第27話 おでかけ

 明後日、早朝。

 既に起床して朝の支度を済ませたミアは、自身の部屋で服を着替えている。

 その様子を観察していたサビは、不思議そうな様子で彼女に問いを投げかける。



「何故着替えているのだ?」


「アルカ達……一昨日の任務を一緒に遂行した人達で、どこかに遊びに行こうって話になったんだよ」



 任務と聞いて、サビは巨大な白い淵駆の事を思い出す。あれは彼女以外の三人では決して倒す事はできない程の個体で、もしも彼女が助けに入らなければ数分後には彼らは死んでいたであろうと容易に推測できた。



「そんなことより、私の錆を落としてくれないか? 血を吸ったおかげで、もう少しでもう一つの力が解放できそうなのだが?」



 しかし、彼にとってはそんなことはどうでも良かった。

 兎に角錆を落としてほしいという様子で彼女にそう語りかけ、六神通を使って薬品の入った容器を押し当てるように渡そうとする。



「駄目! 約束は約束だからね。また夜やってあげるから、それまで我慢してて」


「……致し方ない」



 私服に着替え終わったミアは、小さなポーチを持ってその部屋を出ていこうとする。すると、背後から慌てたようなサビの声が響き、それが彼女の足を止める。



「待て待て待て! 私のことを忘れているぞ!」



 サビは自分も連れていって欲しいという様子で、体を小刻みに揺らしている。彼は、ミアが自身の事を忘れていると勘違いしているようだったが、彼女の次の言葉でそれが間違いだと知らされる。



「いや、私、遊びに行くんだよ? 武器なんか持っていける訳ないでしょ? そりゃあ、緊急用の兵器は持っていくけどさ」


「ならばそんな兵器より、私を持っていけばいいではないか!」



 置いて行かれるのを拒否するように、サビはミアに反論をする。

 しかし、彼女はさらさら彼を連れて行く気は無いようで、左手をひらひらと振って自室の扉に手をかける。



「目立つからだめ。じゃ、留守番お願いねー」


「おい待て!? おい! おー-----い!」



 サビの悲痛な叫びを他所に、ミアは家から出発し、待ち合わせの場所へと飛んでいった。



    ◇



 商店街の一角、既に営みを始めている店は多く、中には入り口に向かって長蛇の列ができている店も確認できる。



「ええっと……約束した場所は、と」



 そんな中、ミアは商店街の脇道を歩きつつ、集合場所に指定された飲食店を探していた。その飲食店は彼女も知っている程有名な場所で、それなりの人気を誇っている飲食店だ。



「ガラス張りの建物……あ、あった!」



 その飲食店の特徴の一つである、ガラス張りの壁でできている店を探しながら周囲を見渡していると、それはすぐに見つかった。



「アルカ達ももう来てる。急がなきゃ!」



 見ると、窓側の席にアルカ、ゼン、カイナの三人が座り、談笑しているのが見えた。集合時間に遅れていないと分かってはいても、三人を待たせているという事実に対して申し訳ない感情を抱いた彼女は、急いでその店に入り、三人が座っている席へと近付いていく。



「おっ、きたきた!」



 すると、ミアに気付いたアルカが喜んだような目を向ける。

 それによって他二人も彼女の接近に気付き、顔をそちらへ向け、待っていたという風に声をかける。



「遅かったな」


「いやー、サビが連れていけってうるさくて……」


「大変ですね。さ、隣にどうぞ」



 その言葉に甘え、ミアはカイナの隣に詰めるようにして腰を下ろす。

 店員を呼び出して飲み物を頼み、それが届くと、四人は楽しそうにどこへ遊びに行こうかと相談し始めた。



「どこに行く? あまり疲れる事は避けたいから、遊園地は避けたいけど」


「ですね。疲れが残っている人も居るでしょうし」



 それは他二人も同意し、首を縦に振っている。

 そんな中、アルカは少し考え込んだ後、ミアの方を向いて声をかける。



「ミアはどう?」


「どうって?」


「遊びに行きたい場所は無いのか?」



 そう言われて、ふとある場所を思い出す。

 それは彼女が昔から行ってみたい思っていた場所で、任務やバイトのお陰で全然行けていなかった場所であった。



「そうだなー……」


「遠慮なんてしなくて良いですよ」


「うーん……」


(言うだけ言ってみようかな)



 カイナにそう言葉をかけられ、そう考えたミアは、少し言い辛そうに口を開いた。



「少し遠くの場所にさ、食べ歩きがメインの大きい店があるでしょ?」


「あー、あれか。あそこに行きたいのか?」


「……うん」



 少し恥ずかしそうに目を伏せそう零す彼女に、他の三人は少し微笑んで小さく笑い声をあげる。



「そんなに恥ずかしそうにしなくて良いよ」


「そこにしましょうか。新しいスイーツなんかも食べてみたいですし」


「じゃ、決定で」


「あ、ありがとう」


(良かった……)



 その後、アルカは店員を呼び出し、会計を済ませた後、四人を連れてその店を出た。



    ◇



 数分後、三人の目の前には、幾つものビルが合体したような建物が広がっていた。その建物は人の出入りが激しく、とても平日とは思えないような光景がそこには広がっていた。



「でっっっか……」


「ここですね。取り敢えず入りましょう?」


「えっ、ちょっと!」



 ミアはカイナに手を引かれながら、その建物の中へと入っていく。カイナの表情はどこかワクワクとした感情を含んでおり、それを見たアルカとゼンは何も言わずその後を追った。



「はー、広いな」


「ここで手榴弾を放ったら気持ちよさそうだな」


「やめとけ。」



 建物の中はサッカー場よりも広く、多くの店が隣接して並んでいた。

 天井まで吹き抜けになっているため解放感があるが、人の数も外で見た数とは比べ物にならないほど多い。



「まずはあっちから行ってみましょうか」


「あれってパフェ? なんか光ってない?」


「光源となる食材を使っているのでしょう。かなり好き嫌いが分かれる味だと聞いています」



 一つの店に目を付けた二人は、その方向へと一直線に歩いていく。



「……俺、三つ目の店でギブアップするかもしれない」


「辛い物ならいくらでも食えるんだがなあ」



 既に少し疲労したような表情を浮かべているアルカとゼンは、ミアとカイナの背後を追いつつ、そんな言葉を零した。



     ◇



「はい、はい、分かりました。お疲れ様です」



 窓の近くに立っている女性は、耳に添えていた指を離し、小さく息を吐いて背後を向く。



「ミア・ランドガルドが店へ入ったようです。どうされますか?」



 そうして話しかけた先に居たのは、鋼で造られたマスクを被った、手足を失っている人物だった。

 椅子に座っているその人物は、その言葉を聞くと、しわがれた男の老人のような声を出し、問いを投げかける。




「空間強度はどの程度ですか?」


「取り敢えず、既定値を大きく下回る程度には低くなっています。今なら転移で攫えます。」


「あー、そうですね……」



 数秒程悩んだ後、男は俯いていた顔を上げ、指示を待っている女性の方を向く。



「六十番代の方は収容施設でスタンバイをお願いします。五十番代の方は対人AIのセッティングを、四十番代の方は二人を先行させ、対象の家へと侵入する準備をお願いします」


「了解しました」


「ああそれと、対象の無線のハッキングもお願いします。あとは水槽も」


「了解しました。以上ですか?」


「以上です。抜かりなく、お願いしますよ」



 女性は無言で頭を下げ、男の背後にある扉から部屋の外へと出ていった。



(やれやれ……ようやく第三フェーズですか)



 ため息をつき、窓から外の景色を窺う。

 窓からは大穴が一望でき、彼の目には巨大な暗闇が広がっているように見えた。大穴の周囲は見事に籠亜の建物で囲まれており、侵入するには上空から行くしかないように思える。



「時間は無い……もしかしたら、もう既に“狂い”が発現しているかもしれない」



 何かを懸念するように零し、マスクの下で唇を強く嚙む。



「対処法もいまだ不明……情報源は文献のみ。反書さえ確保できれば、何か変わるかも知れないが……」



 そして、ある時期からミアの手に握られていた一つの剣の事を思い出す。



(そういえば、あの剣は……)


「大穴から出てきたと聞きましたが……まさか────」



 男はマスクの下で目を見開き、再び無言になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る