第24話 初めての三

「あ、そういえば」


「ん?」



 昼間、山の頂上へ向かっていると、カイナが思い出したようにそんな声を出し、素早くミアの居る方向へと振り返る。自分が呼ばれたのかと考えたミアは、疑問符を浮かべながら彼女を見やる。



「お二人には渡していましたが、ランドガルドさんには渡していませんでしたね。これをどうぞ」


「何これ? 針?」



 ミアがカイナに手渡されたのは、布のような質感の、柔らかい一本の針だった。両端が尖っているその針は、その質感のせいか殺傷能力は無いように思える。



「超小型トランシーバーです。それを耳の奥に突っ込んでください」


「はっ?」


「大丈夫、痛くはありませんよ」



 カイナのその言葉に、ミアは強い忌避感を覚える。それは危ないものではないが、とても耳に入れるような物とは思えなかったのだ。

 しかし、カイナの威圧するような言葉に、彼女は抵抗することができなかった。



「────うぇぇぇっ。本当に大丈夫?」


「大丈夫ですよ。コンタクトみたいなものです」


「頑張れミア!」


「痛くは無いんだが、気持ち悪いんだよな、それ」



 三人に見守られる中、ミアはなんとか、鼓膜の手前の空間に収納することができた。しかし、当然といえば当然なのだが、彼女の耳の奥ではなんともいえない気持ちの悪い何かが蠢いていた。



「は、入った! けど、これで本当に大丈夫?」


「心配性ですね。そろそろ、同化するころだと思いますよ」


「え?」



 カイナの言葉の次の瞬間、ミアは自身の耳の中で蠢ていた物がどんどん無くなっていくのを感じていた。後には謎の爽快感が残り、それが彼女には奇妙で仕方なかった。



「うわ……なんか爽快感だけ残ったよ」


「鼓膜と同化した証拠です。今は近いしそういう意志がありませんから何ともないでしょうけど、私たちがお互い離れている時に誰かと話す意思を持って喋ると、遠くでも話せるようになりますよ」


「凄いね……」



 ミアは聞いた事も無い技術に感心しながら、それを入れた右耳を優しく触る。触ってもこれという違和感はなく、彼女の言う通り完全に同化しているのだと考えられる。



「カイナ、最初はどれを討伐する?」


「取り敢えず孤立している個体からやりましょうか。多対多で勝てる程の戦力なのか、まだまだよく分かってませんし」



 そんなミアの横で、アルカとカイナは作戦を練るようにそんな会話をする。

 そして結論が出たのか、ボーっとしていたゼンとミアを視界に収めながら、カイナが説明を語り始める。



「山頂についたら、まずは私たち二人で孤立している個体を叩きます。計算上は、四等級の個体までは私たちだけで倒せるはずです。その個体の等級は三~四という情報が出ているので、懸念材料は殆ど無いと言っていいでしょう」


「孤立している個体ってどこにいるの?」



 カイナが話したその説明に、ミアが小さく手を挙げて質問を飛ばす。彼女は特に不満がある訳では無いようで、単に確認しておきたいという感情からその質問を飛ばしていた。



「十時の方向です。比較的開けた地形の場所ですね」


「俺とランドガルドはどうすれば?」


「ゼンは万が一のためです。私たちがピンチになったと判断したら、『発光煙』を淵駆に発射してください。直撃すれば、逃げる時間くらいは稼げるはずです」



 カイナはゼンの方を向き、彼の役割を詳しく伝える。理解した様子のゼンを確認した後、一つの巨大な拳銃を渡し、ミアの方へ向き直る。



「ランドガルドさんはゼンの援護をお願いします。彼、近距離での戦闘能力は赤子のように低いので」


「彼に近付いてきた淵駆を仕留めればいいんだね?」


「そういう事です」



 その後、最終確認を行った四人は二組に分かれ、お互いに指定の場所へと向かって行った。



    ◇



 三十分後、標高二千メートルの山の山頂付近にまで移動していたミアとゼンは、ただただ無言で歩を進めていた。



(き、気まずい……)



 何かを話そうにも、これと言った共通の話題が思いつかない。ミアからしたゼンは「頭のおかしい人」という印象しか無く、彼女のコミュ力ではとても話しかけることができなかった。



「あ、アルカとは幼馴染なんですか?」



 ミアは取り敢えず、ゼンの親友らしきアルカを話題にすることにした。これで反応してくれれば話の広げようがあるのだが────



「おう」


「へ、へぇー……」


(それだけ⁉)



 ゼンには話を広げる気は無いようだった。彼のその反応にミアは若干諦めを感じ、淡々と山頂への道を歩むことにした。


 山頂へ到着し、ミアはカイナから言われていた通り周囲の警戒を始める。サビにも声をかけて手伝ってもらい、これなら淵駆を見逃すことは無いだろうと考える。



「よし。カノン砲のスタンドを固定して、と……」



 その傍らで、ゼンは二つの背丈ほどあるカノン砲から脚のようなものを引っ張り出し、それを地面に立てて固定していた。それはカイナに指示されていないことで、ミアは慌てたように彼に問いかける。



「な、なんでそんなの設置してるんですか?」


「お? そんなの、ぶっ放すために決まってんだろ」


「いやいやいや⁉ そんなの作戦に無かったですよね⁉」


「大丈夫だ。五等級は分からんが、四等級までならこれで即殺できる」


「で、でも、ここからだと一番近い淵駆でも三キロは離れてるんじゃ……」


「地球は丸いよな?」


「え?」



 唐突なそんな質問に、ミアは答えに困って茫然とする。それに疑問を覚えたゼンは、聞こえなかったのかと再度同じ質問をする。



「聞こえなかったか? 地球は丸いよな?」


「え……はい」


「てことは、いくら性能の良い望遠鏡でも、地球の反対側までは見る事は出来ないよな?」


「そう……ですね」


「それくらい距離が離れてなけりゃ────」



 そう言って、ゼンは二つのカノン砲を発射させる。その音は空気を揺らす程激しく、訓練されているミアでも少し怯んでしまう程だった。



「ちょっとちょっと! 一体どこに撃って────は?」



 カノン砲から放たれた光弾は綺麗な弧を描き、アルカたちが居る方向とは反対の方向にいる一体の淵駆に直撃した。

 その淵駆はゼンの言った通り一撃で倒された。あっという間の出来事だったため、ミアは混乱する事しかできなかった。



「────この程度の距離なら、完璧に当てられるさ」


「…………そんなに遠距離戦が得意なのに、近距離戦は苦手なんですね」


「近距離……前衛なんてロマンの無いポジション、やってられるわけないだろ! ちなみに、お前が相手だったら二発は持ちこたえられるぞ」


「私、左腕を失ってるんですけど……」


「それを鑑みて、だ。」


「えぇ…………」



    ◇



 数時間後、頂上で警戒を続けていたミアと未だに淵駆を狙撃しているゼンの元に、どこからか声がかけられる。



「ミアー! ゼーン! ただいまー!」


「おかえりー! どうだった?」


「弱点を突けても短時間では倒せない感じだな。でも、素早さは許容できる程度だからどうってことないよ」


「へぇー……アルカとワンダーズさんって強いね」



 初めて三等級の淵駆を相手にしたにもかかわらず、無傷で帰ってきた二人にミアはそんな感想を抱いていた。

 カイナはというとカノン砲を操作しているゼンを睨んでおり、怒ったような表情で彼に近付いていく。



「……一応聞きますが、何をやっているんですか?」


「そのタブレット見れば分かるぞ」



 そう言われてタブレットを取り出したカイナは、大きなため息をついて頭を抱える。ミアは何が起こっているのかを把握しているため、カイナの反応を面白おかしく観察していた。



「十八体いた淵駆が……三体になってる……」


「ゼン、お前やったな?」


「どれも三等級個体だがな。四等級個体には直撃する前に迎撃されるし、五等級個体にはそもそも効果が薄い。そしてなんだが────」



 ゼンはカイナにルーペ型の望遠鏡を渡し、北の方向を指さした。



「あそこ、デカいのが見えるだろ」


「え……ちょっ、ちょっと待ってください」



 ルーペを覗いたカイナは、今にも尻もちをついてしまいそうな声でそう零す。その反応を不自然に思ったのか、アルカとミアも会話をやめて二人に近付いていく。



「どうした? 何を見たんだカイナ?」


「……これで見てみてください」


「え? ああ…………お、おお⁉ つ、遂に来たかー---!!」


「えっ、何?」


「ミア、これこれ!」



 アルカは興奮した様子でミアにルーペを手渡し、北の方向を見るように催促をしてくる。状況が掴めていない彼女は言われるままにルーペを覗き、そして────体が震えた。



「白い体毛……十メートルはある体躯……あれって、まさか!」


「等級五以上の規格外個体。数千万の等級零の淵駆よりも、遥かに上の脅威となる淵駆……のはずです」


「そうそう。何年かに一度出現する、詳しいことが何も分からない怪物で、確か先進国の一つを一晩で滅ぼしたとか。その名前は────」


「────────国喰らい、White typhoon……!」




 キャラ紹介

 ―ゼン・キャバリング―


 性別は男性。金髪と思いきやスキンヘッド。身長百八十三センチ。

 遠距離武器しか扱えない。使う武器は状況によって変わるが、常に光線銃を懐に忍ばせている。戦闘スタイルは攻撃極振りの後衛。


 固定砲台としてしか役に立たない男。近づかれれば戦闘能力は五桁ほど下がり、一人で戦える能力を殆ど有していない。長所は視線が通る場所であれば、どんな長距離でも狙撃することが可能な所。短所はそれ以外全般。


 座右の銘は「弾を大切に」。

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