第28話 強制転移

「あっ、これ美味しい!」


「えっ、それが? 本当です?」


「ほんとほんと! 食べてみて!」



 そう言って、ミアは目の前のアイスクリームをスプーンですくい、それをカイナの口へと近付ける。差し出されたそれを口に入れたカイナは、少しの沈黙の後、目を見開いてミアの方を見つめる。



「本当ですね……! 色が派手過ぎて避けていましたが、味自体はとても食べやすいです」


「でしょでしょ?」



 その後も食べ合いを続けている二人を目にしながら、アルカとゼンはコーヒーを口にし、小さくため息を零す。



「……食いすぎだろ」


「ここにきて三時間、何食べたっけ?」


「パフェ、ドーナツ、ケーキ、パンケーキ、チョコレートフォンデュ、フルーツタルト、プリン、ソフトクリーム……あ、あと目の前のアイスクリーム」


「体中が胃袋なのか? それに甘いもんばっかだな!」


「パンケーキの時点で無理だった……」


「俺もだよゼン……」



 そんな話をしている内に、二人の目の前にあったアイスクリームはその姿を消していた。二人はまだコーヒーを飲んでおり、まだ店を離れる準備はできていない。



「二人とも遅いよ?」


「食うのも早えのかよ……てか、もう腹いっぱいじゃないのか?」


「……?」


「マジかよ……行くぞ、アルカ」


「お、おう」



 二人はコーヒーを流し込み、足早に店を出ていくミアとカイナの後に着いて行く。

 そして次の店を探していると、ミアが足を止めて大きな声を上げた。



「あっ!」


「おお、どうした?」


「非常用の兵器、さっきの店に忘れてきた!」


「アホか!?」


「今すぐとって来て下さい!」



 そんな言葉を放ったミアは、三人に怒られながら、来た道を戻って先程のアイスクリームを食べていた店へと戻る。すると、その店の方向から一人の店員が駆け足で走ってきているのが目に入った。



「お、お客様! 忘れものです!」


「すみませんでした! ありがとうございます!」


「ほ、本当に気を付けてくださいね!? ビックリしましたよ、私!」


「すみませんすみません! 本当にすみません!」


「もういいです。今後、気を付けてくださいね?」


「気を付けます!」



 店員はミアを見つけると一目散に駆け寄り、彼女が探していた光纏器を差し出してきた。彼女はそれを受け取りながら何度も頭を下げ、光纏器を胸ポケットへと仕舞う。

 店員は軽い注意をした後に彼女の元を去り、自身の店へと戻っていった。



(あぶなー。先生にバレてたら五時間の説教を食らっちゃうよ)


「皆のとこに戻らなきゃ」



 踵を返し、待たせている三人の元へ戻ろうとする。

 すると、突如として建物内の照明が全て落ち、辺りが闇に包まれる。



「えっ!?」


(なになに!? 停電!?)



 周囲が混乱に包まれ、慌てるような声がそこら中から響き渡る。

 彼女自身も混乱し、何をすべきか迷っていると、不意に地面が光り始める。



「えっ、えっ!? なになになに!?」



 彼女は立て続けに起こる不可解な出来事に更に混乱しそうになるが、ふと、その光に見覚えがあったことを思い出す。



(まさか、これ、強制転移────)



 地面の光は更に輝き、光が彼女を包み込んだかと思うと、その光は瞬時に消滅した。

 そこにいたはずのミアは、既にその場には居なかった。



    ◇



「ミアさんは見つかりましたか!」


「居ない! ただ────」



 慌てている様子で質問したカイナに、駆け寄ってきたアルカは、瞬時にそう答える。しかし、何か他にも言うことがあるようで、言葉に詰まりながらも、それを告げた。



「────ただ、転移痕と……これがあった」


「これは────」



 そう言って差し出されたのは、ミアが着ていた服の袖の、布の切れ端だった。それを見た瞬間、カイナの目に焦りが現れ始め、そして大きく声を上げる。



「────アルカ! 空間強度の測定と停電の原因の調査をお願いします!」


「ああ!」


「ゼン! 籠亜の権限を使い、この建物の店員を総動員して一般市民の避難を!」


「分かったが、お前はどうするんだ!」


「私は────」



 カイナはアルカが走ってきた方向を睨み、決意の込めた言葉を零す。



「私は、転移痕から転移先の探知を」


「は⁉ できんのかよ!」


「訓練はしました! やるしかないでしょう!」


「クッソ────ああ、怪我するなよ!」


「分かっています!」



 そう言い残したゼンは、腕章をつけてその場を去っていった。

 それを見届けたカイナは転移痕がある場所に近付き、そこでしゃがんで地面に手を当てる。その地面はスプーンですくったかのように抉れており、半径は一メートル近くはあるように思える。



(この地面の抉れ方……間違いない、転移痕だ)



 ポーチから一つの拳銃を取り出す。しかし、その拳銃は銃口が放物曲面になっており、まるでパラボラアンテナのようになっている。



「────絶対、見つけ出します」



 彼女はそう決意し、転移痕へと拳銃の銃口を押し付けた。



    ◇



「ぼがっ!?」


(なになになにこれ!)



 何らかの手段によって攫われてしまったミア。次に彼女の周囲に現れたのは、大量の水とそれが注がれている水槽だった。



「ぼぼぼぼぼ!?」


(水!? 息止めなきゃ!)



 肺に水が浸入することを恐れた彼女は、いつものように息を止め、口から空気の泡が出るのを防ぐ。



(攫われた? また? でも、なんで水の中に?)



 少し落ち着いた事で、様々な疑問が彼女の脳裏に浮かぶ。しかし、そんな疑問を浮かべつつ、水の中で頭が逆さにならないよう姿勢を保ちつつ、水槽の外を窺うようにして目を凝らす。



(どこかの施設内? でも────)



 そして、彼女は水槽の中から信じ難い事実を観測した。



(────壁や床が全部、特殊プラスチックでできてる。ただの施設じゃない?)



 驚きつつも、水槽から脱出する方法を模索する。



(取り敢えずここから出よう。このガラスは割れるかな?)



 そうして彼女が最初に目を付けたのは、水槽を構成している透明なガラスだ。ガラスであれば素手でも割ることが可能なため、試しに握った拳でそれを殴りつけてみる。



(硬い。強化ガラスか。それに、水圧のせいでまともに殴れない)



 彼女の拳は重い音を発すると共にガラスに激突するが、ガラスにはヒビが入った様子は一切ない。軋んだりした様子も無く、それはとても人の手で割れるものではなかった。



(幸い、後三時間は息を止めてられるけど……この感じだと、三時間経っても出られなさそうだな)



 水槽のガラスを殴るのをやめ、水の中で漂うようにして体から力を抜く。



(でも、私にはサビがいる。なんとかなるでしょ)



 目を閉じ、考え込むような顔をする。



(思念を飛ばすようにして呼べば、遠くからでも話せるって言ってたっけ)


『サビ! ちょっと! 助けて!』



 強く念じ、話しかけるようにしてサビを呼ぶ。



(届いてる感覚はする。でも……あれ?)


『サビ!? 聞こえてないの!? 助けてってば!』



 必死に念を飛ばすも、応答する感覚は一切ない。



(ちょっと待って。まさか、あいつ────)


『まさか、寝てる!? 起きてー! サビ!』



 以前、試しにこれで会話を試みた際、彼が寝ていたせいで会話をすることできなかったことを思い出す。現在の状況はそれと酷似しており、今念を飛ばしても彼の助けが来る可能性が非常に低いことを示している。



『役立たず! もういい! 自分でなんとかする!』



 吐き捨てるようにしてそう念を残し、念を飛ばし続けるのをやめる。

 唯一の助けを期待できないという事実に絶望し、茫然と水の中を漂う。



(えっ、詰んでない? これ)



 正気に戻った途端、急な不安が彼女の心に押し寄せる。



(えっ、待って本当にどうしよう。なんで攫われたのかも分からないし、ここがどこなのかも分からない。脱出の方法も分からないし、頼みの綱も睡眠中)



 自分の現状を整理し、その中で打開策を見つけ出そうとする。そうして最終的に辿り着いた結論に、彼女は薄く笑いを浮かべる。



(お、終わってる……水槽は金属板で閉じられてるし、これもう終わってるでしょ)



 彼に助けてもらえると思い込み、一切感じていなかった焦りが、一気に滝のように押し寄せてくる。



「あー、あー、聞こえますかー?」


(え?)



 そうして水の中であたふたとしていると、耳に装着したままにしているトランシーバーから、聞き覚えの無い声が聞こえてくる。



(だ、誰?)


「聞こえてるかな? あ、聞こえてても反応できないですよね。すみません」



 声の主は何故か謝っており、物腰はとても柔らかいことがその声から伝わってくる。



(まさか、無線を乗っ取られた?)


「聞こえている体で喋りますね。まず、貴方を攫ったのは私です」


(は⁉)



 驚いたことによって、開いた口から泡が漏れる。



(なんで話しかけてきた!?)


「こうして話しているのは、ある提案をしたいからなんですよね」

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