国立籠亜高等学校

第16話 ミアの立ち位置

「あ、そう言えば、本はどうなったの! あいつらに奪われて────」


「ああ、それは問題ない。ちゃんとこの家にあるぞ」



 左腕の無い体を動かし、ミアは本棚がある部屋へ行こうとする。サビはそれを引き留め、彼女を安心させようと状況を説明する。



「え? でも、家の場所教えちゃったし、奪われてるんじゃ……………」


「あの本にはあるエンチャントがされているからな。それによって、盗難は決してできないようになっている。ほら、これ」


「あ! ほんとだ! 良かった~」



 サビはどこからか本を取り出し、ミアに渡して見せて安心させる。実は本棚がある部屋は、本に触ったことによって死んでしまった人間が十人弱いるのだが、そのことは今のミアには隠しておいた方が良いだろう、と彼は考えた。



「で、体はもう大丈夫か? あれから二日経っているぞ」


「二日!? その間ずっと寝てたって事!?」


「ああその通りだ。お陰でこちらは暇で暇で仕方なかったぞ」


「今何時!? 学校行かなきゃ! 退学になっちゃう!」



 サビは外を見る。外は既に日は昇りきっており、遅刻を免れることは不可能だろう。籠亜の教員はミアを心配するどころか、退学の可能性を示唆すらしている。サビは学校へ行くことを止めようかと思ったが、それは自身がすべき事ではないと判断する。



「送ってやる。校門前で良いな?」


「え? いや、飛んでいくから別に────」


「良い。早く準備しろ。これ以上遅れるとまずいぞ」


「分かってるって!」



 ミアは服を制服に着替え、教材の入ったバッグを持ってくる。左腕が無いことで着替えるのに苦労していたが、サビの助けが必要なほどでは無かった。彼女は学校へ行く準備を終えると、サビを手に持ち、少し息を切らしながら話しかける。



「終わったよ! どうやって送るの?」


「しっかり捕まっておけ。死ぬぞ」


「わっ! ……………え?」



 サビが何かを呟いた瞬間、ミアの視界が一瞬で変化し、目の前に籠亜の校門が現れる。あまりの急な出来事に一瞬混乱し、腰を抜かしてその場に座り込む。



「え? し、しし、し、瞬間移動? どうやったの!?」


「そんなことはどうでも良い。早く授業へ行け。でないと退学になってしまうぞ」


「えっ、いや……まあいいや!」



 ミアは信じがたいその現象へ疑問を抱いていたが、思考を放棄し、校舎の中へと一直線に走っていった。

 校舎に入り、ミア自身の教室に入ると、既に授業が開始されていた。しかも三限目の授業であり、遅刻どころでは無いのが伺える。ミアは急いで自分の席に座り、教室内の人達に迷惑をかけないよう、静かに授業の準備をする。すると、教鞭をとっていた教師が彼女に話しかけてきた。



「ランドガルドさん。十三日もサボって何をしていたんです……腕は?」


「あー、えっとその……い、色々ありまして」



 その男の教師はミアを叱ろうとしたが、ふと左腕が無いことに気付く。少し同情したようだ。対するミアは、誘拐されて、拷問を受けて、薬の被検体にされていたなんて言っても信じてもらえないと判断して誤魔化す。

 教室内にいた生徒たちも、ミアの腕へ珍獣を見るような目を向け、「口々に何があったんだ?」と声を漏らす。



「そうですか。取り敢えず、この授業が終わったら職員室に行ってくださいね。遅刻届と欠席届を提出してください」


「分かりました……」


(面倒くさいなぁ)



 その後、ミアは右腕だけで何とか授業を乗り切り、遅刻届と欠席届を提出しに行こうと準備をする。

 そんな彼女に、教室内の生徒たちは奇妙な物を見る目を向ける。



「……なぁ、顔も少しやつれてないか? あいつ」


「……そうだよね。何かの事件にでも巻き込まれてたんじゃ?」


「ありえる」



 教室内の生徒たちの視線がミアに突き刺さる。聞こえないように声量を抑えてはいるようだが、彼女はその声をしっかりと捉えていた。



「絶対私の事だよね……なんか恥ずかしいな」



 その授業の後、ミアはさっさと次の授業の準備を済ませ、欠席届と遅刻届を提出しに行こうとしていた。その理由は、周囲の視線が余りにも痛すぎて居たたまれなくなっていたからだ。



「よし、さっさと提出しに────」


「────言いたいことがあるなら、ハッキリと言ったらどうだ? 凡夫ども」


「へぇっ⁉」



 サビが急に声を発したことに、ミアは変な声を上げて驚く。そしてそれ以上に生徒たちは困惑し、辺りは急にざわつき始めた。



「えっ、何? 今の声」


「あいつがいる方向から聞こえてきたよな? でも、あいつってあんなに声低くないもんな」


「ごちゃごちゃとやかましい。貴様らは言いたいこともはっきりと言えないのか? だから畜生のままつまらない人生を終えるのだぞ」


「ちょ、ちょっ、ちょっと⁉ なんでサビ喋ってんの⁉」



 ミアが正面にサビを掲げ、慌てたように口を開く。その行動によって声を出しているのが剣だと察したのか、生徒たちは彼を指さしながらコソコソと不思議そうに話し始める。



「えっ、あの剣が喋ってんの? どんな技術?」


「AI? それにしては口が悪いけど」


「あいつ、なんであんなに気持ち悪いもん持ってるの?」



 一気に注目の的になってしまったミアは、慌ててサビを掲げていた手を下ろす。そしてまとめた荷物を持ち、走って教室を後にした。



「サビのバカーッ!!!」

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