最終話 終わりの始まり

 壁がひび割れているボロボロの家屋にて、一人の女が鋭い目をしながらボロボロの椅子に腰をかける。



「あれから丁度五年か……」



 どこか懐かしそうにそう呟いた女は、慣れた手つきで右手首に左手の人差し指をあて、円を描くようにそこをなぞる。



「そろそろシェルターにも帰らないといけないけど、永久機関が足りてないから一ミリリットル分は見つけたいな……さて」



 その言葉の最中、指でなぞった右手首から淡い青色の光が溢れだし、空中でモニターの形を模った。それには光の文字列がならんでおり、女はそれを凝視し始めると、どんどん表情を硬くしていく。



「昨日の世界連合軍の犠牲者は……100人か。飛行戦艦は撃墜されてなさそうだけど、やっぱり遊撃軍が主な犠牲者になってそう」



 モニター画面を横へスライドし、先程まで見ていた画面とは別のページを開く。女のそのページを見る目は先程よりも鋭く、中には不安の感情が込められていた。



「日本人の犠牲者は、なし、か。」



 安堵するようにそう零した女は、今にも壊れそうな椅子の背もたれに背中を預け、深いため息を吐いた。



「連合軍が戦ってくれてるお陰で、シェルターが襲撃されずに済んでるのは凄く有難いな。ほんと、感謝しないと」


「カイナー、どうだった? 犠牲者情報は受信できたか?」



 家屋の外から顔をのぞかせ、そう言葉をかけたのは、ぼさぼさの髪を雑に伸ばした男だ。男は女が着ているものと同じ、体のラインに沿うようにピッチリとくっついているプラスチックのような材質のスーツを着用しており、その上から膝下までのびている、前が開いたコートのような物を身に着けている。



「できたできた。連合軍の方の犠牲者はいつもより少なかったし、日本人の犠牲者はいなかったよ」


「マジ? 良かった」



 男は家屋の中に入っていき、カイナの手首から出ているモニター画面を覗き込むように見る。



「飛行戦艦も全部無事だったか。でも、まだ“アイツ”は倒せてないんだな」


「足止めは順調みたいだけどね。ただ、いくらダメージを与えてもまだ魔力を可視化できてないみたい」


「それだけ、アイツの魔力のエネルギー製造力が高いってことか」


「そういうことだろうね」



 再び手首をなぞってモニターを閉じたカイナは、椅子から立ち上がり、家屋の外へと足を進める。



「次はどうする? まだ永久機関を探すか?」


「そうしよう。人口はかなり戻って来たけど、連合軍の日本艦隊が十全な戦力を維持できてないから」



 一緒に家屋から出た男は、モニターを開き、その画面に地図のような物を映し出す。



「ここら辺は被害が酷いな。人間のDNAが少なくとも5,000人分はある。とてもじゃないが、これが1人の人間がもたらした被害とは思えない」


「────ゼン、あれは人間じゃない」


「……そうか、そうだったな」


「あんなのを人間だと認めてたまるかよ、決して」



 歯をむき出しにし、決して大声を上げることなく、しかし静かに怒声を上げる。それはゼンに対する物ではなく、ここにはいない“彼女”に対する物であった。



「たった一人の魔人に、世界をここまで破壊されるなんてな。ほんと、どうしてこんなことになってんだか」


「だから、私たちは団結するんだよ」



 風でなびく長髪を左手でおさえ、ゼンの方を振り向かず、そのまま言葉を続ける。



「私はアイツに命を救われた。けど、ここまでされてその恩を覚えておけ、というのは無理があるどうこうの話じゃない。絶対に、アイツを許す訳にはいかない」


「……お前も、変わったな。アルカが死んだからか?」


「────関係がないとは、言えない。でも、それが答えということじゃない」



 その怒りに迷いは一切なく、また未練もないように見える。しかし、ゼンはカイナを、とても不安そうな目で見つめていた。



「ミアを殺すために、私は全力を尽くす。ただ、それだけ」


~完~

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【完結】いつか錆が落ちるまで 科威 架位 @meetyer

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