第36話 良いタイミング
「────つまり、私のことを騙していたってこと?」
「ひっ! ま、まあ、その通りでは、あり、ます。」
横に並んでいるサビとミアの正面には、顔の至る箇所が赤く腫れあがった男が正座している。
その男は以前、ミアに光纏器を条件付きで売り渡した人物であり、あの時と同じようにエプロンのような服を着ており、ミア自身も、その顔に見覚えがあるようだった。
「詳細、話して?」
「……こ、光纏器はその性質上、製造する際に不良品が出やすくなるんです。満足な出力を維持できなかったり、短時間の使用で故障したり、物によっては爆発したりと、とても不安定な代物なのです」
椅子に座ったミアは、男に顎で指示を飛ばし、事の詳細を尋ねる。
すると男は怯えながらも、滑らかな喋り口調で喋りだし、光纏器の性質について語り始めた。
「何故そうなるのか、理由は内部構造の安定性に関係しているのですが、それは……一応、省略します」
「なんで?」
「あまり関係ないので……」
「そう、じゃ、続きどうぞ」
怒りを隠しもしない様子でそう返したミアを相手に、男は恐る恐るといった様子で言葉を続ける。
「幸い、製造が完了した時点でどれがどう故障するのか、見分けることは可能です。大体一割程度の確率で故障品が出てくるのですが、それは当然、廃棄という形で処理されることになります。ですが────」
男はそこで言葉を区切り、小さく息を吐いたあと、変わらぬ様子で再び話し出す。
「ですが、光纏器は何千万kwという電圧に耐えられ、使用者の手を十分に保護できるよう、非常に頑丈に作られています」
「へぇー」
「ですから、廃棄するだけでもこれでもかというほどお金がかかるのです」
段々理解してきたのか、ミアは男の話に小さく頷き、反応を示す。その様子からは先程までの不機嫌そうな様子は見受けられず、男も少し安心したような表情を浮かべた。
「不良品の光纏器は、私共からすれば厄介者でしかありません。できれば不法投棄でもしたいのですが、それをすると籠亜を追われてしまうため、別の方法で不良品を処理しなければなりませんでした」
「それで、安い値段で客に売りつけていたと?」
「その際に契約書も書いてもらい、新品の光纏器をタダでお渡しするという体で、定期的に不良品をそちらに買い取ってもらうようにしたのです」
「つまり、私は知らない間に廃品回収業者にされてたわけだ」
「そういうことです」
「やかましい!」
いつの間にか心の余裕を取り戻していた男を相手に、ミアは額に血管を浮き上がらせながら怒鳴る。その怒声を受け、男は肩がビクッと動き、冷や汗をダラダラと垂らしはじめた。
「す、すみません」
「はぁ……だからあの光纏器はすぐに壊れたんだ。返品はできないの?」
「それができないよう契約書に書かせていただいたので、残念ながら返品はできません」
「ま、お金を大量にだまし取られたわけじゃないから、別に激怒はしないけどさ」
その言葉を聞き、男はホッとした表情を見せた。
ミアはというと男をどうすべきかで悩んでおり、今の状況と合わせて考えても、逃がす以外の選択肢はないと考えていた。
「でも、このまま帰しても癪だし……」
その呟きを聞き、男は分かりやすく顔が引きつる。ミアは男の表情の変わりように微笑しながら、机に肘をついて考え始める。
「ねぇ、今外ってどうなってる?」
「えっ?────ああ、なんか殺人鬼が出たみたいで、警察があちこち動きまわってますね。何故かこの一帯に向かっている集団がいましたが、それがどうかしましたか?」
「その集団が警察関連だとすると……あー、面倒くさい」
警察が動いているのは自分を逮捕するためだろう、とミアは推測し、低く唸りながら頭を抱える。
なにやら困っている様子の彼女を見た男は、外の状況と自分の状況を照らし合わせ、ふと一つの考えに辿り着く。
「え……まさか、殺人鬼って」
「違う! 私はなにもやってないの!」
「つ、つまり、今追われてるのは、貴方なのですか」
「そうだけど、なに?」
「はやく出頭した方がいいですよ! 冤罪にしろそうでないにしろ、籠亜に通う生徒である貴方は、確保に生死を問われないんですから!」
籠亜に通っている生徒は、その全員が様々な戦闘訓練をうけている。その成果か、中には大人と同等かそれ以上の強さを持つ生徒が現れることがある。
もしもその生徒が罪を犯した時、いくら警察でもそんな生徒を逮捕するには、少なくない損害を受けることになる。そのため、犯罪者となった籠亜の生徒は、殺害による確保が、警察組織では許可されていた。
「そんなこと分かってる! でも────」
それはミアでも知っていることであったが、冤罪で逮捕されることを許容できるほど、彼女は冷静ではなかった。
「────ミア・ランドガルドさん? ドアを開けてください」
そんなミアの耳に、よく響く男の声が入ってくる。その声は学校から転移する直前にも聞いた声であり、それは声の主が警察であるという証明でもあった。
「まさか、もう来たの?」
「そりゃそうですよ! 警察ですよ? いくら個人情報の扱いが厳重とはいえ、国家組織に住所が割れない可能性なんてあるわけないでしょう!?」
驚きのあまり、ミアは一時的に思考が停止してしまう。警察官の声はとてもゆったりとしているが、決して逃がさないという意志を感じ取ることができた。
「せめて……なんで追われてるのかを知ることができれば」
逃げるだけであれば、サビの能力でいくらでも逃げることができる。まともな生活を送ることはできなくなるだろうが、ミアは最悪、それでも構わないと考えていた。
しかし、殺人鬼として追われている理由も把握しておきたいという考えもあった。
「ミアよ。そこの男を使えばよいのではないか?」
「え?」
「え?」
◇
後ろに大勢の武装した警官を連れ、ミアの自宅の玄関前に立つ男「ケリイ」は、声をかけてもミアが出てこないことを悟ると、小さくため息をついた。
「やっぱし無理か」
「突入しますか?」
疲れたようにそう零したケリイに、武装した警官の1人がそう提案する。その警官を含め、武装している警官の多くが、突入準備ができているという風に光線銃と光束剣を構えている。
「警告も済みましたし、これで反応が無いのであれば、突入するしかありませんね」
「では────」
「動くなぁっ! 全員、武器を捨てろ!」
突如、ミアの家のベランダからそんな声が響いてくる。
ケリイを含め、武装した警官の全ての視線がその方向へと向き、そこに立っていた人物を目で捉える。
「武器を捨てろ!」
「あれは……ミア・ランドガルドと、誰だ?」
「着用している制服からして、籠亜にあるエネルギー兵器専門店の店員でしょう」
「この男がどうなっても良いのかっ!」
ベランダに立っているミアは、店員の男を正面に立たせ、その男の首にサビの刃を背後から当てるようにして警官たちを見下ろしていた。
「どうします? 狙撃しますか?」
「可能ですか?」
「無理ですね。店員と思しき男の体格が標的よりも大きいせいで、体の部位の殆どが男の背中に隠れてしまっています。それ専用の光線銃がなければ、彼にも被害が出てしまいます」
「では、一旦武器を捨てましょう」
「分かりました。武器をその場に置き、両手を上げろ!」
ケリイと話していた武装警官が後ろへ指示を飛ばすと、武装警官の全員が武器を地面に置き、頭上へ真っすぐに両手を上げた。
「要求はなんだ!」
武器が置かれたのを確認すると、ケリイは会話を先回りするようにして、ミアにそう言葉を飛ばした。あまりに淡々としすぎているため、ミアは少々困惑して言葉に詰まるが、喉を鳴らし、大きく息を吸って要求を伝える。
「私を連行しようとしている理由を教えろ! 教えないと、この男の首を────斬る!」
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