【完結】いつか錆が落ちるまで

科威 架位

本と剣

第1話 プロローグ

 ────暗い。


 彼の意識が覚醒した時、最初に抱いた感想はそれだった。周囲は深い闇に包まれており、普通ならそこを目視することは不可能だろう。しかし、彼は暗い闇の中でも周囲の様子を視認する事が出来た。

 彼が今いるのは、深く巨大な穴の中だった。直径は何キロもあり、深さも何キロもあろうかという巨大すぎる穴。その穴の底に彼は『捨てられていた』。



『ここは……私は一体』



 彼は自身が捨てられている穴の底を確認する。そこには錆びた剣が大量に捨てられていた。穴の底を埋め尽くす、果てしないほどの剣の数々、それらは一本一本が様々な形をしており、全く同じ形をしている剣は一本もない。

 彼は興味本位で、錆びている剣を一本だけ取ってみようと考える。彼には手足が無く、物を掴むことが不可能なのだ。しかし、彼は剣を取る事ができた。見ると、彼が取った剣は浮遊しており、誰かが手に取っているわけではない。

 剣が浮かんでいるのは彼の力だ。彼は手足が無くとも、物を持ち上げる事が出来ると本能的に理解していた。



『ああ、そうか。私は———』



 彼は自身の体を見る。それと同時に、自身の存在と、これまであったことが山の様に記憶の奥底から噴き出してくる。

 そして、彼は理解した。



『私は———剣だ』



 彼の体は、分厚い錆で包まれた、太く長いローグソードだった。



★★★★★



 ────逃げる。



「後ろの曲がり角に二人、前の曲がり角にも二人か………」



 少女は逃げている。金色のショートヘアを揺らし、学生服と思われる服を着ながら、複数人の大人から全力で。

 赤い双眸で辺りを見回し、他に大人がいないかしっかり確認したうえで、少女は近くの建物を見上げる。その建物は五階建てのビルであり、屋上には外から内側が見えないよう壁が立てられている。



「うん、あそこがいいかな」



 少女は足に装着している機械を起動させる。そして足に力を入れ、その屋上めがけて大きく飛びあがった。

 普通であれば、人間がジャンプしただけでは五階の屋上に行くことは出来ない。しかし、起動させた機械のお陰で少女は難なく屋上へ着地する事が出来た。その数秒後、少女がいた通りに大人たちが現れる。その大人は全員が黒いスーツで全身を包んでおり、顔にもサングラスをかけている。男性と女性が入り混じっているようだが、スーツを着ているため誰が女性か誰が男性か、はっきりと区別することはできない。



「見失いましたね。また失敗です」


「せめて家まで逃げてもらえれば特定できるんですがね。このご時世、個人情報の取り扱いはかなり厳しいです。簡単に調べがつかないのも無理はないですよね。それに、対象は人の気配に敏感なようです」


「取り敢えず今日は撤退しましょう。あまり騒ぎになるのは望ましくないです」


「その通りですね。深追いはするなとも言われてますし、今日はこの辺で」



 大人たちはそう言うと、全員が同じ方向に帰っていった。少女はその間ずっと息をひそめており、大人たちが見えなくなった途端、大きく息を吐きだした。



「………よし、帰ろう」



 少女は屋上を伝って、自身の家がある方向に帰っていった。

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