第15話 後は任せろ

は………もう意識も保てなさそうだな。応急処置はしたから大丈夫だが、今は休んでいろ」


「ぁ………え? け、けんが……………」


「もういい、今は休め。後は任せろ」



 彼のその言葉を最後に、ミアの意識が闇に落ちる。目を閉じ、寝ころんだままピクリとも動かなくなり、その様子から本当に眠ったのだと察することができる。

 それを確認した彼はラックの正面に、彼女を護らんと立ちはだかる。



「んな……………剣が、喋ってる?」


「ふむ、やはり争浄器そうじょうきを知らないか。という事は、大穴に入ったという訳ではないんだな」


「は? 何のことを……………」


「ああ、よいよい。話さなくてよいぞ。私がミアの武器になった今、貴様の声は不快でしかないからな」



 ラックは目の前の光景に困惑する。剣が一人でに浮かび、人間の言葉を喋っているのだ。どこから声を出しているのかは分からないが、今はそんなことはどうでもいい。


 ラックは光纏器を構え、目の前に浮かぶ錆びた剣を警戒する。剣はふよふよと浮遊しており、まるで紐に括りつけられた風船のようだ。



「っ────て、てめぇ、なにもんだ?」


「ほう、ただの人間ごときが、私に質問を? ────身の程をわきまえろ」


「ッ!」



 剣が動く。そこに攻撃の意志を感じたラックは、攻撃の軌道も分からないまま回避行動をとる。先程いた場所から数メートル後ろに飛び、剣の攻撃は避けたつもりだった。



「な⁉ 一瞬で、腕を!」


「ほう、ミアのように悶絶したりはしないのだな。やはり腕を斬られるのに慣れているようだ」


「ちっ!」



 ラックは一瞬で光纏器を持つ右腕を斬り落とされていた。その瞬間は一切視認することが出来なかったうえに、切断された腕の断面は異様なほど綺麗だった。


 ラックは機械を使って数秒で止血を終わらせ、斬られた腕から光纏器を取り外し、それを残っている左腕に取り付ける。その間、剣はラックの事を待ってくれていた。



(クソがッ!舐めやがって!)


「舐めているのではない。貴様の実力と私の実力、その差に見合った行動をとっているだけだ。謂わば────────手加減、と言うやつだ」


「な、心がっ⁉」


「畜生どもの考えなど、私に隠し通せるわけが無かろう?」


「誰が、畜生だ!」



 彼の言葉に激怒したラックは、錆びた剣に光纏器を振りかざす。彼はそれを避けようとはせず、攻撃が来るのをじっと待ち構えていた。



(こいつ、まだなにか……………いや────)


「関係ねぇ! 光纏器で斬れない物は存在しねぇ!」


「ふむ……………」



 ラックの攻撃が彼へと命中する。バチバチッという激しい音が響き、光纏器が直撃した地点から激しい火花が舞い上がる。しかし────────



「効いて………ない……………⁉」


「威力は素晴らしいな。ミアが欲しがるのも分かる。だが………」



 彼は自身の体(剣)を光纏器の真下へ潜らせ、光纏器をラックの素手ごと斬り刻む。



「使い手自身が弱ければ、どうと言う事は無い」


「ぐっ! 見えない……………なぜ……………!」


「何故……………何故か? そうだな……………」



 彼は考え込むような声を上げる。掌を斬り刻まれて、左手が手首だけになっているラックは、そんな彼に恐怖を抱く。



(ヤバイ、こいつは……………このままじゃ、死ぬ?)


「ふむ、人間どもは視覚情報を光で得ているのだったな。であれば────────光よりも速く動けば、問題なかろう?」


「ふざけたことを……………!」



 ふざけているとしか思えない剣の発言に、ラックは再び激怒しそうになる。しかし、彼我の実力差は明白。ラックが勝てる相手ではない。



(ならば─────)


「いったん退避だ!」


「ほう? この施設全体に仕掛けていたか。用意周到だな。」



 ラックはこの施設の至る箇所に設置されている煙幕を起動する。一瞬で施設内は真っ白になり、ラックの視界も機能しなくなる。

 しかしラックは施設の構造を完璧に把握しているため、煙幕で視界が遮られている状態でも逃げる事ができた。



「あの場所に辿り着けば、あいつも追いかけられないはず……………!」



 ラックは目的の位置を目指して走り続ける。



(あそこを右、次を左、その次は────)



 ラックは曲がり角をいくつも曲がり、着々と目的地へ近づいていく。そして施設から脱出するための抜け道が目に入る。



「あった! あとはあそこに────」


「どこへ行くつもりだ?」


「なっ⁉」



 いつの間にか、ラックの目の前にあの錆びた剣が現れていた。ラックは煙幕が切れていたのかとあたりを見渡すが、煙幕はまだまだ施設中に充満しており、とてもまともに人を探すことはできない。



「煙幕を撒いたのに、なぜ!」


「逃げられると思うなよ、人間。」


「待て! 俺はまだ────」


「『次元切断』」


「ま……………だ………」



 彼がその技をラックに放つと、ラックは縦に二枚におろされ、その綺麗な断面を上に向け、横へと倒れた。

 ラックの居た空間は謎の切り傷が入っている。その切り傷は人が認識できる空間にはなっておらず、表すなら現在と過去が交差している空間だった。


 その空間も数秒後に閉じ、そこにはラックの死体だけが転がっていた。



「やはりこの能力は連発すべきではないな。消費する力が大きいうえに、現実世界に何らかの悪影響を及ぼす可能性がある」



 彼は切り傷があった空間を見つめ、自身のはなった技を少し警戒する。



「おっと、こうしてはいられない。ミアの治療をしなければ。早くせねば手遅れになってしまう」



 彼は、その場から瞬時に姿を消した。



 ★★★★★



 夢を見ていた。いつか見たような光景、だが、全く思い出せないような夢。


 ミアがいる場所はある山の頂上だ。彼女はそこで、綺麗な毛並みをした巨大な虎と相対していた。



『我はお前と契約を交わそう。永遠に、そう永遠にお互いを縛りつける契約だ』


『あなたはどうなるの?』


『契りの血書。つまりは本となる。お前の記憶から我は消え、お互いを縛る契約だけが残る。我の自我も消失し、暫く会うことは叶わないだろう』


『なんで⁉いや!消えないで!忘れさせないで!』



 ミアは虎の首元に抱きつき、決して離すまいと手に力を籠める。しかし、虎の姿はどんどん薄くなっていき、ミアの意識からも消失していく。



『大丈夫だ。我とお前は契約で結ばれている』


『なんで、私、これからどうやって!あなたがいない人生なんて………!』


『だから、待っていてくれ。きっといつか、また会える』


『いつかって………そんなの……………!』



 ミアはどんどん感触が無くなっていく毛並みを掴みながら、虎に向かって叫び続ける。虎はそんなミアに優し気な目を向ける。



『契約がいつか────成就することを願って』



 気付くと、ミアの前には一冊の鎖で縛られた本が落ちていた。



 ★★★★★



「んあっ⁉ 私死んだ?」



 ミアが目を覚ましたのは自宅のベッドの上だ。髪の毛は元のように綺麗な金色のショートヘアに戻っており、体も拷問を受ける前に戻っていた────────左腕を除いて、だが。



「あれ、私、なんでここに……………」



 ミアは意識を失う前に何をしていたかを思い出す。



「私、確かラックに────」


「────目覚めは快調か? いや、快調でなければ困るな」


「け、剣が浮かんでる⁉」



 ミアの目の前に、剣が喋りながら浮かんでいる。ミアはその光景に目を疑うが、目をいくら擦っても、頬をつねっても何も変なことは起こらない。



「え? 現実? え? なんで?」


「そんなことはどうでもいいのだ。ミアよ、私の錆び取りをしてくれ」


「え? 錆び取り……………?」



 言われて気付くと、浮かんでいる剣は錆びていた。それに見覚えがあったミアは、頭を抱え、悩ませた後、「あっ!」と言う声を上げる。



「あなた、大穴で拾った剣⁉」


「そんなこと分かっているだろうに。さあ、良いから早く錆び取りを────」


「喋れるの⁉ 凄い!」


「錆び取りを────」


「じゃあ名前を決めなきゃね! 何が良いかな~」


「錆び取りを……………というか私には既に名前が────」



 ミアは頭を一分ほど悩ませた後、彼もびっくりするほど安直な名前で彼を呼ぶ。



「あなたの名前は『サビ』ね!錆びてるから、サビ!」


「錆び取り……………」


「これからよろしくね!サビ!」


「はぁ……………苦労しそうだ。」



 サビは、これから始まるであろう生活に頭を抱えたような錯覚を覚えた。






 主人公の能力説明


・次元切断

 五レベルエンチャント。発動すると、同次元にある物であれば問答無用で切断する。その際は空間も切断され、その切断痕は暫く残り続ける。それに触れたものは四次元空間に飛ばされ、帰還できた者は存在しない。このエンチャントで別次元にある物を切断することはできない。

 これを愚者が使えば、世界は容易に混沌に包まれる。

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