第4話 錆び取り

 項垂れながらゴーグルを取り外したミアは、悔しそうに太ももを叩きながら演習場に響き渡る声で叫ぶ。



「負けたー!! 今まで一回も負けたことなかったのに!」



 あの後、闇雲に人形に突進したミアは、せめて光纏器こうてんきを付けている右腕を斬り落とそうとしたが、それは見事に防御され、逆に素早いカウンターを食らって首を斬り落とされて人形に負けていた。


 ミアは顔を両手で覆い、足をバタバタしながら大声で人形に対する愚痴をこぼす。



「反応速すぎだって! 防御から攻撃に移るまで殆どラグが無いじゃん! 反則だよあんなのぉ!」



 ミアは普段は光束剣こうそくけんを使って淵駆を倒している。銃を使うのは下手で、味方にもあたる可能性を指摘されているため、光線銃こうせんじゅうは使わせてもらっていない。

 そんな彼女がいきなり光纏器を使い、超接近戦の手刀で戦ったのだから、ミアが負けるのは仕方ないと言える。しかし、それはミアのプライドが許さなかった。



「絶対リベンジしてやる……! そのためには——」



 ミアは卵型のVR機器から立ち上がり、拳を握りしめ、目を光らせながら言う。



「試作品でも良いから、光纏器を買ってこなくちゃ!」



 ミアはそう決意すると、高等学校内の商店街へ向かっていった。



★★★★★



 籠亜高等学校内には、一つの町と言っていいほど様々な施設が存在している。

 兵器の専門店も勿論あり、そこには最新の物から初代のエネルギー兵器まで、多種多様の兵器が売ってある。


 その場所に着いたミアは、早速店の中に入り、光纏器が置いてあるであろうコーナーへと向かう。

 そのコーナーへの道のりにも、ミアが今使っている光束剣よりも性能の良いものが所狭しと空中に並んでいる。ミアはその全てに目移りしてしまい、ここに来た目的を半ば忘れかけていた。



「わー……! どれも凄く性能が良いなぁ。あっ! これ!」



 ミアは目に留まった一つの光束剣を手に取り、それをキラキラした目で見つめる。



「これ、出力が全ての光束剣の中で一番高いやつ! なになに………『試作品の光纏器よりも高い出力』⁉ すっごー!」



 ミアはその光束剣にすっかり心を奪われ、本来の目的を心のどこかに追いやっていた。一人で叫んでいるミアに冷たい目を向ける店員が何人も居るが、それに一切気付いていない程だ。



「いいなぁ………淵駆狩りとかすっごく楽になるんだろうなぁ。あ、そうそう。値段は………はふっ」



 あわよくば購入したいと考えたミアは、手に持っている光束剣の値札を確認する。最新のエネルギー兵器を購入するのだ。エネルギー兵器が普及してから結構経っていて、それなりに値段も下がっているとはいえ、最新のものとなればかなり高いはずだ。百万円くらいまでは出せると考えながら、ミアは光束剣の値札を見た。



「えっ………? いやいやいや………えっ?」



 ミアは値札を何何度も何度も見直す。十度見位した後、その値段が現実だと理解したミアは、値段をか細い声で呟く。



「い、一千万⁉ なんでぇ⁉ エネルギー兵器は五十万くらいが相場でしょう⁉」



 ミアは絶望したように値札を見つめている。あまりにも相場とかけ離れすぎているため、買う買わないの次元の話では無くなっていた。

 ミアがそう絶望していると、店員の一人がミアに事情を説明してくる。



「そちらの商品は、今の技術で届きうる光束剣の限界を突き詰めた商品となっております。分かりやすく言えば、今の技術では光束剣の出力をそれ以上強くすることはできません」


「限界を……突き詰めた………」


「はい。刀身の熱に耐えられる素材が特殊プラスチックしか存在しない程です」


「それってつまり、出力する機械も全て特殊プラスチックでできてるって事?」


「はい。ですのでそれくらいは値段が高くなってしまうのです」



 それを聞いたミアは、絶望しつつも潔く諦める。実に名残惜しいというような表情をしながら、光束剣を置いて立ち上がる。



「ああ、そういえば」



 ここに来た本来の目的を思い出したミアは、店員に向き直り、光纏器があるコーナーの場所を尋ねる。



「光纏器がどこにあるか知ってますか? それを探してここにきたんですけど」


「ああ、あのまだ安全確認しかできてない奴ですね。それでしたら、こちらへ」



 店員は、どんどん店の奥側に歩いていく。ミアは店の広さに感心しながら、店員の数メートル後ろを歩いている。

 一分ほど歩いて店員が足を止めたのは、様々な指輪が置かれている場所だった。その数々の指輪はミアが演習用VRの中で見たものと酷似しており、ミアの中で「これだ!」という感情が芽生える。



「ああ! これです! これ! 幾らですか⁉」


「それは良かったです。こちら、三十万円となっております」


「安っ! なんで⁉」



 その予想外の安さにミアは言葉が漏れる。九十万は覚悟していたミアだったが、その覚悟が無駄になったことにミアは喜びを覚える。

 ミアはそこまで安い理由が気になり、店員に理由を尋ねる。



「本当に試作品なんですよ。売っているものはどこを探してもここにある五つしかありませんが、そのどれもが壊れるだろうと言われているものです。いわば不良品ですね。」


「へぇー。どれくらいで壊れるんです?」


「大体一か月の使用で壊れます。ですが、これを買ってくださったお客様には完成品の光纏器を格安価格でお売りします!」


「本当ですか! 買います!」


「毎度あり!」



 ミアはその話に飛びつき、光纏器を格安で売って貰えるという趣旨の誓約書に名前を書き、試作型光纏器を三十万で購入した。



(ふっ、流石学生。騙しやすい。)



★★★★★



 試作型光纏器を購入した後、丁度剣の検査が終わったとの連絡を受けたミアは、真っ先に研究室に向かっていた。



「どんな検査結果が出るんだろー。ちょっと楽しみだなー」



 研究室までの道のりを歩いていると、ミアは自分が試作型光纏器をそのまま持ってきていることに気付く。流石にまずいかと考えたが、今から家に持って帰ると戻ってくるまでに一時間はかかるので、それは諦める。


 そうして研究所に着いたミアは、試作型光纏器を右手の指につけたまま研究室に足を踏み入れる。すると、錆びた剣の検査をしていた研究者の男が興奮しながらミアに近づいていく。



「ランドガルドさん! 凄いですよ、あの剣!」


「どっ、どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもありません! あの錆びた剣! 壊れないんですよ!」



 ミアはそれを聞いて首をかしげる。何がすごいのか理解できなかったため、男性に問いを投げかける。



「何がすごいんです? 特殊プラスチックも壊れないじゃありませんか」


「そういうレベルではありません! 検査が一通り終わって、最後に強度のテストをしたら、機械がエラーを起こしたんですよ!」


「は、はぁ……なるほど?」


「それでまさかと思って色々とエネルギー兵器をぶつけてみたら、傷一つつかなかったんです!」


「へぇー。例えばどんな兵器です?」


「現段階で最高出力の光束剣とか、淵駆を大体一撃で仕留める光線銃とか、光纏器とか色々ぶつけてみたんですが、一切傷がつきませんでした! これは凄い! 新素材かもしれません!」


「はぇっ⁉ す、凄いじゃないですか!」



 ミアにも分かりやすい例えをしてもらったことで、ミアは錆びた剣の凄まじい強度を理解する。そこまでやられれば流石に特殊プラスチックでも傷がつくため、それでも傷がつかない錆びた剣がどれだけ凄いのかは想像がつかない。



『当然だろう。私は破壊不可のエンチャントが施されているからな。かなり特殊な方法を使わなければ、錆を解く事すら難しいだろう』



 錆びた剣の本人(?)である彼は独り言ちつつ誇っている。もっとも、声自体は誰にも聞こえていないが。



「で、でもその剣の錆ってどうやって取るんですか? そこまで硬いと無理なんじゃ………」


「それはですね………この薬品です!」



 男性が取り出したのは一リットルほどの薬品だ。ミアはそれが何か分からないため、男性に説明を求めると、嬉しそうに答えてくれた。



「どんな薬品なんですか?」


「聞いてくれてありがとうございます! そもそも、錆びてしまっている剣がこんなに壊れにくいのは、本来の剣が相当固いからだと思うんですよね」


「それは確定でしょうね」


「その剣が色々あって化学反応を起こし、こんなに錆びてしまったと思うんですよんね」


「はいはい」


「だから化学反応でできた錆にも硬さが多少乗ってしまったんじゃないかと」


「それで?」


「だから、その化学反応を解いてやろう、という事です!」


(それって本来の錆び取りとほとんど一緒じゃ……)



 期待とは裏腹に、本来の錆び取りと多少差異はあれど、ほとんど同じ方法で錆びを取るという事実にミアは少し落胆する。



「今、残念がりました?」


「いいえ? なんでも」






単語説明:特殊プラスチック


 文字通り特殊なプラスチック。本来のプラスチックに淵駆から取れた素材を混ぜたプラスチックで、加工のしやすさは同じであるが、丈夫さと熱耐性が半端ではない。

 核兵器をこれで包み中で爆発させようとも、放射線が外に漏れず、傷一つつく事は無い。太陽に近づけてみた実験もあったが、無傷で地球に帰還した。


 ちなみに、舐めてみると桃の風味がする。

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