あの娘はこの時間帯には既に目覚めているのか。良い心がけだな』



 ミアが既に目覚めていることに感心した彼は、自身が今使える数少ない能力を使い、ミアの居場所を調べる。



『さて、あの娘は………』



 視覚を今いる場所とは全く別の場所に飛ばした彼は、その視覚を外に飛ばし、ミアの捜索を開始する。



『この周辺には居ないな。学校はまだ空いていないようだが、一体どこに出ていると言うんだ?』



 彼は尚も視覚を飛ばし続け、ミアの居場所を探す。学校も一応確認したようだが、学校には人が数える程しかおらず、その中にはミアは居なかった。



『となると、ここから少し離れた住宅地か?』



 彼は住宅地に視覚を飛ばし、住宅が挟むようにできている道路を進み続ける。すると、遠くに宙を飛びながら住宅の看板に何かを入力しているミアの姿が見える。



『お、居たな。これは何をしているんだ?』



 ミアは住宅の表札に近づいては、機械を取り出し、表札に機械を近づけるという動作を行っていた。表札に機械を近づける度、機械は光を発していることから、何かを入力して送信しているようだった。



『奇妙なものだな。こんな早朝から動いているという事は、仕事ではあるのだろうが、実に面倒くさそうだ』



 その後も、ミアは住宅地の全ての住宅を周り、最後には周りと雰囲気が異なる建物へと戻っていった。



「この辺は終わりましたよー! 次はどこです?」


「あー、他も全部終わってるみたいだ! だから、今日はもう終わりで良いぞー。」


「はーい! では失礼します!」



 ミアはその建物に入っていったかと思ったら、何かを話した後、すぐに建物から外へ出てきた。



『この建物は………なるほど。新聞配達と言うやつか。ここに関しては魔法文明よりも発達しているな』



 ミアが行っていたのは新聞配達であった。表札に機械を近づけていたのはその日の分の新聞をデータとして送るためであり、あの機械はそのデータを送るための機械であったようだ。



『さて、これ以上この能力を使うとまた回復しなければならなくなる。解除するか』



 遠くに飛ばした視覚を解除した彼の目には、元のミアの寝室が映っていた。

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