第12話 信じてはいけない

 翌日、ミアは大分落ち着いたのか今の自分の状況を冷静に把握できるようになっていた。それは彼女自身も把握していたため、自分が今何をするべきかを考えていた。



「ええっと確か、ストーカー達から逃げきって………」



 ミアが今思い出しているのは、毎日毎日自分を追いかけていたストーカー達のことだ。あの男に捕まったあの日も、ミアはあの大人たちに追跡されていた。

 問題なのは、その後だ。



「逃げ切った先で、あのラックって男に出会った」



 ストーカー達から追われるピンチを乗り越え、ミアは誰もいないはずの植林予定地に逃げ込んだ。しかし、そこにはあの男がミアの気配察知能力を搔い潜り潜んでいたのだ。



「そして、出会い頭に左腕を持っていかれた………痛っ」



 ミアは背後から迫られ、腕を切断された時のことを思い出す。四肢の一つを切断されるなど、ミアにとっては初めての経験だったため二日経過した今でも鮮明に覚えている。更に、傷は今も完全に治っていないため、その時のことを思い出した拍子に、傷の痛みを更に強く感じるようになった。



「いたたた………これが傷跡が疼くって感覚か。まだ跡にもなってないけど」



 ミアはいつの間にか包帯が撒かれていた左肩を押さえる。血は完全に止まっているのか、傷口の部分の包帯に血が滲んでいる様子は見られない。



「それで、あの後意気消沈していた私にあの男は何かの銃を撃ってきた………」



 ミアの外での記憶はそれで最後だ。それから先の記憶はラックに水をかけられたところで始まっており、それ以来外に出られた事は無い。ミアはなんとか、銃を撃たれた直後の事を思い出せないかと頭を悩ますが、銃を撃たれて意識が消えかけている所までしか思い出せない。



「────駄目だ。あれから先は全く思い出せない。あの銃で気絶させられたのかぁ」



 肩の包帯から手を放し、後ろの壁にもたれかかる。ミアの顔には諦めの表情が浮かんでおり、檻の中の天井を、遠くを見るような目で見つめている。この場所から抜け出すことは諦めていないようだが、ミアにはもう何をすればいいかは分からなくなっていた。



「あのストーカー達とラック、絶対グルだよ。私をここに閉じ込めて、何を聞き出すつもりなんだろう」



 ミアには一切あの男たちの目的が理解できなかった。彼女は至って普通の女の子であるはずなのだ。ミアは自分をそう思っており、誘拐される筋合いは一切ない。



「あんな事をしてまで────つっ、はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ………」



 ミアはここに連れてこられた時、最初にされたことを思い出す。まだ感覚を鮮明に覚えているため、ミアは少し過呼吸になる。だが、我を失う程ではない。



「大丈夫、大丈夫。誰か助けてくれるまで………その時まで耐えれば、きっと大丈夫………!」


『ほう、回復にかなり時間がかかったが、ようやく立ち直る事が出来たか』



 彼はミアに賞賛の言葉を贈る。あくまであの痛みは機械で作られたもののため、傷などは一切残らない。彼はそれを考慮したうえで、ミアは一日で回復すると予想していた。だが実際は二日ほど掛かり、それまでまともな思考を出来ていなかった。

 だが、彼はそのミアの精神力に落胆したりはしない。何故なら、拷問された後の精神状態の回復は、一般人が一人で行えるものではないからだ。



『やはりまだ、見捨てるには惜しい。右腕の指くらいは回復してやろう。バレないよう、一日かけてゆっくりとしなければならないが………』



 ミアは、彼がそんなことを考えている間、目をつむって助けを懇願していた。自力で助かることも考えたようだが、今の自分の体ではそれは不可能だと悟ったようだ。

 左腕も勿論だが、右腕は痣だらけになっている。肘までは流石に折れていないが、指は完全に折れ曲がり、物が掴めない状態になっている。



「絶対、なんとかなる………私は強いから、大丈夫……!」



 その後も、ミアが自分で自分を励まし続けていると、いつの間にか寝てしまった。それを見た彼は「ありがたい」と言葉を漏らす。



『よし、今のうちに回復させてしまうか』



 彼はミアの指の回復速度を高める。すると、人の目でもギリギリ分かる速度でミアの右腕の指が治り始めた。あらぬ方向に曲がっている指は元の曲がり方を段々と取り戻していき、数分後には元の綺麗な手のひらに戻っていた。



『全く、早くあの能力を取り戻したいものだ。今ので五割近くの力を失った』



 彼はそう愚痴り、眠りについた。



 ★★★★★



 ミアはその後も檻に閉じ込められ続け、気付けば一週間が経過していた。毎日夜になるとラックがミアにスムージーを運び、ミアを餓死させないようにしていた。

 それでも彼女はラックを警戒していたが、彼女の気付かぬうちに、ラックへの警戒心はかなり下がっていた。最初、痛めつけられたにもかかわらず。



「なあ」


「ひょっほまっへ………ぷはっ!うん、美味しかった。何?」


「お前ってさ、親居ないのか?」


「………居るよ」



 ミアはその質問に少し驚いたが、ちゃんと答える。その答えを聞いたラックは、ミアの方を向き、様々なことを聞いてきた。



「じゃあなんで一人暮らしなんだよ?それにお前の事を探しもしないし」


「………言いたくない」



 ミアはラックから目を逸らす。檻の奥を向いて横たわり、睡眠に入ろうとする。しかし、それにラックが待ったをかけてきた。



「どうしたら教えてくれる?」


「なんでそんなに知りたいの?私を脅すため?」



 ミアは寝ころびながらそんな言葉を飛ばす。ラックは彼女のその言葉に少し考えこみ、ミアを説得するように言葉をかける。



「違うさ。ただ単純に、お前のことが知りたいんだ。なあ、頼むよ」



 信じるべきではない。嘘かもしれない。ミアはラックをそう考えて警戒していたが、自然と、無意識に、言葉が漏れる。



「十四歳の春、親が急に旅に出るって言いだしたの。数年は帰ってこないかもしれないって」


「へぇ………それで?」


「私は勿論反対した。旅なんて怖いし、何が起こるか分からないって。そしたら、『お前は連れて行かない』って」



 言葉が溢れ出てくる。言葉に込められている感情は大半が恨み、憎しみであり、決してプラスな感情ではない。



「どういうことかと思ったら、私はこれから一人で暮らすんだって。一人で、この家を守っていくんだって」



 当時のミアはその言葉の意味を理解し、泣き叫んだ。ならばせめて、せめて自分もついていくと懇願し、両親と離れようとしなかった。



「私が駄々をこねていたら、やり方は分からないけど気絶させられて………気付いたら、家には私一人だった」


「酷いな」


「でしょ?」



 ラックはあからさまに嫌悪感を顔に出す。その感情の矛先は、ミアの両親であろう。その後も両親の悪口を言い続けていたミアの目には大粒の涙が浮かんでおり、檻の中の床にポタリポタリと滴り落ちている。



「昔からそうだった!父さんも母さんも全然私とは話してくれなかったし、家族全員で出かける事も片手の指で数えるほどしかない!悪い事をしても私なんか興味ないって感じで何の反応も示さなかった!」


「親として最低だな」


「でしょ⁉唯一私に興味を持ってくれたのなんて、最初の戦闘試験で良い成績を取った時だけ!褒められた時から真剣に試験に臨んでいたけど、褒めてくれたのは最初だけだった!」


「親がいなくても頑張ったんだな、お前は」


「頑張った………そう、頑張った!頑張ったんだよ、私は!」



 横たわり、右腕で足を抱えながら、ミアは叫んでいる。その叫びは今までのうっ憤を晴らしているようであり、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。



「誰に嫌われても、誰に罵倒されても、誰にも期待されなくても、ずっと結果を残してきた!でも────誰も、認めてくれなかった!私は………っ⁉」



 ミアが叫んでいると、ラックが横たわっている彼女に後ろから抱きついてきた。胸の前に腕が置かれ、抱擁するように、優しく彼女を包み込んでいる。ミアのすぐ背後からラックは囁くように喋りだす。



「偉いよ、お前は。その歳でそこまで考えられる奴なんてごく少数だ」


「………ぅん」



 ミアは胸の前に置いてある腕の服をきゅっ、と優しく掴み、ラックの言葉を待つ。



「────よく、頑張った」


「────────うん!」



 その夜、ミアは人生の中でかつてない程、泣いた。

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