第2話 ミア・ランドガルド

 少女の名は、ミア・ランドガルド。高等学校へ通う、一人暮らしの女の子である。

 十四歳のころから一人で暮らし始め、十七歳の現在までなんとか一人で暮らしてきた。


 ミアは国立籠亜高等学校に通っている。そこは、ある大穴から這い出てくる怪物、『淵駆』と呼ばれる存在を世界に解き放たないようにするために、それに対抗できる人材を育成するための教育機関である。

 淵駆には人類が保有する兵器の大半の攻撃が通じない。ダメージを与えられるのはエネルギー兵器などの光を伴った攻撃だけであり、火薬などの攻撃は殆ど通じない。


 そんな怪物が世界に解き放たれれば、人類はたちまち絶滅の危機に瀕してしまう。それを防ぐため、直径数キロにも渡る大穴を囲うように国立籠亜高等学校が建設された。大穴は二十四時間ぶっ続けで監視されており、一分ごとに自動で異常の有無がある場所に報告される。


 しかし、そんな監視装置にも弱点はあり、小さな異常であれば装置が異常だと認識しない。装置の改良は何回もなされているが、それでも完璧に改良されているわけではない。そのため、高等学校の生徒が複数人でチームを組み、交代で一日に一回大穴の周囲を見回ることが規則で決められている。

 ミアは今日の当番であり、他のチームメンバーと手分けをして大穴を見回っていた。



「今の所異常なしね。大穴からも淵駆が出てくる気配はない。平和だ!」



 ミアは足につけた装置で大穴の周囲を飛んで周っていた。装置の名前はホバーブーツ。機能はその名前の通り、足に取り付けて起動すると空を飛ぶ事が出来るようになる装置である。使いこなせるようになるまで訓練は必要だが、彼女はその訓練を終え、既に自由な使用の許可を得ていた。


 ミアは空を飛びながら風を感じ、実に爽快な気持ちで周囲を警戒して観察している。彼女は動体視力も鍛えられているため、素早く飛んでいても地面に落ちているコンタクトレンズですら見逃す事は無い。



「淵駆が最後に大量に出てきたのいつだったっけ? 一か月前? 分からないけど、それくらい前だった気がするなぁ。だとしたら、もうすぐでまた大量に淵駆が出てくるのかぁ。嫌だなー」



 淵駆は定期的に大穴から大量に這い出てくる。その量は直径数キロの大穴を埋め尽くすほどであり、籠亜の生徒と教師が全力で対抗してやっと殲滅できる程である。

 勿論ミアもそれに毎回参加しており、その度に限界まで疲労して一日はベッドで過ごすことを強制される。



「新しい兵器も最近開発されてないし。最初は淵駆狩りも楽しかったけど、今は全然楽しくないし」



 ミアは戦うのは嫌いではない。むしろ好きな方である。しかし、籠亜に入ってから定期的に限界まで疲労するほど戦わされていると、流石に嫌になってくる。

 ミアは近日中に来るであろう淵駆を忌々しく思いながら周囲を警戒する。そうしてしばらく無言で飛び続けていると、穴の傍に何かが落ちているのが見える。



「なにあれ………? 淵駆、じゃないよね。どう見ても錆びた剣だし」



 近づいてみてみると、それは凄まじく錆びた剣だった。辛うじて原型は分かるものの、柄の先端から刃の先端まで錆びており、とても状態が良いとは言えない。

 ミアはポケットから円状の装置を取り出す。それを錆びた剣に向け、装置を起動する。すると装置は黄色の光を発し、点滅した。



「無害、ね。手にとっても大丈夫かな?」



 ミアは手袋をつけた手で錆びた剣を手に取る。その剣は見た目に反してとても軽い。ミアのような少女でも振り回せるほどだ。強度を確かめたいミアは、剣を持っていない左手を丸め、錆びた剣を軽く叩く。



「この硬さは……本当に金属? 特殊プラスチックなんかよりも固い気が………」



 ミアは錆びた剣の固さに驚きつつも、その剣を持ち、先程まで飛んでいた方向と逆の方向を向く。



「取り敢えず研究施設に送らなきゃ」



 ミアはそう言うと、自身が出発した施設の方向へ飛んでいった。



    ◇



 彼は自身の力を使い、穴の外へと脱出していた。しかし、瞬時にミアの接近を感知したため、ただの錆びた剣の振りをしてその場に転がっていた。

 そしてミアに見つかってしまったため、彼は今、彼女の小脇に抱えられて空を飛んでいる。



『ほう、人間は魔法無しで空を飛べるようになったのか。魔力の無い畜生にしては目覚ましい発展だな。しかし………』



 彼は半ば感心していた。彼は魔力の無い人間を見下していたため、魔力が無いのに魔法のようなことをなしているのを見て、自分の認識が書き換えられた気がしたのだ。

 そして、それよりも驚いていることが一つだけあった。



『この娘、魔力持ちか。絶滅したと思っていたが、まさか生きていたとはな』



 彼の記憶では、魔力を持っている人間は魔力を持っていない人間によって絶滅したはずだった。そのため、彼は人類でも滅ぼそうかと考えていたが、予想外に生き残っている者がいたため、人類を滅ぼすのは一旦やめようと決めていた。



『ん?飛ぶのをやめたか。どこへ向かっているんだ?』



 彼を持っているミアが飛ぶのをやめ、建物の入り口に向かっていく。入り口は光の幕の様なものがあり、それによって入室が制限されているようだ。

 彼女はそれに右手で触れる。するとその幕は仄かに点滅した後に消滅した。



『素晴らしいな。魔法には及ばぬが、畜生どもの技術も捨てたものではないな。将来的には絶滅させようと思っていたが、家畜として飼うのも悪くなさそうだ。』



 ミアが建物内に入る。中にはいくつものホバーブーツが壁にぶら下がるように浮かんでいる。彼女は中央にある道を進み、しばらく進んだ先にあった扉の中へ入る。

 そこには数人の研究者がいた。彼らは淵駆からとれる素材の解析や、新兵器の開発に携わっている者たちだ。彼らの本拠地はここではないが、彼女がこうして錆びた剣を持ってくるように、他にも様々なものが穴の周辺に落ちていることがある。彼らはそれの解析をするために、本拠地から派遣されていた。


 ミアが扉の中に入ると、研究者が一斉に彼女の方を向く。しかし大半が一瞬で興味を失い、それぞれが自身がしていた仕事へと戻る。

 仕事へ戻らなかった研究者が一人、彼女に近づいていく。彼女もその研究者に近づいていき、話すのに最適な距離まで近づいたところで、彼女が研究者へ錆びた剣を手渡す。



「お疲れ様です。これは?」


「はい。大穴の警戒をしていた際、近くに落ちていたのを発見しました。一応、害がないことだけは確認しています」


「なるほど。把握しました」



 ミアの渡した剣を受け取ったのは男性の研究者だ。男は剣を興味深そうに見つめながら、周りに被害が出ない程度に振り回したりしている。



「軽いですね」


「はい。材質は金属に近いはずなのですが、異常なほど軽いのです。かと言って密度が低いわけでもありません」


「確かに。密度は………詳しく調べないと分かりませんが、かなり高いですね」


「どうされますか?」


「こちらで一度検査してみましょう。検査が完了したら………ああ、そういえば、あなたのお名前を教えてもらっていませんでしたね」


「ミア・ランドガルドです」


「おお、あなたでしたか。なぜかいろんな人から嫌われているっていう」


「私にとっても不思議でたまりません」


「何かの勘違いだと思っていましたが………その人たちの気持ちも分かる気がします。私は今、あなたに対して好意的な感情を抱けていませんから」


「話はここまでにしましょう。時間がもったいないです」


「その通りですね」



 男性は咳ばらいをし、錆びた剣を空中に浮いている台に乗せる。その台を隣に浮かべながら、ミアに向き直り、先の言葉の続きを話す。



「検査が完了したら、一度あなたに連絡しますね。異常が無ければ、この剣はあなたにお返しします。錆び取りを依頼するかもしれません」


「分かりました。では」



 話が終わると、ミアは足早に研究室を出ていった。





単語説明:淵駆


 火薬兵器、核兵器が一切通じない怪物。人類を目の敵にしており、人間を目にすると暴走したように襲い掛かる。

 基本的な出現場所は大穴だが、たまに大穴とは全く別の場所で前触れなく姿を現す。なお、そうして出現した個体は通常よりも数倍ほど強力になっている。何故かミアには攻撃されない限り危害を加えないが、誰もその事には気付いていない。

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