第37話 錯乱

「私を連行しようとしている理由を教えろ! 教えないと、この男の首を────斬る!」



 ミアはサビの刃の腹の部分を店員の首に押し当て、警官たちに見せつけるようにしてそう叫ぶ。ケリイは眉根を寄せ、不思議そうな顔をしたのち口を開いた。



「自身が追われている理由が分からないと?」


「あっ────当たり前だ! 私は殺人をした覚えはない!」


 ────少なくとも、警官にバレるような状況では。



 そう考えながら言葉を返し、必死に訴えかけるようにケリイの目を見つめる。

 これで「間違いだった」と帰ってくれれば万々歳だが、ミアはそんなに上手くいくとは思っておらず、その予想通り、ケリイの口からはかなり最悪に近い答えが返ってくる。



「良いだろう。なら、教えてやる」


「……マジか」



 この言葉からして、自分を逮捕するための大義名分自体はあるのだろう、とミアは考えた。

 それがどんなものなのかはまだ分からないが、この時点で、彼女はその罪を償う事以外では平和な生活を送ることができなくなったことになる。そこには、その罪が架空のものであるか、事実のものであるかの関係は無くなっていた。



「先月の話だ。お前が山地に現れた淵駆を討伐するべく、三人のメンバーともにそこへ向かった時、なにがあったか覚えているか?」


「先月……まさか、white typhoonの?」


「そうだ」



 ミアにとってとても印象的だった日のため、ミアはその日をすぐに思い出すことができた。その日に自分が事件を起こしたのだろうと推察するが、ミアにそんな心当たりは一切無かった。



「その地で、一人の男性が行方不明になっていたという報告は聞いていたな?」


「……それが?」


「お前、その男性を刺し殺しただろう。今手に持っている、その剣で」


「は?」



 ミアは耳を疑った。

 確かに、行方不明になっている男性がいるのは聞いていたし、その男性をサビの能力を解放するために刺したのも事実だからだ。

 しかし、あの男性は自分が刺すまでもなく、死んでいたはずだと思った。



「さ、刺し殺した? 私が?」


「そうだ。胸に刺さっていた傷とその形から、光束剣などのエネルギー兵器で殺害されてはいないと分かり、淵駆の爪の形とも違うと分かった。そして唯一傷跡と一致したのが────お前の持つ剣、というわけだ」


「い、いや、いやいやいや!? あの男性、私が来たときには既に亡くなってたよ⁉」


「確かに、淵駆の襲撃をうけ、あの男性は非常に危険な状態に陥っていた。しかし、少なくとも君たちが討伐に赴くまで、男性は心臓に取り付けられた装置によって一命をとりとめていたのだよ。それを、お前がとどめを刺して────殺したんだ」



 ミアのサビを持つ手が揺れ、その声色からは信じがたいといった感情が読み取れる。

 店員の後ろに隠れているため警官たちには分からないが、ミアは今、とてつもない量の冷や汗を流していた。



「……サビ、今の話、本当?」


「ああ、本当だ」



 ミアの問いに対し、サビが淡々とした声色でそう答える。困惑の感情でいっぱいになったミアは、その感情を隠そうともしないまま、サビに更に疑問を投げかける。



「知ってたの?」


「ああ」


「なんで教えてくれなかったの?」


「生きていたことが分かったのは私が刺しこまれた瞬間だったうえ、あの時はそんなことを伝えている暇はなかっただろう? 私を恨むなよ」


「いや……はぁ。もう、どうでもいいや」



 ため息と共にそう呟くと、ミアは店員の首にあてていたサビを引っ込めた。



「あ、あれ? 解放してくれるんですか?」



 人質にされ、もしかしたら生きて帰れないだろうと感じていた店員の男は、振り向きざまにそんな疑問を口に出す。



「いや? そういう訳じゃないよ」


「やるのか?」


「やる」


「最初は楽しいだろうが、いずれは快楽に溺れ、廃人になる可能性もあるぞ」


「このまま警察に追われ続けるのも嫌だし、かと言って捕まったら殺されるから……もう、いい」



 指をポキポキと鳴らしながらそう零すミアは、どこか吹っ切れた様子でベランダから警官たちを見下ろす。



「記憶が戻ったあの日、私は多分、人が変わったんだと思う」



 ふよふよと浮遊しているサビを横目に、ミアは誰に言うでもなく語りだす。



「今までできなかったことができるようになったし、知らない筈のことを知識として沢山知っていた。でも、それに違和感は覚えなかった」



 浮遊するサビの柄を右手で掴み、サビの全身を見回しながら、刃の部分を優しく、左手で撫でまわす。



「それでも普通に生活してたけど、やっぱり、我慢できないよ」


「へ?」



 そういうと、ミアはサビを再び店員の首に添えた。



「あの快感を知っちゃうと、ね」



 めいっぱいの力を込めて店員の首に押し付けられたサビの刃は、いとも容易くその首を切断した。



    ◇



「総員! 武器を拾って警戒態勢!」



 ミアが店員の首を切断する様子を見ていたケリイは、ミアを視界に収めたまま武装している警官たちへそう声を飛ばす。

 一瞬だけ金属の触れ合うような音が響くが、その音が響いたあとには、警官たちの手には小型の光束剣と光線銃が握られていた。



「錯乱ですか?」


「恐らくそうだ。見ろ、奴の周囲に漂う湯気のようなものを」



 ベランダに立つミアの全身からは、白く濃い湯気が立ち上っていた。それを指さしながら、ケリイは淡々と言葉を続ける。



「永久機関を使用する際もよく見られる現象だ。見たことないか? 町の動力源、それを支える、一ミクロンほどの大きさしか持たない藍色のジェル状の物体を」


「業務上、一度だけ見たことはありますが……まさか」


「ああ。つまり、奴が伝承に伝わる────魔人だ」



 そう言葉を零しながら、ケリイは人差し指として取り付けられている光線銃から、ほんの一瞬だけ一筋の光を放つ。

 それはベランダにて、店員の血を浴びるように飲んでいるミアの右目に命中した。

 ミアの体はバランスを崩し、二階のベランダから真っ逆さまに落下するが、地面と衝突する寸前、空中で体勢を立て直し、サビを右手に持ったままその場で停止した。



「浮いた……」


「驚いてる暇はないぞ! 見ろ! 奴の目は既に再生している!」



 ケリイの言う通り、ミアの目は落下から浮遊までの短時間で既に再生していた。その瞳が動いたのを認識すると、ケリイは更に声を張り上げる。



「遠隔部隊! 再生の暇を与えず、対象の胴体へ向けて光線銃を継続的に照射! 近接部隊! 遠隔部隊の射線を避けつつ、再生の暇を与えないまま手足を切断し続けろ!」


「首ではないのですか!」


「変わらん! 対象の意識は脳にだけ宿っている訳では無い! 撃てぇーっ!」



 その言葉と共に、集団の後ろの方から一筋の光線がいくつも伸びてくる。それらはミアの胴体に直撃したと思うと、瞬く間に彼女の体を穴だらけにした。



「近接部隊は光纏器と光束剣を同時使用! 1から4番がそれぞれ手足の切断にあたり、それ以外は四人の背後で支援を!」



 集団の前側にいた警官たちはミアの体の周囲に素早く移動し、ケリイの指示の通り、光纏器を使ってミアの手足を切断した。



「────流石に、もう死んだのではないですか?」



 大量の警官に攻撃されたミアの体は悲惨な物となっていた。四肢と首は切断され、胴体からは大量の血が溢れだし、とても人間が生きている状態とは思えない。

 しかし、ケリイの表情は、未だ晴れぬままであった。



「ふざけたことを言うな! 見ろ、まだ浮遊しているだろう!」


「しかし、まさか」


「魔人は永久機関を持っている! その意味が分かるか!? “半”永久機関ではないんだぞ! つまり、殺されてもその機能は停止しない! 続けろ!」

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