第13話 理由

「ねぇ、ラック」


「ん?なんだ?スムージーもっと欲しいか?」


「違う違う。そうじゃなくて」



 ミアは右手で持っているスムージーの入っていた瓶を自身の横に置く。足を崩して座り直し、ラックに向き直る。



「ラックはなんで、私をここに連れてきたの?」



 その言葉で、ラックの体が一瞬ぴくっと反応する。ミアにもその反応は伝わり、話したくないことなのだろうかと慌てる。



「ご、ごめんね?言いたくないなら言わなくてもいいけど────」


「いや、教えてやる。お前にはその権利がある」



 ラックはそう言うと、ミアをここに連れてくる事になった理由を語りだした。そして、一言目でミアは驚愕する。



「お前、『反書』持ってるだろ?」


「────っ、………………な、んでそれを?」



 ミアは酷く慌てた。それと同時に、自分が追われていた理由も理解した。思えば、普通は気付けたのかもしれない。しかし、何故か自分が追われていた理由として『反書』を思い浮かべることができなかった。



『優秀だな、あの本の持ち主を特定するとは。まあ特定したところで、なんだが』


「やっぱしか………それを俺の雇用主が欲しがってるんだよ。周囲にバレる前に、早く確保しちまおうって魂胆だ」


「………………それで、私を捕まえて本の置いてある場所を聞き出そうと?」


「そういうこった」



 ミアはラックから目を逸らし、俯く。そして、心の中ではここから解放されるなら別に渡しても良いと考えていた。それほどあの本に思い入れがある訳では無いし、そもそもあの本が何なのかを知らない。しかし────────



「………だめ、だめなの。あ、あの本だけは、死んでもだめ。教えられない」


「………………理由を聞いても?」


「分からない。分からないけど、絶対ダメ」



 ミアは、あの本に謎の執着心があった。それは生半可な物ではなく、三大欲求を遥かに上回る執着心であり、比喩では無く、本気で死んでも教えられないと考えている。



「やっぱな。だからこうして聞き出してるんだよ。お前が追跡者から逃げるのが上手すぎて家すら特定できない。仮にたどり着いたとしても、あの本を使って追い返されるのがオチだろうしな」


「確かにね」



 ミアは壁にもたれかかる。会話も途切れ、お互いに何を話せばいいかが分からなくなる。ラックはミアにいくら質問しても本の在処は教えてくれないだろうと察していたし、ミアも教える気は微塵もなかった。


 暫くの静寂の後、先に口を開いたのはラックだった。



「依頼されている以上、俺は本の在処を聞き出すまでお前をここから出すことはできない」


「だろうね。分かってる」


「話す気になったら話してくれ。もうあんなのは見るのもごめんだ」


「それは────」



 ラックはその先の言葉を手で制し、その言葉に被せるようにミアに語り掛ける。



「言っておくが、あれは俺がやりたくてやった訳じゃない。それは、分かってくれ」


「……………そう」



 あれとは恐らく最初の拷問の事であろう、とミアは考えた。実際、ラックは嬉々としてミアの事を拷問していたのだが、あの時のミアの意識は漠然としていたため、ラックがどんな事を言っていたかは殆ど覚えていなかった。


 その言葉を最後に、ラックは檻から去っていく。ミアは考える。この檻での生活も一週間を超えた。体は汚れ、髪はぼさぼさ。ミアはそれがかなり嫌だったため、一刻も早く檻から出たかった。



「檻から出るには、あの本の場所を話さなくちゃいけないのか……………」



 ミアは理性では別に話してもいいと考えている。あれはミアにとっては面倒ごとの種でしかないため、そんなものは早く手放したかった。



「話して楽になりたい………なりたいのに………っ!」



 しかし、それを本能が拒む。あの本だけは渡してはいけない、あの本の在処を教えてはいけないと、理性を圧倒的に上回り、ミアの心を縛り付けてくる。



「なんで………なんでっ!」



 本の在処は二回の部屋の本棚だ。家の場所は籠亜から北に五キロほど進んだ所にある山の頂上である。ミアはその短い言葉を、口にすることができなかった。



『やはり、あのエンチャントは好きにはなれないな。私にしなかったのは正解でございましたな、主よ』



 ミアの様子を見ていた彼は、人間であれば反吐を出していそうな声でそう呟く。それと同時に、初めてミアを助けてやりたいと自身が感じたことに気付く。



『………私は、私は今、この娘を助けたやりたいと、そう思ったのか?』



 彼はその感情に困惑する。



『この娘は、情けない奴だ。ただの情けない奴だ………そうだ。この私が、こんな人間を助けたいと思うなど────』



 彼は思わずミアに殺気を飛ばしそうになるが、それを抑え、自身に言い聞かせるように言葉を漏らす。



『────決して、決してありえないッ!』



 ★★★★★



 翌朝。ミアがこの場所に来てから、十日目。


 ミアの自宅へ帰りたいという思いは、昨日よりも強くなっていた。あの本の事をミアが思い出してから、ミアのその欲求は跳ね上がるように増大していた。



「帰りたい………帰りたいよぉ………………」


『これは………ああ、なるほど。エンチャントに矛盾が起こっているな』



 彼はミアのその状態に興味を示す。どうやら、中々起こらない出来事のようだ。

 ミアの心の中をのぞき、ガラスの壁が二枚、衝突しあっているのを見た彼は、推測していた事が確信に変わるのを感じる。



『そろそろか。あの男も大したものだ。あの本がどういう影響を宿主に及ぼすか、朧気であるが理解しているのだからな』



 彼がそう考えていると、檻にラックが近付いてくる。ミアもそれに気付いたのか、檻の外の方を見やる。



「なんで………いつも夜にしか来ないのに」


『さて………鬼が出るか蛇が出るか……………』



 ラックは慌てたように檻へ駆け寄ってくる。息は乱れ、顔にも汗がにじんでいる。ミアはラックのその様子に驚き、慌てて声をかける。



「ど、どうしたの?そんなに慌てて」


「ミア! 大変だ!お前の自宅の場所が見つかった!」


「なっ、どうして⁉」


「分からない………ああいや、問題はそこじゃない! ……………ミア、お前の殺処分が決まった」


「……………ぇ?」



 ミアが何とか絞り出した声はか細かった。それほどにラックの話の内容に驚き、思うように言葉が出なくなる。



「ぁ────え……………?」


「殺処分だよ殺処分! なんでも、雇用主の目的を知っている部外者は生かしておくことはできないって!」



 ミアはその話は理解するがそれと同時に、考えたくもない可能性が頭をよぎる。



「じゃ、じゃあ……………」


「ああそうだよ! 俺も殺処分だ! さっき調べたらこっちに雇用主が編成した戦闘部隊が迫ってきている!」


「ぇ……………そんなの、どうすれば────────」



 ラックは慌てたように座り込んだままのミアの肩を掴み、真摯に語り掛けてくる。



「本の場所を、教えてくれ」


「それは………できないって。いくらバレてても、私からその場所を教えることはできない」


「奪うわけじゃない!お前と一緒にあの本を守るんだ!もう俺も追われる身だからな。あいつらの味方をしてやる義理は無い」



 ミアは場所を教えようとする。しかし、声が出ない。昨日よりは話せそうであるが、その内容をラックに伝えることはできない。



「ぁ……………やっぱり、無理だよ………私の意志で、あの本の場所を話すことはできない」


「────────ミアッ!」



 ミアのその言葉の直後、施設のどこからか爆発音が聞こえてくる。特殊プラスチックが壊れる時特有の、重く響くような音だ。

 ラックはその爆発音からミアを守るように覆いかぶさる。直後、凄まじい爆風が飛んでくる。それと同時に、特殊プラスチックの破片のような物が飛んでくるのが見える。



「────────っ!ラック! 私から離れて! あの破片が刺さったら、ただじゃ済まない!」


「駄目だ!それじゃあお前に当たる────ぐっ!」


「ラック!」



 ラックの顔が苦痛に歪む。恐らく、特殊プラスチックが背中に刺さっているのだろう。特殊プラスチックは非常に硬いため、割れた時はガラスの何百倍も危険な破片となる。

 そんな状況になりながら、ラックはミアへ語り掛ける。



「────ぐっ! み、ミア、俺なら、今からでも奴らを追い越してミアの家に行くことが出来る!」


「で、でも────────」


「────ミア!」


「────っ⁉」


「俺と一緒に、逃げよう!だから、早く、家の場所を!」



 ミアはようやく、家の場所と本の場所を話すことが出来た。



「────────うし、依頼完了!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る