第14話 嬉しかった
「────────うし、依頼完了っと」
「────え?」
ミアが本の場所を話した途端、ラックの様子が急変する。先程までミアの事を心配していそうな表情をしていたラックはもうそこにはおらず、淡々と端末を取り出し、通話相手にミアの言った内容と同じことを報告しているラックがいた。
「な………え……………どういうこと?」
「分かんないか? 演技だよ演技。反書の持ち主の本に対する執着心は知ってたからな。拷問なんかじゃ聞き出せない可能性があったんだよ」
「え……………自宅の場所は、バレたって……………」
ラックはミアへ向き直り、馬鹿にするように肩をすくめる。
「嘘に決まってんだろ? だからこっちに戦闘部隊が派遣されてるのも嘘だし、なんなら爆発音と衝撃も機械で出したものだぞ」
確かに、周囲を見渡すと特殊プラスチックの破片は一切散らばっていなかった。飛んできたように見えたのは立体映像だったらしい。
ラックは肩と首を回し、疲労した体をほぐしている。ミアの頭がその状況の理解を拒み、心の中で嘘であってくれと何度も唱える。
「にしても大変だったぜ? 最初なんも考えず拷問しちまったからよ、お前を落ち着かせるのに結構時間がかかっちまった」
「ゎ……………たしの、家、は?」
「報告したからもうそこへ向かってると思うぞ」
「本────────」
「それも場所は分かったし、あとは回収するだけだろうな。一件落着だ」
「ぁ………あぁ……………あぁぁ………私は、なんで………」
本が奪われると認識したミアは、頭を何度も壁へ打ち付ける。本の場所を教えた後悔からか、はたまたこんな策にはまった自分への罰かは分からない。
ラックはそんなミアを蹴り飛ばす。何度もバウンドしながら吹き飛ばされたミアは、うわ言のように何かを呟いている。
『エンチャントの矛盾によって本の場所を教えてしまい、そして教えてしまった事による精神ダメージを食らったか。この娘もここまで────────』
「よし、お前の事は好きにしていいって言われたし、色々と実験をさせてもらうか!」
『────な訳が無いか。そもそもそれ目的でこの依頼を受けた男だからな』
★★★★★
それから更に一週間、ミアは様々な機械、薬品の実験体として扱われていた。
体内電気を操る装置、脳の信号を遮る装置、自我を消し、別の人格を生み出す薬、他にも様々な実験をされたが、全て未完成の代物だったため、それらが完全に機能する事は無かった。
しかし、そんな実験を一日ぶっ続けで一週間もやらされていたミアは、既に壊れかけていた。寧ろ壊れていないのが不思議なほどである。
『今日が山場と言ったところか』
「と……………さん……………あ………………さん………」
「お前、よく耐えてるなぁ?被検体としては優秀だな。すげぇよ」
頬はこけ、右目の視力は無くなり、髪は大半が抜け落ちている。手足も瘦せており、筋肉がほぼ無くなっているのか骨の形が見え始めている。
「…………ら………………く………」
「そろそろ本気で殺処分するからな。実験したかった物ももうないし、そもそも健康体でなきゃ実験できないものもあるし。」
「……………み………………ず………」
「いらねぇだろ?もう死ぬんだし。さて────────」
ラックは寝転がっているミアから離れる。ミアはトイレにも行かせていないため、檻の中は糞尿であふれていた。酷い匂いであるが、ラックは防護服を着ているため何ら問題はない。
ラックは光纏器を起動する。檻を毒で充満させて殺すという手もあるのだが、ラックは自身の手で殺してやりたいようだ。しかし、それは単に人を殺したいという欲求があるからであり、決してミアを一瞬で楽にしてやりたいからと言うわけではない。
ラックの手を光の刀が包む。周囲の空気もその光纏器が発する熱に熱せられ、蜃気楼のように空間がグラグラと揺れているのが見える。
『ここまでか。まあ、失望したという程では────────なに?』
「最後に何か言いたいことはあるか?俺の他に何か言ってやりたい事がある奴が居れば、言っといてやるよ。お前の最後の言葉だってな」
ミアは自分の命がもう終わることを朧げに理解する。
(言いたいこと────────)
様々な感情が渦巻く。ラックへの恨み、親への恨み、学校での生徒たちへの恨み────今までミアへ様々な仕打ちをしてきた者たちへ、恨みだけが募っていく。
『まさか────条件が揃っている!このままでは!』
(言いたいこと────────)
何を伝えてもらおうか。そして、伝えられた相手は何を想うだろうか。何を考えるだろうか。親は自分の死を悲しんでくれるだろうか。生徒たちは多少は自分の死を悔やんでくれるだろうか。
(ありえない、か)
『どうする……どうするどうするどうする! あのエンチャントがないから我には何もできない!』
親は自分が死んでも何も思わないだろう。というか、伝わるかどうかすら怪しい。生徒たちは逆に喜ぶだろう。それを表に出す事は無いだろうが、皆が内心歓喜するはずだ。
『くそっ! 前触れを感知できなかった! 失態だ!』
「い……………た………こと………は………」
彼が自分から動き出そうとしたとき、ミアがガサガサの声で話し出す。彼は動き出すのをやめる。ミアは残った左目でラックを見つめ、何かを喋っている。
全身脱力した状態で口だけを動かしているミアは、喋るたびに自分の命が削られているのが分かる。だが、どうしても伝えておきたいことがあった。
「あ?聞こえねぇよ。言いたいことが無いなら」
『今ここで、殺すしか────』
「あり………………う…………」
「は?」
ラックは耳を疑った。何があろうと今の状況に似合わない言葉が聞こえたからだ。そして、ミアの腰にいる彼も驚いていた。別の事に、だが。
『ッ────収まって、いくだと? あれを、制御しているのか?』
「今、ありがとうって言ったか?聞き間違いか?」
ラックが困惑しているのをよそに、ミアは伝えたいことだけを話していく。喉も舌も限界まで乾き、決して喋れる状態ではない。
「わ………しは………………ずっ………一人……………だった」
「は、はぁ?」
『────────制御でもない。あの魔力の変質自体を、戻している?変質する前に?』
ミアは体に力を入れ、立ち上がろうとする。しかし、既にそんな力は残っておらず、指一本すら動かす事が出来ない。せめてといった感じで顔をラックの方へ向かせ、既に見えていない右目からも涙を流しながら、命を削って喋り続ける。
「しょく……………すら………だれとも………なかった」
「だから何だってんだ!」
ラックは予想とは大きく違うミアの話へ激昂しそうになる。ラックはもっと、誰かへの恨みつらみを話すかと思っていたのだ。
彼女の親は控えめに言って最低だ。ラック自身も心の中ではそう思っており、親への悪口でも言うのだろうかと考えていた。しかし実際に話しているのは、ラックへの感謝の言葉だった。
「あなた………は、私の………話……………きいて……………励まして………」
「だから、それは嘘だって!そんなこと思ってるわけないだろ?」
「うそ……………でも……………嬉しかった……………」
『面白い……………ああ、面白い。興味がわいた。こんなのは主でも不可能だった。どんなに優秀な魔力持ちでもだ! それを、この娘はやり遂げた!』
ミアはなんとか言葉を伝えようと、大声を出すつもりで喋る。実際に聞こえる声はか細いが、それでもラックにはしっかりと伝わっていた。
ラックは頭を掻きむしり、光纏器をミアへと向ける。その目には期待を裏切られたことへの恨みがこもっており、もう話も聞きたくないといった様子だった。
「聞いた俺が馬鹿だったぜ! 一瞬で楽にしてやる! 二度とそんな口を利けないようにな!」
「ありがとう………」
「聞きたくねぇってんだ────────」
「────────認めよう、我が使用者として」
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