第26話 一分

 真夜中、しかし光球によって昼間のような明るさとなったアルカ達の周辺は、僅か数秒でクレーターだらけの地形となっていた。



「戦闘開始から何分経った!」


「十秒です!」


「……こりゃあ、一分以上は引き付けられないぞ!」



 間髪入れず、凄まじい風圧と共に彼の背丈ほどもある爪が迫ってくる。



「おおっ⁉」



 迫りくる爪を睨みながら、靴から凄まじい勢いのの風を噴射させる。すると、アルカの体が右に強く吹き飛ばされたように移動し、五メートルほど先で着地した。



「あぶな! でも、攻撃はやっぱり大振りだな────!」



 今度はwhite typhoonの懐へ、靴から風を噴射させて瞬間的に移動する。懐と言っても全長が二十メートルあるため、彼の目の前にあるのは極太の足首だ。



「まずは一撃ィ!」



 アルカが振った二本の光束剣が電気を迸らせ、その太い足首に火花を伴って激突する。いつもの淵駆であればその攻撃で容易に真っ二つにすることができるのだが────



「まっ、無理だよな!」



 足首は殆ど切断できておらず、表面の毛を少し焼いた程度のダメージしか与えられていなかった。

 この場所に攻撃しても意味はないと判断したアルカは、再び靴から風を噴射させ、勢いよく空へ飛びあがる。



「やっぱ、チクチク攻撃するのは性に合わねえな!」



 空を飛ぶアルカを叩き落とそうとする手を風の噴射で回避し、空中で激しく動きながらwhite typhoonの顔へと接近していく。



「アルカ! あまり前に出過ぎるのは────」


「ちょっとだけだ! 怖いならゼンのサポートにまわれ!」


「────今の指揮権は私にあります! 貴方が命令に従うべきです!」


「右目貰いぃー---!」


「ちょっと⁉」



 攻撃を掻い潜り、遂に地上二十メートル、顔のある高さへと到達する。正面には赤く光る双眸。光束剣を大きく振り回し、勢いよく正面へ突っ込んでいく。



「────っは⁉ 音圧ッ!!」



 瞬間、それが口を大きく開き、足元にある木々をなぎ倒す程の咆哮を発する。

 当然アルカは息を吹きかけられた蚊のように吹き飛ばされ、遠方にある岩へ叩きつけられる。



「だから言ったのに!」


(馬鹿正直に顔の正面に行くと咆哮で吹き飛ばされる……なら!)



 アルカから注意を逸らすため、カイナはwhite typhoonの背後から頭上へと飛び上がっていく。

 しかし、そんな彼女の気配に気付いたのか、胸の付近に到達したところでwhite typhoonとカイナの視線がぶつかる。



「これなら────」



 発光煙を取り出し、淵駆の顔面へ向けてそれを発射する。それが着弾した地点から、光球よりも遥かに明るい光を放つ煙が巨大な顔を包み込む。



「怯んだ! よし────」



 でかい図体が大きくよろめき、光から顔を守るように両手で顔面を覆う。その隙を見計らい、カイナは一気にそれの頭上へと着地した。



「光纏器、第二変形────大鎌」



 カイナが左手で右手の指輪を触ると、右手を太陽のように明るい光が包み込んでいく。



「本当に使いにくいですが……しかし、今はこれ以外の選択肢は無いですね」



 右手を包んでいる光は徐々に長く伸びていき、刀身だけで彼女の背丈ほどもある大鎌として姿をなした。



「ふぅ────────だっ!」



 頭の後ろに移動し、その場所で浮遊して大鎌を真横に大きく振りかぶる。

 大鎌の刃がwhite typhoonの目を背後から潰し、それの視界を完全に闇に落とした。



「よし! あとは逃げ続ければ────」


「────!」



 先よりも遥かに強大な咆哮が辺りを襲う。カイナはそれに対処することができず、衝撃で空高く打ち上げられてしまう。



「────ッ! 体勢を、立て直さ────」



 white typhoonの全身の白い体毛が真っ黒に染まっていく。

 まるで擬態でもするかのようなその光景に、カイナは全くの見覚えが無かった。



「あれは……って⁉」



 その光景に見惚れていると、空中で体勢を崩している彼女へ極太の黒い閃光が放たれる。咄嗟に風の噴射でそれを避けようとするも、それは容易く彼女の左足を焼失させた。



「あっ────」



 あまりに唐突な出来事に、彼女は痛みを感じる暇も無かった。



「……いえ、これで混乱していたら、それこそ死んでしまいます!」


(片足でも、空中を移動するには十分!)



 黒い閃光が放たれた後、続けて同じものが彼女に向けて放たれる。しかし、彼女はそれを予想し、右足の靴の噴射だけで回避した。



「逃げるだけなら、まだやれますッ!」



    ◇



「そういえば、瞬間移動ですぐに駆け付けられないの⁉」


「できるが、それには力をかなり消費しなければならない。今の状況でのその消費量は、かなり致命的となる」


「役立たず!」


「理不尽ではないか?」



 サビに悪態をつきながら、昼間のように明るくなっている場所へと走って向かう。遠くでは上空で誰かが時間を稼いでいるのが見え、それを見てミアは若干の焦りを抱いていた。



「ワンダーズさん……? 足が無い⁉」


「ほお、あの淵駆を黒き波動の状態まで追い込んだか。どんな手を使ったかは分からないが、かなりできるようだな」


「彼女の足も再生できる?」


「可能だ。だから急げ」



 二メートル程ジャンプし、近くの木に生えた枝に掴まる。そのままの勢いで空中に大きく飛び上がり、そしてwhite typhoonの全体を視認した。



「わぁ……大きい」


「目を潰したのか……知覚能力は高いゆえ、視界を塞ごうと大した弱体化はしないのだが……」


「そうなの?」


「ああ。目はおまけのような物だ」



 空を進み、どんどんカイナの元へ近付いていく。近づけば近づくほど戦いの激しい音が鮮明になり、そこに到達するころには耳を塞ぎたいほどの爆音がミアの耳に入ってきていた。



「ワンダーズさん、下がって!」


「────ランドガルドさん? 左腕が!」


「サビ、いける⁉」


「ああ、確実に当てろよ」



 一気にwhite typhoonに接近し、首の根元を間合いに捉える。危険を感じたそれは振り向いて攻撃をしようとするが、その反応はあまりにも、手遅れであった。



「これで────終わりっ!」


「重複発動。『耐性貫通』」



 サビの呟きと共に、彼の刀身が淡く赤い光を放つ。直後に刃がその淵駆の首に食い込み、いとも容易く切断した。



「い、一撃……って。でも、良かった────」


「ワンダーズさん!」



 カイナが靴の制御能力を失い、地面に真っ逆さまに落下していく。彼女が地面に叩きつけられる直前に追い付いたミアが体を受け止め、なんとか更なる怪我を避けることができた。



「大丈夫⁉ サビ! 早く足を!」


「仕方ないな……『欠損再生』」


「────あ、ありがとうございます。凄い、本当に一瞬で……」



 カイナの左足は、あっという間に完璧な状態で再生されていた。服までは再生できていないので、スカートが仕事をしていないが。



「おおお……」


「あ、アルカ! 無事だったんだね!」


「ちょっと待って! そのままで少し止まっててくれ!」


「へ? で、でも、ワンダーズさんを下ろさないと────」


「カメラ、カメラ……無い!」


「カメラ?」



 ミアがカイナを横抱きしている光景を見て、アルカは慌てたように荷物を漁り始めた。それを見たカイナは目を細め、自分からミアの腕から降り、彼の方へ近付いていく。



「あ、大丈夫? もう立て────」


「こっちは大変だったのに────何をやっているんですかッ!」


「ほぐわぁっ⁉」


 カイナは大きく右腕を振りかぶり、アルカの右頬に平手打ちを繰り出した。



    ◇



「……本当に無事でよかった、四人とも」


「本当に死ぬかと思いました……」


「こっちも想定外だったな……というか、ランドガルド。腕が……」


「あー、生えました」


「そうか」



 翌日早朝、任務に赴いた四人は学校で職員室に呼び出されていた。



「あれはどう対処したんだ?」


「はい。まず、ゼンに四等級二体と五等級一体を釘付けにしてもらい、それ以外の三人であの淵駆を相手取りました」


「どう倒したんだ?」


「ミアさんが……」


「ほう」



 男はミアを見やり、目でどう倒したのかと疑問をぶつける。ミアはサビを取り出しつつ、微笑しながら話し出す。



「サビの能力で倒しました」


「へぇ、どんな能力だ?」


「『常時特攻』と……『耐性貫通』……だったかな?」


「そうだ」


「だそうです」



 男は目を細め、四人から目を離して考え込む。数秒後、ふと頷き、四人に向けてあることを伝える。



「まぁ、それは今は保留としておこう。四人はこれより一週間の休暇を命ずる。しっかり休めよ」


「シャオラァ!」


「カノン砲を掃除しなきゃ……」


「流石にこの状態で授業は無理ですもんね……」


「休みって言っても、やることないんですけど……」




 主人公の能力紹介

 ・耐性貫通


 四レベルエンチャント。発動から数秒間、攻撃対象の防御力、免疫力、耐性能力を無視してダメージを与えられる。

 次元切断の劣化であるが、それよりも遥かに使いやすい。

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