第17話 喋る剣と左腕

 それから学校中がかなりの騒ぎになった。

 道行く全員がミアの左腕と喋る剣について話しており、彼女はいつも向けられる視線と、全く性質の異なる視線を常にその身に受けていた。



「サビ! サビのせいなんだからこの状況何とかしてよ!」


「私はそんな便利道具ではないぞ。良いではないか。いつもと変わらぬだろう? 奇怪な物を見るような目を向けられるのは」


「だから喋らないでって!」


「理不尽ではないか?」



 早歩きで職員室へ向かう。入ると、教師の目線が一気にミアに注がれる。廊下にいる時と同じ目に合うかと思われたが、職員室内に居るのは殆どが大人のため、コソコソと噂話をされることはなかった。



「な、なんか、妙な視線を感じる……」


「外の畜生どもの話が耳に入っているのだろう。何故か腕を失っている事も含めて」


「だからなんで容赦なく喋るの⁉」


「慌てているお主が面白いからだ」


「あーもう……欠席届と遅刻届を提出しに来ました!」


「う、うん。次からは、気を付けて────」


「はい! 失礼します!」



 紙の束を近くにいた教師に渡したミアは、そのまま入り口に戻り、扉をぴしゃりと閉めて職員室を去っていった。後の職員室には妙な空気感だけが残り、教員の頭には声を発した剣の謎だけが残った。


 そして放課後。ミアはいつも以上に周囲を警戒しながら帰宅していた。



「そんなに警戒してどうした?」


「もう左腕が無いから、いつも以上に気を付けないとまたあいつらに捕まっちゃうじゃん」


「ああ、それなら心配するな。奴らの接近は私が感知する。お主のそれとは精度は比べ物にならないから、警戒しなくても大丈夫だぞ」


「そう? 何かムカつくけど、それなら警戒は任せようかな」



 サビの言葉を聞いて安心したミアは、何も心配せずにその場で靴の装置を起動する。次第に静かだった周囲の風が騒がしくなり、彼女の体は建物よりも高く飛び上がった。



「じゃ、トップギアで帰るぞー!」


「警戒の必要が無くなった途端それか……」



 サビが呆れているのに気づかず、ミアは自宅へと一直線に帰っていった。


 その夜、ミアが食事と風呂を済ませ、サビの錆び取りを行っていると、彼が悩むような声を出した後に口を開いた。



「うーむ……そうだな。これだけは伝えておくか」


「どうしたの? 磨き方が足りない? うりうりっ」


「違う。お主の持つ反書に関する事だ」


「ッ────、あ、あー」



 サビが反書と言った瞬間、ミアの顔が一目で分かるほど嫌そうに歪む。サビを磨く手が止まり、口からは明らかに誤魔化そうとしている声が漏れる。



「安心しろ。何も盗もうとしている訳じゃない。それに、お主のその執着にも関係する重要な事だぞ」


「っ────べ、別に執着してないし」


「誤魔化さなくて良い。エンチャントは知っているか?」


「えっ……ううん。知らない」



 急にそんなことを聞かれてミアは口をもごもごさせるが、数秒の沈黙の後、横に首を振りながらそう答える。

 そして、ミアが何も知らないと察したサビは、彼女にも分かるようゆっくりと説明を開始した。



「よく聞け。エンチャントとは、今よりはるか昔に主に使われていた魔法の内の一種だ。それは何の力も持たない道具に不思議な力を与え、人々の生活を豊かにしていた」


「ま、魔法?」


「生活用、契約用、戦闘用、開拓用など、それはそれは多くのエンチャントが開発された。そして、それを付与された道具は通常では考えられない機能を搭載した。故に『魔道具』と呼ばれ、様々な局面で役に立ったのだ」


「ま、魔道具?」



 サビが早口で語り続ける。ミアはその言葉の内容を一割も理解できておらず、彼の口から出てくるファンタジーな言葉に困惑を隠せていなかった。



「そして、あの本にはそのエンチャントがなされている。鎖にもな」


「な、なんなの? それ」


「契約用エンチャントの一つ『成就』と、呪いの一つ『嫌悪』だ」


「じょうじゅ? のろい? けんお?」


「呪いはエンチャントの中でも、使用に危険を伴うものを言う。嫌悪はその中ではかなり優しいものだが、それは『規定の人物以外の接触者を即死させる』というものだ」


「そ、即死⁉」



 ミアは相槌を打ってはいるが、サビの話を殆ど理解できていない。それでも、「即死」と言うワードはそれなりに強烈だったようで、その単語にのみ反応している。



「成就は簡単だな。他者を契約で縛り、あることを達成するまでは行動を制限することができる。正し、その場合は自身も制限されるがな」


「ふーん。」


「制限されている行動は私でも詳しくは分からない。だが、教えることはできないが成就すべきことは見抜くことができる。よって、これから────」


「はい、今日の分終わり。もう寝よ」


「────は?」



 ミアはサビを置き、散らばっている薬品とブラシを棚に片付ける。サビは驚き、間抜けな声を出して数秒間唖然としてしまう。そしてミアがベッドに入って横になったところで、慌てて彼女を起こそうとする。



「おい待て! 話を聞かんか!」


「サビうるさーい。早く寝ないといけないんだよ。おやすみ」


「ぐっ……この、脳足らずの小娘が……」



 ミアがこれ以上何も聞かないことを悟ったサビは、苛立ちを声に出しながらも眠りについた。

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