第31話 人外の衝突

「何故、意識がある?」



 煙の中から巨大な白い虎が現れ、不思議そうに周囲を見渡す。

 ミアの自宅は完全に大破しており、白虎の周囲には瓦礫が散乱している。その中心で、彼は困惑の感情を抱いていた。



「ミアが契約を成就したということか? しかし、魔法を発現させるなど、偶然には決して起こりえない筈……」



 全長五メートルはあるかというような巨体で佇み、今の状況を必死に掴もうとする。



「まさか、ミアを操った何者かが────」


「『無限斬撃』」


「────ッ!? 相殺ッ!」



 そんな彼に、一列に重なり合い、まるでビームのようになっている、無数の斬撃が襲い掛かる。彼は咄嗟にそれを相殺し、完全に無効化した。



「やるではないか。契約者を苦しめる事しかできない出来損ないの分際で、この攻撃を撃ち消すことはできるのだな」


「貴様……なんだ急に」


「分からぬか? 私は────ああ、そうだ。ミアに付けてもっらった名前があったな。」



 やがて煙が晴れ、彼に攻撃を仕掛けた張本人の姿があらわになる。



「私は、サビだ。さぁ、目的のため、死んでもらうぞ」


「サビ────争浄器か!」



    ◇



「『次元切断』」


「くっ────光化!」



 サビが次元切断を使い、白虎を殺そうと試みる。白虎は少しだけ反応が遅れるも、自身の体を光の粒子に変換し、その攻撃を回避した。

 次元切断による空間の切れ目から、少し離れた場所に再出現した白虎は、訴えかけるようにサビに問いかけを飛ばす。



「待て! 何故俺達が争う必要がある! お互い、魔法文明の生き残りじゃないか!」


「私の目的に、貴様は必要ないのだ。必要のない巨大な力は、排除せねばならんだろう?」


「目的だと……?」


「ああ。」



 サビはそう前置きし、とても誇らしそうに語りだす。



「私は人類を滅ぼしたい。そして、それを容易に成し遂げるだけの力を得ている。故に今すぐ滅ぼしても良いが、それでは我が創造主が浮かばれない。そうだろう?」


「……」


「ならば、だ。少し遊んでやろうではないか。ああ、畜生共の娯楽でもあるあれだ。ゲーム、と言うやつだ。聞くところによると、RPGという種類のゲームでは自身の好きなキャラを作り、殺戮をしていくらしい。」


「……」


「折角だ。人間共をまねてやろうと思った。そして────先程完成した」



 サビはミアの事を思い浮かべながら、白虎の表情を窺いつつ、続ける。



「ミアの力は素晴らしい! 貴様に縛られていた『狂い』を解いただけで、魔法の使い方、魔力の動かし方を完全に理解している! 再生能力も非常に高い!」


「……。」


「あれであれば、私の力が無くとも人類を滅ぼすことは容易い! 故に────」


「────黙れ」


「そう、やはり、怒るだろうなぁ?」



 サビの話を聞いた白虎は、怒りに打ち震えていた。その理由はミアへの優しさと、目の前の彼への嫌悪感からだった。



「お前と私は相容れない。故に、殺す」


「貴様を破壊し、ミアを、助け出す! 『爆散』!」



 白虎がそう叫んだ瞬間、サビの体の周囲にパラパラと火の粉が現れ始める。その量は急速に増加していき、彼を中心とした大爆発を引き起こした。



「これで破壊出来てればいいが────」


「────そんな都合のいいことはない。分かっているだろう?」


「そうだろうなっ!」



 白虎は大きく後退し、口の中に技を充填し始める。



(争浄器の持つ能力数は大抵が五つだ。今の所、無限斬撃と次元切断と破壊不可の能力を持っていることが分かっている)



 人間には不可能な速度で思考を巡らせながら、目の前の敵の分析を進める。



(どれも高レベルエンチャントだ。キャパもかなり多く使っているだろう。それなら、不明の能力はもう多くない筈!)


「『亜空砲』!」



 白虎は口から紫の光を放つ光線を発射し、それをサビへと一直線に向かわせる。ふよふよと浮かんでいるサビは、その攻撃が見えていたにも関わらず、その身で攻撃を真正面から受け止めた。



「避けなかっただと……。しかし、これで奴は時空の狭間に送られたはず」



 白虎の攻撃を受けたサビは、その場から居なくなっていた。それは亜空砲の効果によるもので、この技には、技を受けた対象を別の空間に転送する効果があった。



「これでもう、こちらには戻ってこれまい────」


「────終わりか? その程度か? 塵芥め」


「なっ!?」



 声のした方向を見ると、五体満足の状態で、サビが上空にふよふよと浮かんでいた。

 亜空砲が直撃したのを確認していた白虎は、彼が何故戻ってこられたのかを考え、一瞬でその理由に辿り着く。



「六神通か……!」


「そうだ。さあ、もっと攻撃してくるがいい」



 攻撃を避けようともしないサビ相手に焦りを覚えた白虎は、再び口の中にエネルギーを充填し、即座にそれを放った。



(ならば、魂を破壊するまで!)


「『自我の滅裂』!」



 白虎の口から、緑色の光線が放たれる。自我の滅裂は、対象の人格や、それを形成する原因となっている物を完全に破壊する能力を持っており、サビにとっては天敵となる攻撃であった。



「これも避けないか……しかし、六神通は最高レベルのエンチャント。キャパもかなり食っているだろう。他の能力を所持するのは不可能なはず……」



 サビのいた場所は煙に包まれ、様子を窺うことはできない。白虎は半ば、希望的観測でそんなことを零し、自我を失った剣が落ちていくのを待っていた。

 しかし、そんな希望は、真正面から打ち砕かれる。



「干渉無効。過去の自分、未来の自分、そして魂への干渉を完全に遮断するエンチャントだ。故に、そんなものは通じない」


「あり、えない」



 白虎は目の前の現実を受け入れられないでいた。サビは何ともなかったようにその場に鎮座しており、先の攻撃が効いた様子は一切ない。



「ありえるかぁぁああ! そんな錆びた刀身で、そんな力を発揮できるわけがない! それに、あまりに能力が多すぎる!」


「おお、そういえばそうだったな。ミアもいないことだし、貴様には私の姿を見せてやるとするか」


「は?」


「『形状変化』」



 サビがそう言うと、分厚い錆に包まれている彼の体が蠢き、その姿かたちが変形していく。刀身は鋭く尖り、グラデーションのような赤い光を反射する。柄には橙色の宝石が埋め込まれ、眩い程の光を放っている。



「私は自我が目覚めた時、既に錆びていてな、丁度先程のような見た目をしていたんだ。まあ、今も同じような見た目をとってはいるが……」


「その、見た目は……」


「少し前、ミアの家に侵入者が十人ほど押し寄せてな。本に触れて死んだそれらの血を吸収し────私は、完全体となった。」


「まさか、最強の────」



 白虎はそこまで話し、その途中で、縦に真っ二つに切断される。



「貴様を殺すついでに、世界をもう一度壊してみるか。同時発動────『次元切断』、『無限斬撃』」



 その言葉と共に、空間を切断する無数の斬撃が世界中に広がっていき、数秒後には宇宙全体に広がった。



「やはり、この光景は何度見ても良いものだ」


「……ミア、は」


「ふむ? まだ意識があるか」



縦に切断された白虎はしかし、煙のような姿で意識を保っていた。

サビは煙のようになった白虎を見やり、最後の言葉くらいは聞いてやるという態度で、その先の言葉を待っている。



「ミア、は、賢い子、だ……」


「ふむ?」


「貴様なんぞに、操られたりは、しない────!」



白虎は最後にそれだけ言い残し、何もなくなったその空間で、霧のように霧散していった。それを聞いたサビはと言うと、苦笑し、既に死んでしまった白虎に話すように独り言つ。



「そんな事は分かっている。だからこそ、あ奴の前では『傲慢で自分勝手な口煩い奴』を演じているのではないか。気付かれぬ内に操るのが面白いのだよ」



 その光景を清々しい様子で観察していたサビは、その余韻を楽しんだ後、我に戻ったように零した。



「ああ、戻さねばな。『時間操作』」



    ◇



「ただいまー」



 そう言いながら、ミアは玄関の扉を開ける。

 裸足のまま帰ってきた彼女だったが、そんなことは気にせず家に上がり、真っ先に自分の部屋へと向かう。



「サビー! 見て見て! 魔法の使い方、思い出したよ────何やってんの?」


「ん? ああ。どうしても自分を磨いてみたかったからな。六神通で薬品を使ってみたのだが……ままならぬな」



 部屋の中には薬品が散らばっており、ベッドにも数滴のシミができている。特に彼の周囲は酷く、軽く水溜りのような物ができていた。



「コントロールというものは大事だな。薬品を私にかけようとしたが、乱暴に扱いすぎたのか散らばってしまった」


「……。」


「ああそうだ。薬品が無くなってしまったのでな。また貰って来てくれないか?」



 ミアは部屋の扉を閉め、深くため息をついた後、彼にこう告げた。



「サビ、暫く外に連れて行ってあげない」


「何故だ⁉」


「教えない」

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